呼び出し
「……で、これなんだろうな?」
場所は教室に移り、俺はそう言いながら右手にあるものを見せる。それはもちろん、下駄箱に入っていた手紙だ。
アリシアを始めとする3人は俺の顔と手紙を交互に見つめ、しばらくして顔を見合わせる。
「「「何それ……?」」」
「俺が聞きたいんだよな-……」
アリシアたちと同様に俺もかなり困惑している。
状況だけ端的に述べれば、俺の下駄箱の中に一通の手紙が入っていたと、ただそれだけなのだが……
「とりあえず、中を見てみたら?」
「そうだね、少なくともレヴィ宛なのは間違いなさそうだし」
「ああ、そうさせてもらう」
アリシアとカムルスに言われて、手紙の封を切る。
中に入っていた手紙はやたら余白が目立つ文面で、たった一文こう書かれていた。
『今日の昼に一人で生徒会室に来てください』
「「「「…………」」」」
なんかもう……どう反応すればいいのだろう……
「……果たし状?」
「アリシア、その発想はおかしいと思うよ」
変なことを言い出したアリシアに苦笑するカムルス。
そんな2人をよそに、顎に手を当てていたジークがポツリと呟く。
「じゃあ、ラブレターとか」
「は?」
「ラブレター。今回の場合だと告白の呼び出しってところだな」
ジークはにやけながらそんなことを言う。これ、完全に面白がってるやつだ……
それを察しつつも、情報がなさすぎてその可能性を否定しきれない。結局、俺は話を続けさせることにした。
「意味が分からん……だいたい何で俺なんだよ……?」
「知らないのかもしれないが、レヴィって結構モテてるぞ」
「なんで??」
「取りたててこれっていう理由はないけど、強いて言えば誠実そうだからかな」
今まで話していたジークに変わって、今度はカムルスが話す。その内容にはジークも異存はないらしく、鷹揚に頷いている。
それを聞いて、無意識に口元がにやけた気がする。
自分がそんな風に思われていたということに若干の照れを感じながらも、やはりわからないことがある。
「誠実そうってなんだよ……上っ面だけじゃわからんだろ」
「普通ならな……だが、それがそいつの真性なら話は別だ」
「そういうのは無意識って形で、言動の端々に顔を覗かせるものだからね。特にレヴィは分かりやすいから……」
そう言う2人に俺は複雑な顔を返さざるを得ない。
俺は自分の言動を客観的に見れないし、そういうのがあると言われても信じきれない。だが、この2人が揃って口にしていると信憑性が跳ねあがる。
(今まで会った全員にそう思われてるかもしれないってことか……?)
いくらなんでも、無意識をコントロールすることはできない。となると、その兆候は今までもあったということで……
そうして顔を赤くする俺を見て、ジークが調子に乗って喋り出した。
「まあそんなわけだから、ラブレターって可能性は大いにあるな。この学園、名家の令嬢も多いし、いい返事をしても--」
「ダメです!!!」
突然の大声にジークの言葉はかき消される。滅茶苦茶びっくりした……
バクバクと鳴る心臓の大きな鼓動を感じながら、大声を上げた張本人の方に顔を向ける。
「アリシア……?」
「…………」
いきなり大声を上げたアリシアは両手で口を押えて顔を真っ赤にして俯いていた。その仕草は、まるで無意識に叫んでしまっていたと言っているようだった。
「どうしたよ?いきなり大声上げて。しかも珍しく敬語だったし、そもそもダメって……」
「あーはいはい。レヴィ、ここは僕に任せて」
とりあえず浮かんできた疑問を全部ぶつけていたら、カムルスが割り込んでくる。
「任せてって……」
「大丈夫だから」
「……わかった」
カムルスの力のこもった声と視線。引き下がる気はないと見た。疑問は残るが、何か考えがあるんだろう。渋々……ではないが、譲歩することにした。
俺の返事を聞いたカムルスはほっとしたように微笑むと、アリシアを連れてその場から離れる。
結果、微妙な雰囲気の中、俺とジークの2人だけが残ってしまった。
しばらくして、ジークが長いため息をつく。
「やっちまったー……」
「あ……何が?」
「何でもだ……」
「??」
