vsガルム
男とアリシアの戦い。俺はそれに割って入って、男が持つ金属棒を受け止めている。
「お前はさ、なんでこいつをつけ狙うんだ?」
「……割って入って来て言うことがそれか?あと、俺の名前はガルムだ。『お前』じゃない」
フランクに話しかけると、ガルムは心底不機嫌そうな反応を返す。
あまりに尖った態度に苦笑いしながらも、俺はガルムを観察する。
黒髪黒眼で柔和な顔つき。外見だけ見れば、そこら辺にいるありふれた少年と言えるだろう。だが、その見た目に反して身に纏う雰囲気は殺気に満ちている。
(なるほど、暗殺者だな)
妙に納得していると、ガルムの力が強くなってきた。このまま押し込むつもりだろう。
俺もそれなりに腕力はある方だから、鍔迫り合いに応じようかと思っていたのだが……
(あ……ダメだこれ)
一瞬でそう判断して、一目散にその場から離脱する。ついでに、後ろにいたアリシアも連れて行く。
あれはダメだ。あいつの力が強すぎる。10秒とせずに押し切られる未来が幻視できた。
というか、リンといいこいつといい馬鹿力すぎるだろう。あの細い身体のどこから、そんな力が出てくるんだ……?
「解せない……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
俺が人体の神秘を目の当たりにして唸っていると、アリシアが切羽詰まった声を出す。
「あれは勝てないって!早く逃げないと……」
「逃がしてくれると思うか?」
「うっ……」
アリシアが苦虫を噛み潰したような顔になる。
ついさっきまで、高密度の集中砲火を躱しきっていたのだ。そんなやつから逃げるのはどう考えても無理だろう。
「じゃあどうするの!?」
「さしあたり、もうちょっと切りあわないとな。情報が足りない……」
「それこそ無謀じゃない!!」
大声でそう言うと、すぐに俯いてぶつぶつと何かを呟きだしてしまった。
いつもの余裕はどこかに消え失せ、顔は真っ青になっている。
(これは……予想外の事態が起こりすぎて処理が追い付いてないパターンかな……)
俺が転生してから一番付き合いが長いのはこいつだ。
なにしろ、生まれなおしてからほとんど一緒にいるのだから。性格やら考え方やら……当然、弱点も熟知している。
それで、こいつの弱点の一つが精神が脆すぎることだ。
割と簡単なことで取り乱して、わたわたしてるのをよく見る。だから、理不尽の権化みたいな奴を前にして、キャパオーバーになったんだろうというのは容易にわかるのだが……
(今日は一段とひどいな……)
聞いたことのない大声を出したり、ここまで顔を青くしているのを見るのは俺も初めてだった。正直、聞いたときはすごく驚いた。
まあ、おかげで俺の方が冷静になれたのだが……
「おい、落ち着け」
「でも……!」
「落ち着けっての」
そう言ってアリシアの顔を鷲掴みにして、流れるような動作で指に力を込める。
「痛い痛い痛い!!?」
叫び出したところで手を引っ込めると、頭を押さえたアリシアが不満げに睨み上げる。
「何するの!?」
「アイアンクロー?」
「そうだけどそうじゃない!」
涙目になって訴えるアリシア。それを見て満足げに頷く。
「よし」
「なにがいいの!?」
「落ち着いたみたいだからな」
「私の顔を見てもう一回言ってくれる……?」
いやまあ、落ち着くどころかむしろヒートアップしてるわけだが……
とりあえず、ネガティブな思考は止められたからよしとする。
「とにかく、あいつをどうするかだが」
「だから、それがどうしようもないって……」
「大丈夫だ」
俺は努めて力強くそう言った。
アリシアがテンパっているのは単に不安だからだ。圧倒的格上に追い詰められているという状況が恐怖でしかないから落ち着いていられない。
だから、安心できるような声で、顔でアリシアに声を掛ける。
「……ホント?」
「ああ、策ならある」
「…………聞かせて」
そう言ったアリシアは、いつもの顔で俺を見ていた。
「よし、それじゃあ……」
俺もいつも通り、アリシアに話をする。
そして、話終えると前に進み出る。目の前にはガルムが退屈そうに立っている。
「あ……終わった?」
「律儀に待ってたのか……?」
「ああ、どうせ俺が勝つからな」
圧倒的実力に裏打ちされた自信。今まで待っていたのも、この発言も余裕の表れと見ていいだろう。
「いちがいに否定しきれないのが嫌だな」
「現実だ。受け入れろ」
「それが嫌だって言ってるんだよ」
互いにどうでもいいことを話しながら、構えをとる。
ガルムの前に立ってから今の今まで、気を抜ける瞬間は一度としてなかった。そして、今からはもっと集中しないといけない。
(上等……!)
