陰謀
とある日の深夜--
王都の外れにある廃墟にて、2人の人物が話をしていた。
「失敗したか……」
「仕方ないでしょ……さすがに想定外だったんだから」
座り込んでこめかみに手を当てた男に、女は言い訳じみたことを言う。
それからしばらくの間、どちらも喋ることはなく、重苦しい沈黙が場を支配した。
世界にいるのはこの2人だけだと錯覚するような静寂。
しかし女にとっては、この静けさこそが自分の失敗を責めているようで、非常に居心地が悪い。沈黙を破ろうとして女は話をする。
「……作戦は続けるの?」
「ああ、目標の拉致が最優先だ。そのために、お前に忍び込んでもらったんだからな」
男はそう言って、女を指さした。
タイミングよく雲間から月明かりが差し込み、女が着ているイスパシア魔法学園の制服を照らしている。
「でも、あれじゃ無理よ。本人が規格外に強いうえに、その取り巻きも次元が違うんだもの……。せめて、両手両足くらいは折って--」
「やめろ!……あの方の望みは、目標を無傷で連れてくることだ。一切の危害を加えるな!」
女の言葉は断固とした口調で遮られる。その様は、まさに鬼気迫ると言うべきだろう。それを聞いて、女は口をつぐんでしまった。
再び訪れる沈黙。だがしかし、先程以上の張り詰めた空気がその場を支配している。女は何も言わず俯き、男は頭を押さえたままだ。
しばらくすると、男は立ち上がり女の前に立つ。
「とにかく、派手なことをするな。俺たちの専売特許は隠密と暗殺だ」
「……分かってる」
女は不承不承といった風に答えるが、その目は曇りなく、自分のやるべきことを見失っていない。
男はその目を見て、女に、あるいは自分に言い聞かせるように語り始める。
「あの方の命令だ。俺たちはあの女を捕らえ、必ず献上する」
「了解」
その日、冷たい声で交わされた最後の言葉だった。
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「終わった~」
アリシアが大きな声でそう言ってから、大きく伸びをした。そして、そのまま机に突っ伏してしまう。それを見た俺は、からかうように声を掛ける。
「最近緩んできてるな」
「別にこれくらいいいでしょ?」
そう言って不満げな顔をするアリシア。
もはや、猫すらかぶっていないことについては気にしなくていいのだろうか。
「あはは……だんだん本性が出てきたみたいだね」
「2か月もすれば皆そんなものだ」
アリシアの様子を見て、カムルスとジークも思い思いの感想を述べる。
俺としてはもう少し大人しくしていてほしかったが、ジークの言う通りだらけてきても仕方ない時期なのかもしれない。
学園に入学してから2か月--
俺は平穏な学生生活を送っている。今ではアリシアも面倒ごとに巻き込まれることなく過ごせているのが、前との違いだろう。
ジークとの決戦以来、アリシアにアプローチをかけてくる奴が極端に減っていた。噂では、俺がジークとの決闘で実力を見せたことで怖がられているらしい。それで、一緒にいることが多いアリシアにも近寄りがたいのだとか……
全くひどい話だが、自業自得なので何も言えない。むしろ、この程度で済んでいること自体が幸運なのだ。
とにもかくにも、アリシア絡みのいざこざはひとまず落ち着きを迎えた。
その結果、長い緊張状態から解放されたアリシアは俺以外の前でも素を出すようになったのだ。といっても、問題があるわけではない。たまに、こうやってだらけているところを見せることがあるという程度だ。
別段目くじらを立てるほどのことではない。
俺は肩を竦めて、集まってきた3人に話しかける。
「そうそう、俺とジークはこれから魔力測定だから」
「あれ?今日だったっけ」
「ああ」
俺にはこれからやることがある。口では魔力測定と言ったが、決闘の事後聴取のようなものだ。
本来ならそんなものは行わないのだが、今回はいかんせん特殊過ぎた。伯爵で天才とされるジークが準男爵家の三男に負けたのだ。それを聞けば、イカサマをしたと疑うほうが自然だろう。
いくらジークがごまかしたと言っても、あれだけの数の人間の口を封じるのは不可能で……
結局、その話が教員の耳に入り、今日の放課後に取り調べが行われることになった。魔力測定はその口実と、真偽判断の材料といったところだろう。
「面倒だけど、しゃあないな……」
「安心するといいさ。僕がなんとかしよう」
「ああ……うん。いざとなったら頼む」
誇らしげに言うジークだが、俺は微妙な顔をしてしまう。
なぜなら、ジークの言う「何とかする」は、伯爵の地位を利用したゴリ押しなのだ。本当の最終兵器なので濫用したくない。
「じゃあ、俺たちは行くけど、2人はこのまま帰るのか?」
「あ、僕はやることがあるから……」
「私はやることないから帰ろうかな」
用事があるというカムルスと、帰ろうと支度しているアリシア。
それを見ていて、ふと思ったことを口に出す。
「そういえば、なんだかんだアリシアが1人でいる状況ってあんまりないような……」
「確かに。レヴィがいつもいるからじゃないのかな」
「右に同じく。まるで保護者みたいだな」
俺の思いつきに、揃って反応するカムルスとジーク。
確かにそうなんだが、保護者というのは止めてほしい。
「またそうやって子供扱いして……」
そのやり取りを、アリシアがジト目で睨んでいる。
不服なのはわかるが、だったらもうちょっと考えて行動してほしい。そう思ったが、口に出すのは止めておく。なぜなら、盛大なブーメランだから。
「あー……とにかく行くか」
「そうだな、行こう」
そう言って、ジークとその場から離れる。
