幼馴染みと魔法
ある晴れた日。
クルト兄さんと母さんは家で勉強を、マーク兄さんと父さんは庭で剣術の稽古をしていました。
その間、三男の俺は何をしていたかというと……森で熊を狩っていた。
「……よっと」
小さな声を出して、剣を振るいながら熊の傍を通り過ぎる。綺麗に着地したと同時に、背後から大きなものが倒れた音がする。
後ろを振り向くと、腹を掻っ捌かれた熊がうつぶせに倒れている。俺がやったのだから、別段驚くこともない。
「これで3体目か……」
ぽつりと呟いてから、俺はその場を後にした。
この森での熊との遭遇率はかなり高い。俺は毎日この森に来ているが、その度に必ず出会うのだ。
その度に迂回していると、時間を取られて鬱陶しいことこの上ないので、出会い頭に即殺害というスタンスをとっている。
ちなみに、剣は父さんからもらったものだ。子供用に刀身が短くなっており、俺でも扱いやすくなっている。
その剣を振り回して邪魔な熊を殺しながら森を駆け抜けること数時間、俺はようやく目的地に着いた。
そこは、開けた野原だ。視界を遮るものなど一つもなく、壮大な緑が一望できる。
ピクニックなどにうってつけの場所だが、残念ながら俺はそんなことをしにここに来たのではない。
「まだ時間があるかな……」
俺は辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、誰に言うとでもなく呟いた。
それから、一休みしようと腰を下ろそうとしたその時--
「っ!!」
俺は即座に体を左に傾けた。すると、先ほどまで俺の顔があった場所を大きな水の球が通り過ぎた。
ちょうど俺の顔と同じくらいのそれは、低速で飛んでいった後バチンと音を立てて割れた。
「あー!もうちょっとで当たったのに!」
俺の背後--水の球が飛んできた方向から声がする。顔を引きつらせながらそちらを振り向くと、案の定そいつがいた。
太陽の光を受けてキラキラと煌めく銀色の長い髪。
アメジストのような輝きを放つ淡い紫の双眸。
身に着けている洋服は、名家の令嬢が着ているイメージのあるひらひらふりふりしたものだ。
まあこいつの場合、実際に令嬢なのだから何も違和感はないのだが……
「動かないでよ!」
「動かないと当たるじゃん……」
「当たってよ!」
「やだよ!びしょびしょになるだろ!」
膨れて見せる同い年の女の子に、俺は文句しかない。頭から水をかぶるのはさすがに勘弁だ。
こんな風に、会うたびに俺に無茶ぶりを要求してくるこの女の子の名前はアリシア=エストーレ。俺が家の人には秘密にして、こっそり会っている人物だ。
俺の父さんとアリシアのお父さんはかなり仲が良いいため、家同士の交流が頻繁にされている。
そのため、アリシアとはそれこそ物心ついたころから一緒に遊んでいる仲だ。つまり、幼馴染みである。
そして、俺はアリシアと会うことを家族には伝えていない。なぜだかイブは知っていたようだが、彼女以外は知らないだろう。
その理由がこれからやろうとしていることだ。
「それで、今日はどうしようか?」
「やってみたいことがあるの!」
俺が頭を掻きながら尋ねると、アリシアは喜色満面で返事をした。
そうして、すぐに目を閉じて集中し始めた。しばらくすると、アリシアの周りに直径1mほどの球体が数個発生した。
透明な膜に覆われた球体にはすぐに変化が生じ始める。球体の内部に電流が流れたのだ。それは、まるで雷が凝縮されたようなものに見える。
白いような黄色いような光を迸らせる球体は、ゆっくりと前に飛んでいき地面に着弾すると、
--バチッ!!
