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スパーダ家

 深い眠りの中から、意識が覚醒する。


 最初は朧気だった意識が徐々にはっきりとして、やがて明瞭に思考ができるようになる。

 薄っすらと目を開けると、カーテンの隙間から陽が差し込んでいるのがわかった。


「朝か……起きないと」


 俺はそう口にして、のそりとベッドから這い出る。続いて、クローゼットから服を取り出した。飾り気の一切ない、機動性だけを意識したものだ。


 俺は手早くその服に着替えて、部屋の出口に向か……おうとしたところで、目の端に姿見を捉えた。すると、注意が姿見の方に引き寄せられる。


 鏡の中では男の子がこちらを見ていた。だいたい5歳くらいの男児だ。綺麗に切り揃えられた黒い短髪に、くりくりと大きな蒼い瞳が育ちの良さを物語っている。


 そんな男の子が身に纏っているのは、飾り気がなく動きやすそうな服。

 それはつまり、鏡に映る男児が俺であるという証明である。


「転生……」


 部屋に子供特有の舌足らずな声が響き、俺は部屋のドアを開け廊下に出た。


 女神に「世界を救え!」なんて言われて転生してから早5年。俺はレヴィ=スパーダとして第二の人生を歩んでいた。


 家名があることからわかるだろうが、これでも一応貴族の息子だ。

 平民であった前世では考えられない待遇を受けているのだが、至れり尽くせり過ぎて落ち着かないことも多い。


 ぼんやりとそんな感想を胸にしながら広い屋敷を歩いていると、ようやく目的地が見えてきた。

 そこは屋敷の玄関。5歳児には大きすぎる扉を開けると、眩しい朝日と3人の人影が目に入ってきた。


「……来たか」


 3人の中で最も体格の大きい男が口を開いた。男は立派な髭を蓄えた中年で、立ち姿だけでその凄みが伝わってくる。

 ゲイル=スパーダ、俺の父さんだ。


「おはよう、レヴィ」


 次に話しかけてきたのは、長身の少年。彼は柔和な笑みを浮かべて、とても優しい眼差しを向けている。そして、俺と同じ黒髪蒼眼が彼との関係を暗示していた。

 クルト=スパーダ、この家の長男で俺の兄だ。


「…………」


 無言のままこちらを見ている少年がマーク=スパーダ、もう一人の兄だ。俺やクルト兄さんと同じく、黒い髪と蒼い目を持っているものの、その髪は綺麗に整えられてはおらず、クルト兄さんとはまた違った男らしい印象を受ける。


「ごめんなさい。遅れました」


 俺はそう言いながら、3人に駆け寄った。そうして、今日もスパーダ家の日課が始まる。


 スパーダ家の男たちの日課、それは訓練だ。朝食の前に、走り込みをしたり剣術の練習をしたりするわけだ。そして、これがかなり過酷だったりする。


 父さんは「大の大人でも開始5分ほどで音を上げる」をコンセプトにメニューを作ったらしく、女子供ができるような内容ではない。


 まあ、5歳児の俺は参加しているし、兄さんたちも5歳から始めたと言っているのだが……


 最初のころは、訓練が終わると数日間寝込んだり、食べ物が胃に入らなかったりしたが、半年間毎日続けているうちに身体も慣れてきたようだ。


 かなりハイペースで走る父さんたちについて行きながら考え事にふけれるくらいには余裕ができてきた。


 30分ほど屋敷の周りを走ると、今度は剣の訓練だ。父さんの指導の下、訓練を行う。

 内容は素振りから始まり、一対一の模擬戦まで幅広い。


 素振りはともかく、大人との一騎打ちで体格で劣る俺に勝ち目はない。なので、模擬戦は攻撃と防御が意識できればいいと考えている。


 父さんが模擬戦をやらせるのもそういう意図があってのことだろうし、そもそも何をしたところで父さんに勝てるわけがない。


 というのも、父さん--ゲイル=スパーダの剣の腕は王国一だからだ。

 その証明こそが、このスパーダ家である。


 実は、スパーダ家という貴族は最近まで存在していなかったのだ。


 前世の俺が戦死したミルタ王国対ルビア帝国の戦争、これには父さんも参加していたそうだ。当時平民だった父さんは、その卓越した剣技で帝国相手に大戦果を挙げ、領地を与えられたそうだ。


 要するに、父さんは剣の腕で貴族に成り上がったのだ。そんな相手に剣で勝つのは不可能なので、勝つことは諦めて戦闘の技術を磨くのに努めている。


「……今日はこれで終わりだ」


 唐突に、父さんの低い声がかかる。ようやく訓練が終わったようだ。


「疲れた……」

「大丈夫かい、レヴィ?」

「…………」


 ついへたり込んでしまった俺を兄さんたちが気にかけてくれた。


 クルト兄さんは手を差し伸べて声を掛けてくる。

 マーク兄さんは何も言わないものの、本当に心配しているのが顔に表れていた。


「ありがとう、兄さん」


 俺は一言そう言って、差し出された手を掴んで立ち上がった。

 

 訓練を終えて疲れた俺たちは、食堂に向かう。やっと朝食だ。

 広い屋敷の大きな廊下を抜けると、これまた広大な食堂が広がっている。


「皆、お疲れ様」


 食堂に入った俺たちをそう言って労ってくれるのが、俺の母さんルカ=スパーダだ。


 その黒いショートヘアは丁寧に整えられていて、佇まいには気品が感じられる。柔らかく笑うその顔はその実年齢に反して若々しく、その瞳は宝石のように青くきらめいている。


 俺たちは母さんに軽く挨拶をして席に着き、朝食をとり始める。

 朝食中は他愛ない話が続き、長閑(のどか)に過ぎていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 朝食が終わると、各々が自由に過ごし始める。