俺はにやりと笑ってガルムを見つめた。そして、その距離を一気に詰める。
振り下ろした剣はガルムの頭上で受け止められ、耳障りな金属音を生じる。そして、それを皮切りに戦闘が再開した。
俺の剣は一時はガルムを抑え込んものの、すぐに人間離れした力で押し返されてしまう。だが、俺はそれを見計らって素早く剣をひき抜き、別の方向から剣戟を振るう。
大前提として、ガルムとのつばぜり合いは不可能だ。一瞬でも固まれば、あの馬鹿力で持っていかれる。
一撃の重さで勝負したのでは勝ち目がないのだ。
(なら、一撃の速さで勝負する……!)
身体強化を始めとする補助系の魔法を総動員して、剣を振る速さを極限まで高める。そして、ガルムの上下左右あらゆる角度から攻撃を仕掛けた。
ガルムも受けるのが精一杯のようで、やや劣勢といったところ。
このままペースをこっちの方に持っていきたいのだが……残念ながら、これでは足りない。
俺の攻撃回数が3桁を超えたあたりで、ガルムの動きに余裕ができてきた。
速さに慣れたのだろう。光速の魔法を避けるような奴なのだから、当然だ。
そして、躱すのに余裕が出てくれば今度は攻撃に入ろうとする。
ガルムは俺の一撃を受け止めつつ、俺より素早く金属棒を引き振りぬこうとする。
(それで俺を殴って終わりってことか……)
頭で分かってはいても体が追い付かない。その間にもガルムは金属棒を振り上げ、俺を殴ろうとするが……
「ッ!!」
咄嗟に後ろに飛びのいたガルム。その目の前を高速で何かが通り過ぎる。
飛んできたのは氷の塊だ。ご丁寧に音速で飛ばされたそれは、もう少しでガルムの脳天を穿つところだった。
この場でそんなことができるのは、戦っている俺とガルムを除いてただ一人--アリシアだ。
(今だ……!)
俺は飛びのいたガルムに、すかさず追撃を食らわせる。さしものガルムも動きが鈍っており、捌くのに必死だった。
俺の高速攻撃に加え、外野からの援護射撃。
ここまでして、ようやく対等に戦うことができる。
俺はひたすら剣戟を振るい続け、隙を見てアリシアが即死の一発を撃ちこむ。非常に嫌な陣形だ。
ガルムもそう思ったらしく、視線がアリシアの方を向いた。たぶんだが、先にアリシアを仕留めてしまおうという思惑だろう。
そう考えていたところで、目の前からガルムの姿が消えてアリシアに向かって走り出していた。
(ほんっとに速いな!?)
