決闘
授業が終わり、放課後--
俺とジークは訓練場で対峙していた。
「よく来たね。まずは、逃げなかったことをほめてあげるよ」
ジークが何か言っているが、不快でしかないので聞き流しておこう。
周りに目を向けてみると、大勢の生徒で溢れていた。伯爵のジークが申し込んだ決闘ということで、注目度が高いのだろう。
もちろん、彼らはジークが負けることを微塵も考えていない。
見たところ外馬が行われているようだが、ほぼ全員がジークにかけている。
(まあ、どう考えたって俺が勝てるとは思わないよな)
片や伯爵家の逸材、片や辺境貴族の三男坊だ。
これで俺が勝つと思う方がどうかしている。
俺がよそ見をして苦笑いしていると、ジークが決闘開始を切り出した。
「それじゃあそろそろ始めようか。まあ、結果は分かりきっているけどね」
「ああ……いつ始めてもいいぞ」
戦意溢れるジークに対して、俺はどこまでも無気力だ。ジークの言うように、結果は分かりきっているのだから。
だが、そんな俺の態度が癇に障ったのか、ジークは俺を睨みつけ額に青筋を浮かべている。そして、この決闘の審判をすることになったアリシアに目配せした。早く試合を始めろということだろう。
ジークの視線を受け、アリシアがため息をついて試合開始を宣言する。
「じゃあ……始め!」
その声を聞くや否や、ジークが魔法を発動させる。
特大サイズの火球がジークの前に出現した。直径3メートルほどで、簡単に人を呑み込める炎が、4個も俺の前に浮かんでいる。
一拍して、それらが俺目掛けて一斉に飛んできた。燃え盛る火球は一瞬で俺の身体を覆いつくし、その影をかき消した。
「うおおおおおぉぉ!!」
周りから大きな歓声が聞こえてくる。それはジークの魔法を称賛しているのか……はたまた、外馬に勝ったからだろうか。
……両方な気がする。
「下馬評だと俺は完全に格下だからなあ」
俺は誰に言うでもなく、不満げにボソッと呟いた。
確かに、今の魔法の規模は大したものだ。伯爵史上初の逸材というのも頷ける。
だが--
「使い方がなってないな」
俺がそう言って右手を振ると、今まで燃えていた炎が一瞬で凍り付いた。もちろん、俺も無傷。前に進み出て、煤一つない体を見せつける。
「悪いが、まだ終わってないぞ」
「…………はあ?」
ジークは素っ頓狂な声を出して、目を丸くしている。
ついでに、さっきまでの歓声はどこへ行ったのか、観客も同じような顔で目を丸くしていた。
しばらくの間、沈黙が場を支配したがジークがいち早く我に返った。
すかさず火球を作り出し、もう一度攻撃を仕掛けようとするが……
「だからダメだって」
俺は指先から雷を飛ばして火球に命中させる。
火球とは比べ物にならないほど小さな電気は、ぶつかった瞬間に火球もろとも霧散した。
雷属性のもつ高エネルギーを全て魔力霧散に使用した、対魔法専用魔法--バニッシュボルト。アリシアと一緒に開発した魔法で、かなり高い完成度だと自負している。
「はあ!?」
作り出した火球が一瞬で消されたことに動揺を隠せないジーク。
動きが止まるジークに対して、おもむろに魔法を発動させる。
「バブルショット」
「くっ……!」
小さな水泡をいくつか作り、ジーク目掛けて飛ばす。
だが、その速度は遅く、視認してからでも十分避けられる。ジークも横っ飛びをして回避した。
一秒遅れて、泡がジークの立っていた位置に着弾し……その地面を抉り取った。
「は……?」
ジークは絶句した。その視線の先には俺の魔法で抉れた地面。
そして、ぎこちない動きで俺の方に向き直る。その顔にはありありと畏怖の感情が浮かんでいる。
事ここに来て、ジークはようやく俺の実力を把握したのだ。
そして、悟ったのだろう……俺には勝てないということに。
「……続けるか?」
「…………」
俺の問いかけにジークは答えられない。
当然だろう。このまま続けたところで俺には勝てない。かといって、ここで降参すれば、伯爵家としての矜持を失うことになる。
どちらにしても、ジークには辛い選択になるだろう。そのうえで、俺はもう一度問いかける。
「続けるか?」
「っ!…………続けよう!!」
長考の末、ジークは自分の矜持をとったようだ。
俺には、その気持ちは理解できない。できないが、そう言われた以上、俺も手を抜いてはいけないだろう。
「わかった」
