レヴィの要求
アリシアの掛け声で決闘終了が告げられる。
前評判ではジークの圧倒的勝利が予想されていたのだろうが、蓋を開ければまるで逆の結果となった。
ジークは俺の目の前で四つん這いになっており、観客はあたかも夢を見ているかのように呆然と立ち尽くしている。
「お疲れ様、レヴィ」
「なあ、アリシア……もしかしてやりすぎたか?」
「もしかしなくてもやりすぎだよ」
近寄ってきたアリシアに訊いてみると、当然のようにそう返された。
周りを見渡すと、まるで石化したかのように微動だにしない生徒たち。目の前には、ついさっきまでの威厳を思い出せないほど悲し気にうなだれているジーク。
「いやでもさ、ここまで大げさに反応しなくてもよくないか?」
「胸に手を当てて、自分のやしたことを思い返してみて」
「したことって……」
伯爵家の長男からの喧嘩を買って、大勢の生徒がいる前で赤子の手をひねるようにあしらって、そのうえ自作魔法と超高精度魔法のお披露目……
「あれ?もしかして相当やばいことしてる!?」
「やっと気づいた」
アリシアが可哀想なものを見る目を向けてくるが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
伯爵のジークを倒したというだけでも大事件なのに、見知らぬ魔法を使って圧倒したとなれば、騒ぎはさらに拡大するだろう。
しかも目撃者が大量にいるため、言い訳もごまかしも利かない。
確実に、『何をしたのか、いったい何者なのか』くらいは問い詰められるだろう。正直に答えても信じてもらえるわけがない。
「レヴィって基本ずる賢いのに、たまに馬鹿だよね」
「ぐう……」
ぐうの音は出たが、言い返せない。
こうなったらもう腹をくくるしか……
「僕が……負け……負けた…………」
俺が覚悟を決めようとしたその時、蚊の鳴くような声の呟きが聞こえた。声のした足元を見てみると、そこにはいまだに四つん這いになったままのジークがいた。
「うわっ!びっくりした……」
思わず飛びのくアリシア。さすがに失礼な気もするが、気持ちは分かる。
ジークの目は虚ろで完全に放心しきっている。しかも、うわごとのように「負けた」と繰り返しているのだ。はっきり言って不気味でしかない。
「やっぱ大げさだろ……おい、大丈夫か?」
俺はジークに手を差し伸べ、助け起こそうとする。だが、ジークには俺の手が見えていないみたいで、壊れたラジオのように同じことを呟き続けている。
このままでは埒が明かないので、肩を揺らして正気に戻そうとしたが、それでも放心状態のままだ。
「全然反応しないね……どうするの?」
「仕方ない。これは気が引けるが……!」
アリシアの疑問に答えながら、俺は右手を大きく振りかざし……ジークの脳天をぶん殴った!
「痛っ!!」
「よし、戻ってきたな」
「それはさすがにひどいよ……」
頭を押さえてうずくまるジークを見て、俺は満足げに笑う。そして、アリシアはそれを見て冷たい視線を俺に向けてくる。
俺だってこんな死体に鞭打つようなことはしたくない。だが、いつまでもこのままにしておくわけにもいかないのだ。
「すまんジーク……で、話があるんだが」
「……それは僕の頭を殴ってまで言わなきゃいけないことなのかな?」
ジークが怒りを込めた目で俺を睨みつける。
俺はかなりお怒りな様子のジークに、単刀直入に用件を話す。
「俺の命令を聞いてもらおうか」
「…………」
俺の言葉を聞いて、ジーク目を伏せた。
決闘の勝者は、敗者に何でも一つ命令をすることができる。例外はなく、死ねと言われれば死なないといけないし、奴隷になれと言われれば奴隷にならないといけない。
ちなみに決闘のルーツは、昔は貴族同士でもめ事が起こったときに、決着をつけるために行われていたことからきているそうだ。今ではこんな形に変わっているが、「敗者が勝者の要求を呑まないといけない」という本質は変わっていない。
「……ああ、好きにしたらどうだい?」
「そうするさ」
観念したように言い捨てるジークに、俺は毅然として答える。
それを聞いて、ジークも覚悟を決めたような顔をした。
そもそも、勝敗はすでに決しているのだ。これ以上の問答は不要だろう。
そして--
「今朝、俺に決闘を申し込んだことを取り下げてくれ」
「僕を奴隷にしたければすればいいさ」
あれ?……なんかおかしいな。
「2人の言ってることが全然違うんだけど……」
第三者のアリシアが冷静に教えてくれた。
というか、ジークは今なんて言った?
