フィリム
「…………」
無言のまま、俺たちを見つめる少女。俺はその姿に見覚えがある。
年相応さを感じない毅然とした佇まい。相手の心の奥底まで見透かすようなトパーズの瞳。そして、彼女の容姿の中でも一際目立つ、燃えるような赤い髪。
フェンガル公爵家子女、フィリム=フェンガルだ。
「…………」
フィリムはじっと俺たちを見つめたまま動かない。何を言うでもなく、何をするでもなく、ただ見ているだけ……
それにしては何か言いたそうな表情をしているのが気になる。俺は努めて無難な言い方になるように気を付けて、話を切り出した。
「……俺たちに何か用か?」
「いえ、別に」
「そう?それにしては俺たちをじっと見てた気がするけど」
「……道端でそんなことしてれば、いやでも目が留まるわよ」
フィリムは若干の呆れを込めた眼差しを送ってくる。そこで、俺はようやく今の状態に気づいた。
さっきアリシアが転びかけて、その体を受け止めたところでフィリムに気づいたのだ。当然、アリシアの身体は俺にもたれかかったまま……しかも、受け止めようとした俺の腕は、しっかりアリシアの背中に回されている。
つまるところ……傍から見れば抱き合ってるようにしか見えないのだ。
「……すまん、アリシア」
「え、あ……大丈、夫……」
俺はゆっくりとアリシアの肩に手をかけ、その体を離す。アリシアは俯いてしまいその表情は見えないのだが、声に明らかな照れが入っており、俺も顔が熱くなっていくのを感じる。
時間にして約10秒--非常に気まずい空気が場を支配することになってしまった……
俺はもちろん、アリシアも俯いて喋らない。
ちらりとフィリムの顔を盗み見ると、なんとも言えない表情で俺たちを見ていた。きっと、「何してんだこいつら……」と思っていることだろう。
「何してるの、あなたたち……」
「あーうん。忘れてくれ……」
フィリムの問いには答えたくない……というより、答える気力がない。
いたたまれなくなった俺は、この気まずさで満ちる空間から早いこと逃げ出そうと試みたのだが……結果から言うと、それは失敗に終わった。
いまだに俯いているアリシアの手を引いて歩きだそうとした時……
「はぁ……時と場合を考える頭もないのかしら……」
その小さく呟かれた言葉にアリシアが反応した。前に動きかけていた足を止め、ゆっくりと視線をフィリムに向ける。
「今、なんて……?」
「あら、聞こえてたの?」
アリシアの反応にフィリムは驚いたような顔を見せる。事実、その声は小さすぎてほとんど聞こえなかったくらいだ。フィリムだけでなく俺も驚いてアリシアを見る。
そんな俺の手をほどき、アリシアはつかつかとフィリムに歩み寄る。
「今、なんて言ったの?」
「さあ?……あなたにはなんて聞こえたのかしら?」
「『時と場合を考える頭もないのか』……」
「ちゃんと聞き取れてるじゃない」
「…………」
アリシアが眉間に深い皺を刻む。その顔は誰がどう見ても怒っている時のものだと言うだろう。
対するフィリムも、そんなアリシアに怖気づく素振りを見せないどころか、さらに挑発するような態度で相手をする。
「まさか、意味が分からないなんて言うつもりじゃないでしょうね……?」
「そうじゃないけど、どういうつもりで言ったの?」
「言葉の通り……強いて言えば、馬鹿にしたわ」
「…………」
「それじゃあ、そろそろ失礼してもいいかしら。生憎とこれから向かうところがあるから」
「へえ……逃げるんだ」
「…………何のことかしら」
立ち去ろうとしたフィリムは、アリシアの言葉にその足を止める。
それを見たアリシアは、すかさず次の言葉を告げる。
「自分から煽っておいて、気が済んだらとっとと逃げる……小物の典型例ね」
「……言わせておけば……!」
今度は挑発に食いついたフィリムがアリシア詰め寄る。
アリシアもそれに相手をし……さっきまでの気まずい雰囲気は、いつの間にか修羅場へと変貌していた。
そして一人取り残された俺は、震えながらアリシアとフィリムが言い争う現場を遠目に見ている。
(怖ッ……!女って怖ッ……!!)
今まで、互いに一度として怒鳴ったり声を荒げたりしていないのに、そのプレッシャーは殴り合いの喧嘩にも引けを取らない。なんというか……凄いドロドロしている……
そして俺は、そんなギスギスした空間のど真ん中にいるのがアリシアだということに驚嘆せざるを得ない。
確かにやるときはやる性格をしているが、まともな口論ができるとは思ってはいなかった。しかも、その口論は女同士のドロドロとした言い争い……
なんだか、今まで信じていたものに裏切られてしまったような感じがしてしまうのか気のせいだろうか……
(……って、ショック受けてる場合じゃない!今はとにかく、この事態を収拾しないと)
自分で自分を叱咤して、あの2人に介入する覚悟を決める。
ぶっちゃけ一人で逃げたいところではあるが、今は仕事中であることを忘れてはいけない。アリシアを連れて、倉庫に行かないといけないのだ。
俺は異様な雰囲気を醸し出す2人に近づき、銀髪の方の首根っこを掴む。
「邪魔して悪かった!俺たちはもう行くな!」
「ちょっ、レヴィ!?離して!!」
何か反抗しているようだが、俺はそれどころではない。まるで猫を扱うようにアリシアの身体を持ち上げ、そそくさとそのまから逃げ出す。
「ちょっと!まだ終わってない!」
後ろからフィリムの声が聞こえるが、足を止めてはいけない。つかつかとその場から歩み去りながら、ちらりと後ろを振り返ってみた。
赤毛の少女は、怒りと困惑がないまぜになったような表情で俺を見ていた。
それが僅かに寂しそうに見えたのは、俺の思い込みだろうか……?
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