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アリシアの焦り

 ドアを蹴飛ばして入ってきたレヴィ。

 それを見て、今まで一度も揺らがなかったガルムの笑顔が曇った。


「……リンはどうした?」

「想像に任せる」


 ガルムの質問に冷ややかに答えたレヴィ。それを聞いて、ガルムはさらに警戒を強めたように目を細める。

 ややあってから、ガルムが私の前にゆっくり進み出る。


「で……何しに来たのかな?」

「それも想像に任せる。それと、邪魔だからどいてくれないか?」


 またも冷淡に答えるレヴィ。しかも、わざわざ煽るような言葉で話している。無自覚なのか、わざとなのか……少なくとも、敵意を丸出しにしているのがひしひしと伝わってくる。


 そんなレヴィの発言にまんまと挑発されたガルムは、額に青筋を浮かべてもう一歩前に出る。それから肩幅と同じくらいまで足を開いて、重心を前に傾けた。


 完全に戦闘態勢……レヴィのことを敵として見ている。レヴィも右手に持っていた剣を構えて迎撃の姿勢を見せた。

 えも言えぬ沈黙がその場を支配し、2人はお互いの様子を窺っている。


 そして、ガルムが今にも最初の攻撃しかけようとした時--

 ……突如として暴風が吹き荒れ、ガルムの身体を宙に飛ばした。


 その身体は天井を突き破って、そのまま屋外へと飛ばされる。

 それを見て真っ先に驚きの声を上げたのはレヴィ。


「何だ!?」


 このまま戦う雰囲気だったのに、一方がいきなり場外に飛ばされたのだ。

 実行犯以外はだいたいこんな反応になると思う。


 そして、これを引き起こした張本人である私は、ガルムが離れたのを確かめてから手足を縛っていた縄を切り始める。

 魔法を使うと縄はいとも簡単に切れ、すぐに手足の自由を取り戻すことができた。


「レヴィはここで待ってて!私が倒してくるから!!」


 瞠目するレヴィに一方的に言葉をかけて、さっきガルムを吹き飛ばした時のように魔法で自分の身体を外に運ぶ。

 去り際にレヴィが何か言っていたような気がしたけど、後で聞くことにしよう。今はこっちが最優先。


「っと……びっくりしたなあ」


 外に出ると、ガルムが驚愕とは程遠い表情を私に向けている。

 体には外傷一つ見つからない。結構な威力で吹き飛ばしたと思ったんだけど……


「外に出るなら、一言そう言ってからにしてほしいな」

「うるさい。早いとこ倒して、帰らせてもらうわ」


 私の断固とした物言いに、ガルムは大げさに肩を竦めて見せる。

 ストレートに悪感情をぶつけたのにいまだに飄々とした様子なのは、私を格下だと思って油断しているからだろう……


(後悔させてやる……!)


 油断しているなら、なおのこと好都合。

 本気を出される前に倒しきってやる。


 私は魔法を発動させて、空中に直径1センチほどの氷の礫を作り出す。

 これだけなら恐れるに値しないが、それが無数も空中に浮いていればそれだけで圧巻の光景になる。


「一斉掃射!」


 そして、音速を超える小さな氷の群れが一斉にガルムを襲い始める。


 捌くにしても物量が多すぎるし、避けようにも範囲が広すぎて安全圏がない。射程圏内にさえいれば、確実に敵をハチの巣にできる攻撃。


 私はそれを30秒続けて、ようやく魔法を止めた。

 私の目の前には、体中が氷の礫に穿たれ、もはや息を止めて横たわっているガルム--


「ナニコレ、こっわ……!!」


 ではなく、かすり傷一つ追ってない姿のガルムが健在している。

 目を疑ってしまう光景だけど、これが紛れもない現実だった。


 周りをよく見てみると、そこらじゅうの地面が穴だらけになっているにもかかわらず、ガルムの足元とその背後だけは異様にその数が少ない。


 それはつまり、さっきの攻撃を捌き続けていたということで……


「勘弁してよ……」


 冗談だと言って欲しい……

 さっきの攻撃は、言ってみればマシンガンの掃射をくらったようなものだったはず。それを30秒間捌ききって無傷って……

 