 俺も例にもれず、食休みがてらのんびりと屋敷を歩いていた。


 やがて、俺の足は屋敷の図書室の前でとまった。扉が少し開いていて、隙間から中の様子が確認できる。


 部屋は図書室と言うには狭く、本が置いてある部屋というほうがしっくりきそうだ。

 その窓際には机が置いてあり、机の前には2人の後ろ姿が見える。


 その姿は間違いなく、母さんとクルト兄さんのものだった。

 ここからでは中の会話は聞こえないが、母さんが言うことをクルト兄さんが聞いて、熱心に何かを書いてるようだった。


 それを見て、兄さんが勉強をしているようだと察した俺は、そっとその場から離れた。


 一体何を勉強しているかと言えば、領主になるための勉強だろう。

 クルト兄さんはこの家の長男なので、普通に考えれば彼がこの家を継ぐことになる。


 兄さんは今15歳で、正式な領主になるのは18歳だそうなので、今のうちに母さんから教わっているのだ。


 ちなみに、どうして母さんから教わっているのかというと、この領地の事実上の統治者が母さんだからだ。


 父さんは戦争で武勲を上げて貴族になったのはいいものの、もとはただの平民だ。

 そのため、領地を治めるだけの技術も知識も持っていない。

 そこで、父さんに代わって母さんがこの地を治めているのだ。


 そんなわけで講師役には母さんが適任なのだ。


 図書室を後にして廊下を歩いていると、窓から庭の様子が見えた。庭では父さんとマーク兄さんが剣の打ち合いをしていた。


 これもスパーダ家では見慣れた光景である。


 母さんに似て愛想のいいクルト兄さんに対して、マーク兄さんは父さん似の無口な人だ。そんなマーク兄さんは、どうも特技まで父さんと似たらしく毎日剣を振っている。


 父さんから見てもマーク兄さんは剣の才能があるようで、現在12歳の彼は王国の騎士団入団を目指して剣の練習に励んでいる。

 もちろん、マーク兄さんの講師は父さんだ。


「あ、終わった」


 2人の打ち合いは唐突に終わる。父さんに剣を弾き飛ばされたマーク兄さんは心なしか落ち込んでいるように見えた。


 やはり、マーク兄さんでも父さんに勝つのは難しいようだ。身体を動かすのには厳しい年齢になっているにもかかわらず、切れのある動きをしているのだから父さんは異常だと思う。


 兄さんたちは2人ともやることがあり、今日もそうやって一日を過ごしている。

 一方の俺にやることがあるのかというと……もちろんある。


「食休みもこのくらいでいいだろ」


 一人でそう呟いて、足早に玄関に向かう。玄関を開けて外に出る。そうして駆け出そうとした瞬間--


「どちらに向かわれるのでしょうか?レヴィ様」


 背後から声を掛けられて体が硬直してしまう。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはメイド服を着た少女が立っていた。


 少女は柔らかい微笑みを浮かべ、深紅の双眸をこちらに向けていた。

 目に眩しい長い金髪は、邪魔にならないようにか後ろに結んでおり、その佇まいは彼女の気品を物語っている。


「……いつからそこに居たんだ?……イブ」


 突然のことに動転した俺はそんな言葉しか絞り出すことができなかった。

 そんな俺に、この屋敷のメイド長であるイブは慇懃いんぎんに応える。


「先程、レヴィ様が扉を開けたときでございます」


 イブの答えに俺は顔をさらに引きつらせる。改めてこのメイド長のスペックの高さを実感した。


 彼女は14歳という若さで、この屋敷のメイド長を務めている。その理由はひとえに彼女が誰よりも有能だからだ。

 手際の良さといい、丁寧な仕事ぶりといい、完璧といっても差し支えない。


 そして、俺はその完璧メイド長と最も親しい。ぶっちゃけ父さんや兄さんたちよりも親密だ。

 というのも、彼女は俺を育ててくれた人物--所謂乳母でもあるからだ。


 俺が生まれた時は、父さんも母さんもそれなりに年をとっていて子育てをする余裕がなかった。特に、母さんは大きくなってきた領地を治める必要があり忙しかったのだ。


 そこでイブが乳母に抜擢ばってきされたのだ。彼女は当時9歳だったのだが、それを差し引いても普段の完璧な仕事ぶりのおかげもあり、適任と判断されたようだ。


 そして現在、イブは俺の専属メイドのような扱いとなっている。

 それは何故か?

 答えは、ほとんど一日中俺に付きっきりだからだ。今回のように俺が屋敷の外に出ようとすると、どこからともなく現れてくるので非常に心臓に悪い。


「それで……どちらに向かわれるのでしょうか?レヴィ様」

「ああ……森に行こうと思ってたんだ」

「そうですか。()でございますか……」


 イブはうっすらと笑みを浮かべながら、俺に聞こえるようにそう呟いた。

 ……これ、バレてるな

 『森』というのを強調して言っているから、行先や目的まで検討がついているのだろう。


「ええと……父さんには……」

「承知しております。不審に思われないよう手を尽くしますので、ご安心を」


 イブは笑みを浮かべながらそう言ってくる。その顔は年相応のいたずらっ子のような表情だった。


 俺はそれを聞いてホッと息をつく。彼女がそう言う以上は安全だろう。イブは俺に嘘をついたことがないからな。


「ありがとう。それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 頭を深く下げた慇懃なお辞儀を尻目に、俺は屋敷を後にした。

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