異変
「もうこんな時間か……」
「ああ、今回はだいぶ骨が折れた」
俺とジークはそんなことを小声で話しながら、教務室を出る。
俺たちは今まで、先日の決闘についての質問……という体で尋問を受けていた。事前の打ち合わせ通り、そのことについては知らぬ存ぜぬを貫き通し、伯爵が準男爵に負けたという不名誉そのものをなかったことにしたのだが……
「あの教師がかなりねちっこかったからな」
「3時間も延々と同じことをきく必要はないだろうに……。本当に嫌になる」
そう、俺たちの取り調べを担当した教師が、これまた超がつくほどしつこく本当かどうか問いただして。
やれ「嘘をついていないだろうな?」とか、「本当のことを白状しろ」とか、最初から俺たちの言い分を嘘だと決めつけているような態度だった。
事実その通りなのだが、はいそうですと認めるわけにもいかないのでしらばっくれていたのだ。
教師たちが俺たちを尋問をするのは事実関係がはっきりしないからで、当事者の俺たちが断固とした態度を貫けば、頷かざるをえない。
結局、ついさっき教師の方が観念して晴れて解放されたわけだが、その代償として学校を出る頃には、日がどっぷりと沈んでしまっていた。
「……腹減った」
「帰ったらまず夕飯だな」
気だるげな俺のどうでもいい呟きにも、ジークはわざわざ反応する。
ここ1か月ほどで気づいたのだが、ジークはかなり気配りができる人間だ。
伯爵ともなれば、重要な会談や取引に応じる機会も多いだろう。
そしておそらくだが、ジークはかなり幼少期からそのような場に居合わせることが多かったのだろう。
そのおかげか、ジークは細やかな気遣いや配慮、ひいてはコミュニケーション能力に長けている。
普段も、アリシアたちといるときの話の主導権はジークが握っていて、適宜俺たちに話を振っているというのが、ここ最近の光景だ。
出会った直後は印象最悪だったジークも、俺の中でかなり株が上がっている。
「レヴィ、そんなに見つめてどうしたんだい?まさか、愛の告白でも--」
「お前のそういうところが本当に残念だよ」
ジークの気持ち悪い発言を無理やり遮って、俺は両腕をさする。二の腕にできた鳥肌は、この夜の寒さだけが原因ではないだろう。
こいつの欠点は突っ走る方向性を完全に間違えていることだ。アリシアのことで絡んできたことといい、現在俺を悩ませているストーカー行為といい……
上がった株が大暴落した瞬間だった。
「あー……そうだ、ジーク。リンはどうしたんだ?」
そうして強引に話題を変えた俺に対して、ジークは曖昧な答えを返す。
「リン?……そう言えばどうしてるんだろうな」
「そう言えばって……お前に仕えてたんじゃないのかよ」
以前までジークの後ろで控えるように立っていた、黒髪黒目の少女リン。
Aクラス中唯一の平民で、どちらかというと目立たずひっそりと過ごしていた印象だが、自分に奉仕させておいてその言いざまはひどいんじゃないだろうか……
ジークの返答に若干呆れている俺に、彼は心外だというように手を振って言葉を続ける。
「確かにそうだけど、彼女がやりたがってたから自由にさせてたんだよ」
「え?……お前が無理やりやらせてたんじゃないのか?」
「違う違う。入学そうそう僕のところに来て、いきなり『お仕えします』って言いだしたんだ。学園でそんなことさせるのも嫌だし、かといって邪険に扱うのも良くないから、好きにさせてたんだ」
衝撃の事実発覚。リンはジークに従わされているものだと思っていたが、どうやら自発的なものだったらしい。
確かに、冷静に考えればジークがそんなことをするとは思えない。当初の傲慢な態度は、ただ見栄を張っていただけらしいからな。
「じゃあ、なんでリンはお前の従者みたいな感じになってたんだよ?」
「僕も知らないさ。多分だけど、貴族といればクラスに馴染みやすいと思ったんじゃないのかな。1人だけ平民だとどうしても浮いちゃうし……」
ジークの推測に、俺は眉をひそめた。
そんなことをしても、貴族と平民との溝が簡単に埋まるとは思えない。なおさら浮いてしまうような気もさえしてしまう。
それに、ジークから離れた理由も謎だ。
ここまでくると、リンの行動の全てがとある意図に基づくものである気がしてならない。
(考えすぎか?)
ただのクラスメイトの行動にいちいち神経質になる必要はない。ないのだが、どうにも気になってしまう。そして、考えれば考えるほど胸騒ぎが大きくなっていく。
「……大丈夫かい?レヴィ」
「ん?……ああ」
いきなりそわそわし出した俺を見て、ジークが心配して声をかける。
だが、その返答すらも心ここにあらずな状態なので、ジークの表情はますます怪訝そうなものになる。
そんな調子でもやもやしたまま歩き続けていると、いつの間にか寮の分かれ道までたどり着いていた。
学園の寮は男子寮と女子寮の2つがあり、ここを右に行けば男子寮、左に行けば女子寮に着く。
俺もジークも男子寮住まいなので、当然ここを右に曲がるのだが……
「…………」
「レヴィ、本当に大丈夫?」
その場で俯いて黙りこくってしまった俺を、本当に心配しているジーク。顔を覗き込んで様子を確認しようする。
……が、その前に俺は勢いよく顔を上げた。
「うわっ!びっくりした……どうしたんだ?」
「あー……すまん。俺、野暮用があったの忘れてた」
俺はそう言って、分かれ道の左の道を指さす。
ジークは一瞬驚いたような顔をした後、噴き出して大笑いし始める。
「はは!やっぱり保護者じゃないか。それも過保護の」
「そうだな……結局、ほっとけないんだよ」
大声を上げるジークに、俺は困ったような笑いを返す。
ひとしきり笑い終えると、ジークは肩を竦めてにやけながら言った。
「そっか。なら行くといいよ。幸い門限は過ぎてないから、玄関先で話す時間くらいはあると思う」
「そうだな、じゃあ行くよ」
俺はそう言って、ジークに背を向けて女子寮に向かって走り出す。
(アリシアのことが心配になったからだと思ってるんだろうな)
俺は走りながら、背中に受ける視線の主の思考を想像する。
教室で分かれてからおよそ3時間、アリシアは単独で行動していたはずだ。その間何かやらかしていないか、無事に過ごせていたかが気になって仕方ないのだと、そう思ったのだろう。
まるで過保護の鑑のような行動だが、実は半分は当たっている。
俺は今アリシアのことが気になって仕方がない。なぜなら……
(なんで、寮のどこにもいないんだ……!?)