「奴隷って……覚悟決めすぎだろ」
「逆に君は何を言ってる?決闘に勝って命令することが発言の撤回だけだなんて、何の冗談だ!?」
「いや、本気だけど」
「わけがわからない!そんなの僕にしかメリットがないじゃないか!!」
ジークはますますヒートアップして、ドン引きする俺を問い詰める。そんなことを言われても、どうしろというのか……
そもそも、この要求は俺にメリットがあるのだ。
俺が今回の決闘で困ったことになった要因は主に3つ。
まず、伯爵の息子との決闘に勝ってしまったこと。次に、天才と謳われているジークを圧倒してしまったこと。そして、俺の魔法を見られたこと。
後ろの2つは、目撃者がいるのでどうしようもない。だが、最初の1つは、ジークが決闘の申請を撤回してくれるだけで解決する。
決闘は貴族同士の正々堂々とした勝負だ。
そんな決闘で伯爵が辺境貴族に負けたとなれば一生の汚点になる。それが将来有望な天才であればなおさらだ。
その張本人として生き続けるのはさすがにきつい。
それが取り消せるのなら、これ以上の命令はないだろう。
「というか、お前を奴隷にしても、それこそメリットがないだろ」
「伯爵家の次期当主に価値がないとでもいうのか!?」
「興味ない」
俺が迷いなくばっさり切って捨てたことに、ジークは目を見開いた。
確かに、伯爵という身分を考えればジークは使えるかもしれないが、やりたいことが見当たらない。それに、クラスメイトを奴隷にして平然と過ごせるほど俺の精神は腐ってない。
ジークは俺を見つめて、しばらく固まってしまった……かと思えば、突然笑いだした。
「どうした?情緒不安定か?」
「いや……ふと馬鹿らしくなってね」
ジークは悟ったようにそう呟くと、ようやく地面から立ち上がった。
「了解した。僕は君に決闘を申し込んだことを撤回しよう」
「お?……おう、そうか」
ジークが一体何を理解したのか釈然としないが、とにかく分かってもらえたようだ。
ジークとの話が済んだ後は、決闘を見ていた生徒たちだ。こいつらにも今の話をしておかないといけない。
しかも、これでなんとか伯爵家の体裁は保てるが、俺の異常な強さと魔法に関しては言い逃れできない。
(憂鬱だ……)
完全に自業自得なのだが、面倒くさいものは面倒くさい。
少しでも被害を抑えようとして、俺が上手い言い訳を考えていると、ジークが話しかけてきた。
「ところでレヴィ、生徒たちにもこの話はした方がいいだろう?」
「ん?ああ、確かにそうだが……」
「僕が話をしておこう。レヴィは帰るといい」
「……助かるんだが、大丈夫なのか?」
「心配するな!」
物凄く心配だが……できれば早いことここから離れたいのも事実だ。
今はショックで固まっている生徒たちが、いつ我を取り戻すか分かったものじゃない。その時こそ、俺はつるし上げられることになるだろう。
「…………頼んだぞ」
「頼まれた」
俺はそれだけ言い残して、その場から立ち去った。
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数日後--
「今日もいい天気だね」
「ここのところずっと晴れだからね」
学園への登校途中、アリシアとカムルスがそんな雑談を交わしている。
いつもなら、俺もそこに混ざってとりとめのないことを話しているのだが……
「どうしたんだい、レヴィ。そんな苦虫を嚙み潰したような顔をして」
「鏡持ってきてやろうか?」
俺が毒を吐いた相手--ジークは大げさに肩を竦めて反応する。
そして、俺の機嫌が現在進行形で下がっているのは、こいつが原因である。
「レヴィ、そろそろ諦めたら?」
「嫌だ」
「そこまで言い切らなくても……」
「絶対に、嫌だ!」