いまいち要領を得ない。
そんな俺を見て、ジークはもう一度大きくため息をついた後に話を切り替えた。
「それはとりあえず置いといて、今はこのラブレターだ」
「断定すんな……それに百歩譲ってそうだったとしても、俺そういうの興味ないんだよな」
「そういうのって、色恋沙汰ってことか?」
カムルスの質問にこくりと頷く。
性欲がないとは言わない。むしろ思春期真っ只中の身体に引っ張られて、自然とそういったことを考えることも増えているようにも感じる。
だが、身体は15歳少年とはいえ中身は四十路に近いオッサンだ。
自分から積極的に……なんて思考には至らないのである。ちょっと悲しいなとか断じて思っていない。
「ま、何の呼び出しかどうかは一旦置いておこう。それよりも気になるのは差出人だ」
「無記名だな。辛うじて生徒会絡みだと推測できるが……」
生徒会室に呼び出すということはそういうことだろう。だが、それ以上の予測が一切立てられない。情報があまりにもないのだ。
「生徒会か……」
「問題でもあるのか?」
「いや、あそこは問題がなさすぎることが問題なんだよ……」
ジークは深刻そうな表情で呟く。
例によって、俺は学園の事情についてほとんど知らないので説明を求めた。
「会長がなんでもできる完璧超人なんだ……それで、役員は会長の選りすぐり。そのうえ、その会長の人望が人並み外れてる」
「紛らわしい言い方だな……具体的には?」
そこからのジークの説明曰くこういうことらしい……
今の生徒会長は3年生なのだが、初めて生徒会長の席に着いたのは2年と2か月前--つまるところ、入学して間もない時期だ。
入学数日でクラス中を味方につけ、半月で新入生全員の心を掴んだ。そして、新入生たちの要望で開かれた生徒会選挙で見事生徒会長になったらしい。
それから、全生徒の人望まで手にして、今や誰もが認める完璧な生徒会長になっているらしい。
「その完璧生徒会長だが、どうも根っからの潔癖らしい」
「不正を嫌ってるってことか?」
「そう。で、会長に感化されたのか役員も潔癖が多いって噂だ」
それ、もはや生徒会じゃなくね?速やかに風紀委員に改名した方がいいだろ……
内心でそんなことをツッコみつつも、ジークの言いたいことには何となくあたりをつけていた。
「その潔癖連中から目をつけられてるかもしれない、と……?」
「用件が何にせよ……それこそラブレターであるにせよ、注意するに越したことはないと思う。何が機嫌を損ねるか分からない」
深刻な顔で頷くジーク。
その直後に始業の鐘が鳴り、手紙の相談についてはお開きになった。
そこから数時間後--
昼休憩に入り、俺は生徒会室の前に立っていた。
(潔癖の生徒会ね……)
ジークの表現は過剰だと思うが、なるほど確かに、そんな奴らに目をつけられているとしたら面倒なことこの上ないだろう。
潔癖な人間というのは、概して気難しい性格の人が多いからだ。はっきり言えば、付き合いがめんどくさい連中とも言い換えることができる。
……まあ、それも本当だったらの話だが
(ジークが嘘ついてるとは思わないけど、生徒会が潔癖ってのは違うと思うんだよな~)
気になったのは、呼び出しの方法だ。
もし、何かしら問題があるのなら校内放送でもすればいい。下駄箱に手紙を入れるのは潔癖という言葉からは程遠いし、むしろ陰湿ささえ感じる。
後、こうしてこっそり手紙を送ってくるあたり、公では言えないこと……プライベートな話じゃないかというくらいには考えてきた。
「……つっても生徒会とそんな話する覚えもないからな~」
ぼやきながら頭を掻きむしる。
想像できるのはここまで。後は実際に行ってみるしかない。
というわけで--
「失礼します。いま大丈夫ですか?」
部屋のドアをノックしながら扉の奥にいるはずの人物に声を掛ける。
「……どうぞ」
中からくぐもった声が届く。それを聞いて、俺は遠慮なく生徒会室に足を踏み入れた。
「やあ、いらっしゃい。生徒会になにか用かな?」
ドアを開けた俺の目に最初に入ってきた色は、空色だった。
一瞬、外に出たのかと錯覚してしまったがそんなわけはない。俺を歓迎してくれた彼女の髪の色が真っ先に目についただけだったのだ。