そして、事実上の勝敗は決し……一方的な蹂躙が始まった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…………何?あれ」
「レヴィの実力」
カムルスがそんなことを訊いてくるけど、私にはそう答えるしかない。
たぶん、私しか予想できなかったと思う。
バーリエル伯爵家、史上最高の逸材と言われたジーク。その彼が、レヴィに手も足も出ていないなんてことは……
魔法を使おうとすれば即座に消され、レヴィの魔法は避けることしかできないジークの姿を、観客は狐につままれたような顔で見ている。
「レヴィは一体何をしてるんだ?」
「バニッシュボルトでジーク魔法を霧散させて、適当な魔法で攻撃してる」
「ちょっと待って、バニッシュボルトって何?」
カムルスが本当に困惑した顔で詰め寄ってくる。
私とレヴィの二人で作った魔法なんだから、知らなくて当然なんだけど……それを言ったらもっと混乱しそう。
言うに言えないくてだんまりを決め込んでいると、カムルスがさらに声を上げた。
「後、レヴィの魔法の威力が強すぎないかな?」
「そっか、確かにおかしいよね」
いつもこんな感じだったから、感覚が麻痺してたみたいだけど、レヴィの魔法は明らかに威力がおかしい。
攻撃の威力は、その大きさ(重さ)に比例する。
これは魔法云々以前に物理の話だけど、物理現象に干渉する魔法も当然この法則に従うはず。
でも、レヴィの魔法はそうじゃない。
例えばさっきの『バブルショット』だって、泡の大きさは直径10センチ--ちょっと大きめのシャボン玉くらいなのに、その一発だけで地面が抉れている。
「あれがレヴィの凄いところなの」
「どういうこと?魔力量が多いってことかな」
「ううん。魔力量が多いわけじゃなくて……魔法の精度が高いの」
魔力量も20万くらいあるから少ないわけじゃないけど、それは黙っておこう。
それで、今は精度の話だ。私は疑問符を浮かべるカムルスに順を追って説明する。
まず、『魔法の精度』なんて単語は私とレヴィが勝手に作った造語で、『どれだけ効率よく魔法が使えるか』の基準だと考えている。
そもそも、魔法を使うには大きく分けて二つのプロセスを経ないといけない。
それは『魔法を発動する』過程と『魔法を操作する』過程。
例えば、『魔法を発動』して水を生み出してから、『魔法を操作』して水泡に形を変える……みたいな感じ。
「それと精度がどう関係してるのかな?」
「精度が高いと、精密な魔法操作ができるようになる……つまり、それだけエネルギーが大きい魔法を使えるようになるの」
『魔法を操作』すると、必ずエネルギーロスが生まれる。
すると、その分だけ魔法の威力が弱くなるんだけど、精度が高ければこのロスを減らすことができる。
ちなみに、魔力量が多ければそれだけ大規模な『魔法を発動』できるから、魔力量と精度は両方とも魔法に関わる重要な要素。
だから、精度も魔力量みたいに上げることが出来るんだけど……
「あれができるのはレヴィだけだと思うよ。魔法の精度ってどれくらい上がったかすぐには分からないから、延々とその訓練するのは辛いし……あそこまで精度を上げようと思ったら、四六時中ずっと魔法を使い続けてないと無理だよ」
「じゃあ、レヴィはどうなの?」
「レヴィは昔から精度を上げる訓練ばっかしてて、今ではほとんどエネルギーロスなく魔法が使えてるね」
私は派手な魔法の方が好きだけど、レヴィは効率至上主義で、コンパクトな魔法の方が好きだった。
だから、いつもの訓練でも魔法の操作を優先して鍛えていた。
その結果、魔法のエネルギーロスを1%以下に抑えられるようになった。
普通の人なら半分くらいロスが出ることを考えたら、まさに格が違う。
「…………」
カムルスは絶句してレヴィを見てる。
私もつられてレヴィとジークを見たけど、もうそろそろ終わりそう。
そう思ったら、ジークが足を滑らせてその場で転んだ。今までの魔法で地面がでこぼこになっていたから、窪みに足を取られたんだろう。
レヴィはその隙に距離を詰めて、小さな水泡をジークの周りに作り出す。当然、その一つ一つが地面を抉る高精度の魔法。
ジークに逃げ場はなく動くことができない。
勝負ありだ。
「そこまで」
私は大きな声でそう言った。こうして、ジークとレヴィの決闘は幕を閉じた。
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