アリシアとカムルスが困ったように笑うが、俺に引き下がる気はない。
「そもそも、こいつの行いが悪い」
「そんな……僕は朝から晩まで君について行っているだけなのに……」
「それ、ストーカーって言うんだぞ」
あの決闘以来、俺はジークに付きまとわれるようになった。
朝、部屋を出ればドアの前で待っているし、俺が部屋に帰るまで基本的についてまわってくる。
さすがに俺のプライベートな時間には配慮してくれているみたいだが、はっきり言ってうざったい。
「というか、お前そんなキャラだったか!?」
「伯爵という身分も大変でね、常に威厳を持って振舞わないと舐められるのさ……」
明らかに前までと違うジークは、肩を竦めてそんなことを言う。
理解は出来るが、本性をさらけ出してストーキングするのは止めていただきたい。俺にそっち側の趣味はないのだ。
「そんなに嫌ならはっきり言えばいいのに」
「そういうわけにもいかないんだよ……」
カムルスが他人ごとのようにそう言うが、それを言うには、ジークは俺に恩を売りすぎている。
具体的には、今の平穏な学生生活はジークのおかげで送れているといっても過言ではない。というのも、あの決闘で見せた魔法やらなんやらをジークが上手いことごまかしてくれたのだ。
当然、疑問に思う奴らもいただろうが、そこは伯爵のネームバリューでごり押したようだが……とにかく、俺が危惧していたほどの大騒ぎにはならなかった。
こういったことがあり、恩を仇で返すのはいかがなものかと、俺の良心が全力で訴えかけているのだ。
「でも、付け回すのは止めてほしいんだが……」
「僕はもっとレヴィといたいんだけどね」
「やめろ!」
寒気が止まらないし、鳥肌まで立ってきた。
対するジークは、まるで普通のことだと言うようにきょとんとした顔をしている。
「えっと……ジークはレヴィと仲良くしたいんだよね?」
「もちろん」
さすがに見かねたのか、アリシアがジークに話を振る。
ジークの答えを聞いたアリシアは少し考えると……
「じゃあ、友達になるのはどうかな?」
と、そんなことを言い出した。
馬鹿じゃないのかと口にしようとしたが、その前にジークが大きな声を出す。
「それはいい!僕と友達になってくれないかな?」
そう言って、右手を俺に差し出した。
こいつの思考回路はどうなっているのか、本気で理解に苦しむ。
俺はしばらく考えた後、一つ質問をする。
「なんで俺と仲良くなりんたいんだ?」
きっかけは十中八九決闘の一件だろうが、ジークの心境までは分からない。せめてそこだけでもはっきりさせようと、俺はジークの顔を見る。
俺の視線を受けて、ジークはゆっくりと口を開いた。
「最初は、アリシアが気になっていたんだけどね……君の方が面白そうだと思ったからさ」
「俺に興味が移ったってことか?」
「ああ、君は見慣れない魔法を使えるようだし、なにより僕を奴隷にしなかったのが決め手だね」
「いや、それは決闘を取り下げるためで……」
「僕を隷属させてしまえば、どの道それもできたはずだ」
「…………」
「でも、そうはしなかった。僕如きには興味がなかったからだろう?」
図星だった。厳密には「奴隷というものに」だが……
「僕は、そんな君がこれから何をするのか見てみたい。レヴィという人間に興味があるんだよ」
嬉々としてそう語るジーク。その様子は伯爵家の人間というよりも、好奇心旺盛な少年と言った方が正しいだろう。
それを見て、俺は--
「……やたらとつきまわるなよ」
そう言って、右手を差し出す。
ジークは嬉しそうに俺の手を握りしめ、笑ってこう言った。
「これからよろしく頼むよ、レヴィ」
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