その澄んだ空色の髪の女は、翡翠色の瞳をこちらに向けて用件を訊ねる。
髪の色と同様にはっきりと澄んだは声音、話し相手を無意識に安心させるなにかを持っているように感じられた。
「手紙をもらったので来ました」
後ろ手で扉を閉めながら手紙を掲げる。
それを見た彼女はほんの少しだけ口の端を上げ、こういうのだった。
「ちょうどいい……今は僕以外誰もいないからね。そこにかけてくれるかな?レヴィ君」
彼女が指すのは来客用のソファ。俺は言われたとおりにそこに腰掛けた。彼女は俺の目の前の椅子に座り、ゆっくりと話し出した。
「さて、まずは自己紹介だね。僕はエクラ、この学園の生徒会長だ」
「ご丁寧にどうも。俺は1年のレヴィです。……で、なんで俺を呼び出したんですか?」
形式的な挨拶を終え、俺は単刀直入に切り込んだ。
その質問にエクラは眉一つ動かさず、静かに応答する。
「随分といきなりだけど、そうだね……一言で言わせてもらえばスカウトだよ」
「……今なんて?」
「スカウトだよ」
(いや、聞こえなかったわけじゃないんだが……)
エクラの発した単語は、俺が想定していたものの斜め上のものだった。
とりあえず、彼女の言いたいことを考えると……
「俺に生徒会に入ってほしいってことか……?」
「そういうことだね」
我が意を得たりと頷くエクラ。
なるほど……
「断る」
「即答だね。どうしてかな?」
「俺に生徒会とかできる気がしないからです」
「ふふ……ここまで清々しいといっそ愉快だね」
本当に面白そうに笑うエクラを見ながら、俺はかなり拍子抜けの気分だった。わざわざ手紙で呼び出されて来てみれば、ただのスカウト。
本人にとっては重要な案件かもしれないが、俺にはどうでもいいしなんなら入る気は微塵も湧いてこない。今はアリシアのことで手いっぱいだからだ。
はっきりとそれを理由にしてもいいのだが、聞かれ方によっては下に見られていると思われかねない。それに、ここでそれを正直に言うのはなんか負けた気がする……
(そんなことより、早く戻りたい……)
カムルスたちに任せているが、心配なものは心配だ。先日の一件があるからなおさら。
だが、目の前の生徒会長はそれを許してはくれないらしい。
「レヴィ君、少しくらい考えてくれないか?」
「俺の返事はノーです……友人を待たせてるので失礼しますね」
そういって立ち上がる。そのままドアに向かおうとするが……
「……だから、待ちたまえよ」
「っ!」
突然身を襲う衝撃。それと同時に感じる、背中の硬い感触と胸のあたりの柔らかく温かい感触。
「痛っ……」
「なあ、ダメなのかい?」
何が起こったのか分からなかった。
エクラの声はすぐ近くから聞こえたし、その顔は目と鼻の先にあったから。
「!?……何して……」
「できるかどうかはやってみないと分からないよ。考え直してくれないか?」
エクラはそう言いながら、さらに体を押し付ける。
俺はいつのまにか壁を背に、エクラに追い詰められていたのだった。
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(長い……長い回想だった)
どうでもいい感想だが、回想が終わった今、目の前の現実に直面しなければならない。
「さあ……今度こそ良い返事を期待させてもらうよ」
そう言ってなおも近づこうとするエクラ。
それから逃れようとして、無駄だと分かっていながらも必死に背中を壁に押し付ける。
(これ、ハイって言うまで離してくれなさそうだな……)
心臓が早鐘をうち、まるでのぼせてしまったようにクラクラする頭でぼんやりとそう考える。
エクラが俺に執着する理由は知らないが、向こうは俺を離す気はない。この場を切り抜けるためには、否が応でも生徒会に入らないといけないらしい。
そして、俺は口を開きーー
「断る……」
「…………」
「俺は生徒会に入るつもりはない……!」
二度目の拒絶を口にした。
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