俺は焦燥に顔を歪める。
アリシアが寮内……しかも、学園内にすらいないのだ。
これは間違いない。根拠は魔力だ。
魔法を使い慣れた魔法使いは、魔力そのものに敏感になり他人の魔力を感知することができるようになる。俺やアリシアはこれでお互いの居場所を確認することができる。
それに、アリシアの魔力量は膨大で感知しやすい。常人の10倍20倍とあるアリシアの魔力はとても目立つからだ。
だが、その見つけやすいアリシアの魔力が感じられない。寮内にも、学内にも……
人為的に抑えることもできるので、その可能性も否めないがほぼゼロと言っていいだろう。今までそんなことしていなかったのに、突然始める意味が分からない。
「着いた!」
いろいろ考えているうちに、女子寮に着いた。
まずは、アリシアの部屋の確認だ。俺はアリシアが以前の雑談で話していた部屋番号を思い出して、その部屋をノックする。
「……反応なし」
そもそもこの部屋からは魔力が感じられないので、誰もいない。
もしかしなくてもハズレだ。
次は、隣の部屋の生徒に聞き込みを行った。
すると、今日の放課後は寮でアリシアを見ていないと言う。ということは、今日は一度も部屋に戻っていないということだ。
1人だけじゃなく、聞いた全員が同じことを答えたので間違いない。
この時点で可能性は2つに1つ。
1つは学園外に自ら出ていて、もうすぐ来てしまう門限に間に合わないという可能性。
もう1つは、学園外に無理やり連れだされて戻ってこれないという可能性。
そして、俺の第六感は後者が黒だと訴えている。
理屈で考えると、前者だった場合は取り越し苦労で済むが、後者の場合は大問題だ。結局、すぐに探しに行かないといけないことには変わらない。
「エア・アナライズ」
女子寮から離れた俺は探知魔法を発動。その範囲を学園内から王都中に広げる。アリシアの馬鹿げた魔力量はすぐに見つかった。
「王都の郊外か!」
俺はその方角に体を向け走り出したが、足がもつれてつんのめりそうになってしまう。なんとか態勢を立て直したものの、ひどい頭痛と耳鳴りに襲われた。気づけば、鼻血も出ている。
王都全域を一気に探知したのだから、無理もない。
膨大な量の情報を処理する必要のあった脳に大きな負担がかかってしまったのだろう。
「考えなしだったな……けど、急がないと」
一言だけ呟いて、反省会は終了。
今は、そんなことよりも目的地に向こうことが最優先事項だ。
俺は血を拭い、魔法もフル活用してアリシアのもとに向かった。
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「…………ぅん?」
ゆっくりと目を開けると、目の前にカーペットが広がっていた。
寝起きで見るには珍しい景色を見て、私は今までのことを思い出す。
「リンに……何か嗅がされて……!」
その瞬間、私の意識はあっという間に覚醒して、周りの状況を把握し始める。
まず、私は両手両足を縛られて床に転がっている。手足を動かしても、縛っている縄はびくともしない。縄抜けは出来そうにない。
次に、今いる場所はお屋敷だったところだと思う。薄暗くてよく見えないけど、床にはカーペットが敷いてあるし、壁際には本棚とか机とかが並んでいる。だけど、一部が苔むしているし、ツタが絡まっているところもある。
「廃墟」というのが、一番似つかわしいかな。
後は、私以外の人間が2人いる。私の真正面とその右隣り。
1人はリンだった。格好は見慣れた制服姿のままだけど、顔は恐ろしく無表情。黒く濁った冷たい双眸を私に向けている。
もう1人は、知らない男の子。
こっちは圧があるとか、視線が冷たいとかいう感じじゃなくて、ただ笑っている。友達や家族と話すときのような、あんな微笑みを、私に受けていた。だけど、私はその表情が好きになれない。
彼の表情は完成されすぎている。口角の上げ方、目尻の下げ方、その他全てに至るまで、彼の笑顔に欠点は一つもない。その顔を1分経っても、5分経っても、崩すことなく私に向けているのだ。今までの人生の中で、一番不気味な笑顔だろう。
ここまで観察したところで、私は今まで伏せていた顔を上げた。
「!……起きたのか」
男の子が反応した。その顔は喜色に満ちていて、そこからは害意を感じられない。
「おはよう……いや、今はこんばんはだな。とにかく初めまして。俺の名前はガルムだ」
ガルムはそう言って、不気味なまでに完成された笑みを向けてきた。
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