 圧倒的実力差を誇示するかのようなその光景には、絶望しか感じられない。ようやく、目の前の化け物がいかに規格外かを思い知らされることになった。


(でも私がやらないと……)


 もとはと言えば、私が狙われたからこんなことになってるんだ。

 だったら、私にはこれにケリをつける義務がある。今更だけど、これにはレヴィを巻き込みたくない。


 私は覚悟を決めて、ガルムの動きに全神経を張り巡らせる。些細な動き、呼吸の一つですら逃さないように、ガルムの動向に集中する。


「うわ……凄い目で見てる……」


 私の鬼気迫る様子を見て、顔を引きつらせながらも戦闘態勢をとろうとしたガルム。その瞬間、高圧の電流がその頬を掠めた。

 ガルムの頬に一線の黒い焦げ跡ができ、それを触りながらガルムは私に険しい視線を向けている。


 もちろん、やったのは私。本当は心臓に当てたかったけど、距離が遠くて外れてしまったのだ。


 ガルムはそのことを察するや否や、その雰囲気を豹変させた。

 まるで野生の獣か何かのような獰猛な笑みを浮かべ、獲物を狙うような瞳で私を見つめている。


 その瞳の冷たさに思わず身震いしてしまったけど、もう後には退けない。

 大きく息を吸い込んでから、一拍--その場には大きな雷鳴がとどろき始めた。


 攻撃しているのは私だ。さっきと変わらずに物量でガルムを押し切ろうとしている。違うのは、それが高電圧の電流になっていること。それはつまり、攻撃速度が音速から光速に変わったということだ。

 その目にも止まらぬ電気砲撃が、ガルムの前方に弾幕を張る。


 どんな人間でも、この攻撃には耐えられないどころか見ることすらできないはずなのだ。なのに……


 当たれば即死の光が幾条も飛び交う中、ガルムは次々と立ち位置を変えて直撃を回避している。


(おかしいでしょ……!?)


 私はこの時、初めて理不尽という言葉を痛感した。


 状況は攻勢に出ている私の方が有利に見えるけど、実際は絶体絶命だ。

 ガルムにはどんな攻撃でも躱しきれるスピードがある。一方の私は、弾幕を張っているしかできず、決め手に欠けている。

 どう頑張っても勝てる未来が見えない……


(どうする……?どうする……!?)


 攻撃というよりはむしろガルムを近づかせないようにするための弾幕を張りながら、私は焦っていた。


 リンの豹変に始まり、突然の拉致・誘拐、その上ガルムの規格外……というよりも理不尽を目の当たりにして、とうとう許容量が限界を超えた。


 何か打開策を考えようにも、焦りが邪魔してまともに考えられない。

 いつの間にか息は浅く、短くなっていて、恐怖が込み上げてくる。

 そんな心理状態で魔法を正確に扱えるわけがない。


 今まで轟音を立てて飛び交っていた雷が、突如として霧散してしまった。

 そしてそれは、私をガルムを隔てる()も消えてしまったということであり、ガルムから身を守るものがなくなったということでもある。


 私の魔法が消えたと分かった途端、ガルムは一直線に私のもとにやってきた。そして、右手に持っていた金属棒のようなものを振り上げる。

 私はガルムの動きに反応することができず、気づいたときには金属棒が振り下ろされていた。それは私の首元目掛けて向かってきて……


 甲高い音とともに、その動きは目の前で止まった。

 いや、剣によって止められていたといったほうが正しい。


「いや、ホント……蚊帳の外は勘弁してくれないかなあ……」


 そしてそこには、口元をひくつかせながら不平を口にするレヴィが立っていた。

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