問題山積み
アリシアの拉致誘拐事件から数日--
俺たちは平和な学園生活を堪能していた。現在はアリシアと2人で俺の部屋にいる。
「あ~平和だな~~」
「すごい間抜けな声出してるけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ……」
心配そうに訊ねるアリシアに苦々しい顔でそう答えた。
先日の一件でもたらされた問題が巨大すぎて、今でも消化に困っているからだ。
あの日、なんとかしてガルムを倒した後……は疲れたので寮に帰ってすぐに寝て、翌日に情報共有をした。
アリシアが狙われた目的、リンやガルムが何者か、そしてアリシアが抱えている秘密など大量の問題を聞かされ、その対処をどうするか相談した。
まず、アリシアが無属性魔法を使えること。
それが知れた瞬間、アリシアは値千金の研究対象に成り下がる。人としての自由を失ってしまうのだ。
何があっても、これだけは絶対に阻止しなければならない。今後は、厳重な警戒を心がける必要があるだろう。
「あれから、知らない奴からの接触はないだろうな?」
「だからないって……さっきも言ったじゃん」
「気休めだ。許してくれ」
俺が今アリシアと一緒にいるのも、警護の一環だ。アリシアを1人にしたことで起こったのが先の事件なので、できるだけ1人きりにさせないようにしているのだ。
ちなみに、今はカムルスがいないので2人っきりだったりする。
だが、こいつと2人きりという時点でお察しだし、今は「誰かに狙われているんじゃないか」と、びくびくして過ごさないといけないということが精神的にクルのだ。
閑話休題
次の情報が、リンたちの所属組織がウラノメトリアと呼ばれるカルト教団であること。
そして、その頭のおかしい集団のボスらしき存在から、アリシアを拉致するように命令が下されていること。
「ちなみにだけど、拉致られる原因に心当たりある?」
「ない。よりによって宗教団体に身柄を拉致される理由なんてないよ」
「無属性のことは?」
「一回はそう思ったけど、それにしては私の扱いがおかしいんだよね……」
アリシアの回答に俺は首を縦にせざるを得ない。
今回の拉致事件で最も不可解なのは、アリシアの扱いが丁重すぎることだ。
先に述べたように、無属性の魔法使いは人として扱われない。研究者たちにとって彼らは興味深いモルモットでしかないのだ。
だが実際のところ、ガルムたちがアリシアを見下すような態度をとっていたわけではなく、まるで要人に接するように丁寧な応対を受けていたらしい。
逆説的に、それは無属性魔法のこととは関係ないということを示している。目的も話してないことを考えると、いよいよ訳が分からない。
しかも、その真意は謎のままだ。事件を起こした当の犯人たちは死んでしまったのだから。
「にしても、あいつらによく勝てたよな……」
「ああ……うん、そうだね……」
そんなことを言って、2人で遠い目をしてしまう。
ガルムとリンは異常なまでに強かった。実際、ガルム相手に一人では絶対に勝てなかったし、リンに至っては殺されかける始末だ。
俺たちを格下だと侮って油断していなければ、全く勝ち目がなかっただろう。
「しかも、あれで幹部なんだよなあ……」
「うん、そう言ってた……」
「次に送り込まれてくるとしたら、アイツらより強い奴だよな」
「絶対そうだと思うよ」
こぼれ出しそうになるため息を抑える。
ウラノメトリアとかいう組織にはあれと同格かその上がいるのだ。で、今度はそいつらがアリシアを狙ってやってくるかもしれない。正直、その時のことを考えるだけで気が滅入る。
しかも、俺の頭を痛める理由がもう一つ。
(女神の言ってた世界滅亡の原因って絶対こいつらだろ)
俺が転生することになったきっかけ--女神エルフィンからの依頼だ。
転生から15年がたっているから、残りは5年。5年以内に世界が滅びるとかいう物騒な予言を覆すために、俺は転生したのだ。
今まで何一つとして手掛かりがなかったものの、ここに来てそれらしき組織がヒットした。今はまだ朧気ではあるが、今のところ一番怪しい。
それを差し引いてもアリシアのこともあるから、遅かれ早かれあの人外集団と真っ向勝負しないといけないのだ。
(とはいえ、このままじゃ勝負にすらならないな)
さしあたって、強くなることが急務だ。
幸い、学園にはそのための手段がいろいろとある。上手く使って強くなっていくしかない。
(後は、味方を増やさないとな)
俺とアリシアの2人でできることなんてたかが知れている。
そこで、どうしても協力者が欲しいわけだが……当然ながら、誰でもいいわけではない。
リンが学園に潜り込んでいたことも考えると、ウラノメトリアの手先は文字通りそこら中にいると考えていいだろう。
つまり、絶対的に信用できる奴じゃないと仲間に引き入れるわけにはいかないのだ。
(問題ありまくりだろ!)