という音を立てて、そこにあったはずの地面を抉って消えた。
他のものも同様で、飛ばした数だけ緑の野原にクレーターができていた。
そのクレーターを作った張本人はというと……
「どう?私の新しい魔法。プラズマボムっていうの」
満面の笑みでこちらを向いていた。その顔はまるで初めてのおつかいを成功させた子供そのもの。
笑顔は百点満点なのだが、やってることはテロリストも真っ青の破壊行為だ。
本当なら諫めるべきなのだろうが、それをすると俺がここに来た意味を全否定することになってしまう。
そう、俺が数時間をかけて移動し、家族に隠してまでアリシアと会っている理由。
それこそが、魔法の研究だった。
『魔法とは世界の物理現象に干渉する力である』
これがこの世界における、魔法の定義だ。
何もないところで火や水を出したり、地面を変形させたり、今アリシアがやったように雷を作り出したのも魔法によるものである。
魔法を使うためには人間が体内に持っている、魔力というエネルギーを消費しなければならない。
魔力は時間経過で回復するものの、その量には上限がある。
そして、この上限は毎日限界まで魔法を使うことで増えていくのだ。
俺たちはここで、魔法を使うついでにお互いが自分で考えてきた魔法を披露して、それについて意見の交換をしている。それをだいたい一週間に一回やっているわけだ。
要するに、俺とアリシアがここで何をしているのかというと、『魔法の鍛錬と研究』である。
では、これを隠さないといけない理由というのは、ズバリ俺の家の問題だ。
俺の家--スパーダ家は剣の武勇によって立場を得た貴族であり、現当主はその張本人である父さんだ。
もし、俺が魔法の鍛錬をしている様子を見れば、「そんなことをする暇があれば剣を振れ!」と言われることだろう。
それは非常に困る。俺は魔法が使いたいのだ。
そんな単純な理由から、アリシアと会うことを秘密にしているのだ。
ちなみに、無理してでもアリシアと会おうとしているのは、アリシアが魔法について詳しいからだ。
アリシアのお父さんは、俺の父さんと同じく戦争の武勲で貴族に成り上がった。ただ、剣で活躍した父さんと違ってアリシアのお父さんは魔法を使って活躍したそうだ。
つまり、エストーレ家は魔法に力を入れている貴族なのだ。
もちろんそれはアリシアも例外ではなく、魔法の知識や技術においては下手な現役の魔法使いよりも優れている。
「む~~……次はレヴィの番。魔法見せてよ」
そんな優秀な魔法使い様は、わかりやすく膨れながら俺に要求してくる。
新魔法を使ったというのに、俺の反応がなかったのがお気に召さなかったようだ。
アリシアに軽く返事してやってから、俺は魔法を使うために意識を集中させる。
(まずは魔力を活性化させて……)
心の中で手順を復唱しながら丁寧に魔法を使う準備をすすめる。
人間の体内にある魔力は、通常何の影響も及ぼさない。
ところが、これを活性化させることができると、魔法を使う--すなわち外界に作用することができるのだ。
逆に言えば、これができなければ魔法を使うことはできない。そして、その数はとても少ないのだ。
全人類の約一割だとか聞いたような気がする。
(よし、準備完了)
魔力が活性化した時特有の暖かさに身を包まれながら、俺は魔法を使おうと試みる。
目を閉じて発動する魔法のイメージを明確にする。
活性化した魔力を操作して思い浮かべた魔法を形にする。
魔法を使う時に必ず心がけていることだ。これを怠ると暴発して大変なことになるので注意しなければいけない。
そのことに気を付けて魔法を発動させてから、数秒後--
俺の目の前には雷で形作られた一匹の虎が立っていた。
全身がバチバチ音を鳴らしている以外は何の変哲もない虎だ。全長は3mほどで牙や爪、尻尾まで再現できている。
(まあ、いい感じだな)
雷を制御して虎をあちこちに動かしながら、自分の魔法に及第点をつける。そして、一通り動かした後は特にやらせることもないのでその場で放電させてみた。
その直後、俺はこの行為を激しく後悔することになる。
俺が雷の制御を解くと、虎の形に押し込められていた雷は大きな音を立てて爆ぜ飛んだ。当然、周りの土や砂を巻き上げながら……
空高く舞い上がった砂ぼこりは落ち着くのに数分ほどを要し、砂ぼこりが消えた先に見えた景色は俺の予想通りのものだった。
それは地面にぽっかりとできた巨大なクレーター。
アリシアがさっき作ったものもたいがいだったが、俺のはさらにひどい。
「やっちゃったよ…………」
自分が起こした惨状を前に、俺は顔を引きつらせながらそう呟くしかないのだった。
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