振り返った時には、アリシアに肉薄しその意識を狩ろうとしているガルムの姿が映っていた。このままではアリシアがやられ、決着がついてしまうだろう……俺たちが何もしてなければ。
「ぶふぇ!??」
大ピンチかと思われたその時、ガルムがいきなり動きを止めて奇怪な叫び声を上げた。そこに壁があるかのように顔が潰れ、整った顔立ちが形容できないほど大変なことになっている。
もちろん、俺はその隙を見逃さない。
後ろから首を刎ねようと剣を振り下ろした。結果は、今日何度目か分からない不快な金属音が示す通り。
ガルムは顔中から血を流しながら、鬼の形相で俺の攻撃を受け止めていた。
「貴様ッ!!何をしたァ!!?」
「おお、怖っ……」
「ふざけるなァ!!!」
まさに怒髪天を衝くと言わんばかりの大激怒。顔中から流血しているので、まるで血涙を流して泣き叫んでいるようにも見える。
ガルムの身に起きた不幸は、移動が速すぎたことが原因だ。そのため、魔法によって作った氷の壁に顔面から衝突してしまったのだ。
俺が前衛、アリシアが後衛を務めれば、ガルムにとって嫌なのは後ろから攻撃してくるアリシアだ。
だから、先にアリシアの方を片付けようとするのも予測がついたし、対策を立てておこうと考えるのも自然な流れと言えるだろう。
そこでアリシアの防護壁として、氷でできた壁を周りに作っておくように指示した。できるだけ分厚くかつ強度を上げて、魔法で光学迷彩を施して完成だ。援護射撃は壁の上から通せばいい。
で、それに気づかずにマッハで移動したガルムはまんまと壁にぶち当たったのだ。思った以上にうまく行き過ぎて恐ろしい……
「アアアアアァァァァ!!!」
そして、その被害者は般若の形相で武器を振り回している。
至近距離でそれを見せられている俺には、恐怖映像以外の何物でもない。
(まあ、気持ちは分かるけどな)
まるでギャグ漫画のようなふざけた出来事が身に起きたのだ。恥辱でしかないだろう。しかも、それで負った傷がかなり深刻。顔はぐちゃぐちゃになっているのだ。
さっきまでの余裕は消え失せ、痛みと怒りに叫ぶナニカになってしまっている。
もう一度言うが、気持ちは分かる。だからこそ……
「動き、丸わかりだぞ」
左上から振り下ろされた攻撃を軽くいなして、腹に一撃撃ちこむ。
仰け反ったガルムがお返しと言わんばかりに俺の腹を殴りつけようとするが、ジャンプして回避。そのまま、頭目掛けて剣先を突き付ける。
すんでのところで受け止めるガルムだが、その動きは明らかに精細を欠いていた。
体力も、精神も、満身創痍となり果てたガルム。
だが、まだ油断はできない。
剣を左から右へと振りぬく。動きが鈍っているガルムだが、打ち合いができる程度の余力は残っている。この攻撃も難なく受け止めようとしたが、そうは問屋が卸さない。
今まで速度重視で振り続けてきた剣。これをいきなり威力重視に変える。
つまり、剣を振り回すために使っていた魔法を、今度はその推進力を上げるために使う。
軽く速い剣戟に慣れていたガルムは……
「ぐッッ!??」
突然の重い一撃に対応しきれない。
受け止めた武器ごとふっ飛ばされ、廃墟にその体を打ち付けた。
「アリシア!!」
「任せて!!」
大声で名前を呼ぶと、アリシアは頼もしい返事をする。
その直後、俺たちの頭上に暗雲が立ち込め始めた。分厚く、禍々しい色をした雲は瞬く間に空を覆いつくし、バチバチと電気を帯び始める。
これが化物クラスの魔力量にものを言わせた、アリシア最大の一撃--
「トール!!!」
その場のありとあらゆる音をかき消す轟音が鳴り響き、圧倒的な破壊が落ちてきた。
暗雲から生まれた黒い稲妻は、そこにいたガルムを巻き込んで廃墟を壊滅させる。
数分後、その場には跡形もなくなった廃墟のがれきだけが積みあがっていた。
「あぶないな……」
アリシアの魔法は、いつものことながら冷や汗が出る。
俺が無意識にそう呟くと、それを聞いたアリシアが顔を近づけて訊いてきた。
「じゃあ、やらないほうがよかった?」
「いや、今日はこれでいい。上出来だよ」
「……そっか」
俺の答えを聞いて、アリシアは満足そうに微笑んだのだった。
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