決して、自爆して形勢不利になったから逃げたのではない。だから、ジークのしたり顔がやたらと鼻につくのは気のせい……のはずだ。
微妙な空気に曝され、俺は教室を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ああもう……みんな馬鹿にして」
寮への帰り道、私は愚痴るようにこぼした。
教室で子供扱いされたことのイライラはいまだに収まらない。
確かに私はいろいろと抜けているところがあるし、危なっかしいのも自覚してる。だけど、あんなふうにとりたてて馬鹿にしなくてもいいんじゃないかと思う。
それに、レヴィが保護者って……
「同い年の保護者なんて嫌なんだけど……」
もしそうなったら、保護される私はどんな顔をすればいいんだろう。少なくとも笑えないと思う。
(レヴィが保護者……)
話の流れから、ふとそうなったときのことを妄想してみる。
確かにレヴィはしっかりしてて、ホントに同じ歳なのか疑わしいくらい頼りになるけど……
「いや、やっぱりないよ」
一瞬でも想像してしまった自分が嫌になる。首を振って今思っていたことを忘れようとする……けど、今やるべきじゃなかった。
「いたっ」
「きゃっ」
目を瞑って歩いていたので、誰かとぶつかってしまった。
すぐに目の前を確認すると、女の子がその場でうずくまっている。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「はい、平気です」
私は屈みこんで女の子に手を差し出す。
女の子は私の問いかけに、か細くて小さな声で答えて顔を上げた。その顔には見覚えがあって……
「リン?」
「あ……アリシアさん」
私がぶつかったのはリンだった。
黒い瞳が大きく見開かれていて、長くて黒い髪は陽の光を受けて綺麗に輝いている。……ってこんなこと考えてる場合じゃない。
「大丈夫?立てる?」
「はい、立てま--痛っ」
リンは立ち上がろうとして、すぐに足首をおさえてうずくまってしまった。私はすぐにリンの足首に触れた。
「腫れてる。いまので挫いたのかも」
それを口にした途端に罪悪感に襲われる。
私の不注意で怪我をさせてしまったことが、責任感になって私にのしかかってくる。
「えっと……私は大丈夫ですから」
困ったように笑うリンはやせ我慢しているようにしか見えない。そのことが、さらに私を苦しませる。
「とりあえず部屋まで行きましょう。手当するから」
焦燥を声ににじませながら、私は肩を貸してリンを立ち上がらせる。
「ちょっ、アリシアさん!?」
「とにかく、足首を冷やさないと。ホントは魔法を使えればよかったんだけど……」
学内での魔法の使用は、許可が下りるか緊急時じゃないと認められていない。治癒魔法が使えればすぐに直せるんだけど、できないなら仕方ない。
「ここから近いのは寮だよね。ゆっくりなら歩けるかな?」
「えっと……はい、できます」
リンはおずおずと答えてゆっくりと前に進みだす。肩を貸している私は、リンに合わせて慎重に動く。
そうして、なんとかリンの部屋までたどり着くことができた。
「お邪魔します」
「あ、どうぞ」
リンの部屋に入った私は、リンを椅子に座らせる。
次に皮袋に水を入れて、リンの足首に当てた。
「しばらくこうしてればよくなるから」
「はい……」
そう言って黙りこくるリン。俯いてしまって、目を合わせてくれない。
(気まずい……)
経緯が経緯なだけにこうしているけど、リンと2人きりでいることは初めてだ。間が持たないし、どんな話をすればいいのかわからない。
「えっと、ルームメイトは?」
「今は学校にいるはずです。部活をしてますから」
「そっか……」
「…………」
「…………」
全く会話が続かない。何かいい話のネタはないだろうかと、頭の中を探っても名案は浮かんでこない。
いよいよこの場にいるのが辛くなり始めたあたりで、リンが声を出した。
「あの……どうしてここまでしてくれるんですか?」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声は、物静かな今ならはっきりと聞き取ることができる。だけど、内容がいまいち要領を得ない。
「ここまでって?」
「肩を貸してもらったり、手当までしてくれたり」
「それは私のせいだからだよ。責任は取らなくちゃ」
当たり前のように答える私に、驚いた様子の視線を向けるリン。その姿を見て、私は疑問符を浮かべる。別に変なことを言ったつもりはなかったんだけど……
私が怪訝に思っていると、リンが今度は小さく笑いだした。
「ふふ……ありがとうございます」
「だから、これは私のせいだから」
「いえ、そうじゃなくて……」
リンはそこで一旦言葉を切ると--
「わざわざ2人きりになってくれてありがとうございます」
「……え?」
一瞬耳を疑った。言葉の内容もそうだが、その声にも。
聞こえてきた声は明らかに今までのものとは違った。消えそうなほど小さく、おどおどしていた声は、とてもはっきりした意思と、しかし他者を寄せ付けない冷たさが入り混じっている。
だが、声は間違いなくリンのものだ。一体何が起こったのかと、顔を上げてリンの顔を見ようとしたけど……それはできなかった。
「むぐっ!?」
顔を上げた途端に、布のようなものを口に押し当てられる。すると、すぐに意識が朦朧としてきた。
抵抗しようとする前に私の意識はあっさりと遠くなっていって……
目蓋が完全に閉じる寸前に私の瞳が映したのは、両足で立って私を見下ろすリンだった。その顔には不気味な薄ら笑いを浮かべていた。
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