突然考慮すべきことが増えてしまい、頭がパンクしそうになる。
問題を全て解決できる方法とかあればいいのに……と思ってしまうが、ままならないものだ。
「…………」
「えっと……大丈夫、じゃないよね」
「ん?何か言ったか?」
1人で眉間に皺を寄せていると、アリシアが声を掛けてきた。だが、集中しすぎていたので、何を言っていたかまでは聞き取れていない。
今度こそ話を聞こうとしてアリシアの顔を見つめると、若干目を逸らしながらもごもごと口を動かす。
「どうした?」
「えっと……その……」
アリシアにしては珍しく煮え切らない態度をとっている。こういうのを見るのは新鮮だが、少しじれったい。
そうして、別の話題を振ろうかと思い始めたあたりでようやくアリシアが口を開いた。
「…………私がいるから」
「……はい?」
「いや、だから……私がいるから、一人で思いつめなくても大丈夫だよ……」
「…………」
「お願いだから何か反応して!!」
顔を真っ赤にして吠えるアリシア。対する俺はただただポカンとしていた。
あのアリシアからそんな言葉が出てくるとは思いもよらなかったのだ。
「お前の口からそんなこと聞くとは思わなかったな……」
「心の中でも同じこと考えてるでしょ!というか、失礼すぎ!!」
さらっと心を読んでくるあたり、戦慄すべきか喜ぶべきなのか……
それはともかく、本当に意外だ。もっと俺に頼りっきりの印象があったのだが。
「2人の時に見栄張らなくてもいいんだぞ?」
「見栄じゃなくて」
「?」
「こういう時くらい力になりたいと思ったの。……いつもは迷惑ばっかりかけてるから」
「お前…………今更だぞ」
そう言った瞬間、無言で殴りかかってきた。
さすがに危険なので、飛んできた右手を受け止めて鎮静活動に入る。
「すまん、言いすぎた。……けど、ホントに大丈夫だぞ。いつものことだ」
「それじゃ、私が困るの!」
思わず肩を跳ねさせる。俺が考えていた以上に真剣だったようだ。
(いつも通り……)
その単語を頭の中で反芻する。そうして、ようやくアリシアの思いに気付くことができた。
(変わろうとしてるのか)
この事件に思うところがあったのだろう。変わろうと必死にもがいているのが見て取れる。
『いつも通り』と『いつまでも同じ』は違う。そして、『いつまでも同じ』人間はただの一人も存在しないのだ。
「…………」
「…………」
「……はぁ。分かった、これからはお前にも頼ることにする」
「!!」
アリシアはそれを聞いて満面の笑みを浮かべる。よっぽど嬉しかったのだろう。
だが、俺としてはあんまり乗り気ではない。
いろいろと考え込むことは思っている以上に鬱になる。慣れていなければなおさらだし、どうしようもないことならストレスはマッハで蓄積していく。だから、あまりやらせたくないことではあるのだ(こんなこと考えているから過保護とか言われる)。
(でもまあ、自分からやりたがってるんならそれもいいか)
その理由が俺のためというのもちょっと嬉しいしな。
少しだけ笑いながら、アリシアととりとめのない話を始める。不安に駆られていた当初も、今ではどうということもない。
(1人より2人、か)
その言葉の重さを実感して、平穏なひと時をぬくぬくと過ごすのだった。
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