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宣戦布告

 学園に入学してから、早1か月--俺は平凡な学生生活を送っていた。


 日中は学園で授業を受けたり、アリシアやカムルスと楽しく過ごしている。それと、場所が場所なので小規模な魔法しか使えていないが、魔法の訓練も継続中だ。深夜から早朝にかけてこっそり行っている。


 とまあ、俺の方は全然問題ないのだが……実はアリシアの方がかなり大変なことになっていた。どういうことかというと、今俺の目の前で起こっていることが全てである。


「アリシアさん!今日の昼ご飯、ご一緒しませんか!?」

「おい、俺が先だ!」

「ふざけんな!俺に決まってるだろ!」

「あ、あはは…………」


 多数の男子生徒に囲まれ、思いっきり顔を引きつらせて苦笑いするアリシア。俺とカムルスは遠巻きにそれを見て、同じく顔を引きつらせる。


「なあ、どうしてあんな感じになったんだっけ?」

「う~ん……アリシアの日頃の言動のせいかな」


 俺の質問にカムルスは苦笑交じりに応える。

 実際その通りなので、俺は何も言えずそのまま黙り込んでしまった。


 とりあえず事実だけを端的に述べると、『アリシアがモテている。そして、男子からの熱烈なアプローチを受けている』ということだ。


 こうなった原因は、おおむねアリシアのスペックの高さのせいである。


 もともと、アリシアが注目されるような要素はいくらでもあった。

 試験の主席合格をはじめ、莫迦げた魔力量や膨大な知識、卓越した魔法技術など、魔法に関することはもはや学生のレベルではない。


 そしてアリシアの場合、その尽くを皆の前で見せてしまったのだ。実力主義のイスパシア魔法学園では、優れた魔法使いは特に好ましく思われる。当然、学内でのアリシアの評価はうなぎ登りになった。


 それだけなら注目されるだけですんだのかもしれないが、ここで問題になってきたのがアリシアの容姿だ。


 アリシアは美少女である。これについては俺も異論はない。

 そして、俺にだけはわがまま放題なアリシアだが、外面はすこぶるいいのだ。他の生徒との付き合いもいいし、気配りもできて優しい女の子……というのが俺以外からのアリシアの印象だ。


 そんな子がだ。自分と同じクラスにいたらどうするか?

 特に、思春期の男子ならどんな行動をとるか?


 結果がご覧の有様だ。現在、俺とカムルスの二人を除き、クラスの男子全員がアリシアにアプローチを仕掛けている。


 アリシアにとって幸運だったのは、女子たちに敵愾心てきがいしんを向けられていないということだ。おそらく、アリシアの言動が天然のものだということに気づいているのだろう。俺たちと同じように苦笑しながら見守っている。


 これで、女子までこのカオス状態に加わったら、一体どんな修羅場ができあがるか……聡明な人たちでよかったと心底安堵する。


「レヴィ~助けて~」


 傍観に徹していた俺のところに、アリシアが半泣きで近寄ってきた。


「今日もお疲れさん」

「そんなこと言ってもらいたいんじゃないんだけど……」


 アリシアは隣の席に座って、机に突っ伏してしまう。今日は相当疲れたようだ。


「助けてって言われても、俺にはどうしようもないだろ」

「というか、嫌なら嫌って言えばいいんじゃないかな?」


 カムルスがごもっともなことを言う。アリシアは本来、歯に衣着せないタイプなのだから、抵抗はないはずだが……


「ムリ……」

「いや、ムリじゃなくてだな」

「だってさっき、昼ごはん断ろうとした時もすごい顔したんだよ」

「すごいって?」

「表情が抜け落ちた人形みたいな顔するの」

「うわ……」


 さすがにドン引きだ。食事断られたくらいでそんな顔するか?


「それは……断りづらいね」

「でしょ?もっとはっきり言ったらどうなるか分からないし、怖すぎてできないよ……」


 カムルスの肯定に、本当に辟易へきえきした様子で答えるアリシア。珍しく萎れきった様子を見て、俺もなんとかしようと考えてみるが……


「こればっかりは、向こうが諦めてくれるのを待つしかないな」

「そんな~」


 絶望した顔を向けるアリシア。流石に不憫だがどうしようもない。

 暴力で解決するわけにはいかないし、そもそも外野の俺が何かしたところで止めることはできないだろう。


「まあまあ……長くは続かないと思うし頑張ろうな」


 そう言いながら、アリシアの頭を撫でる。驚いたように肩を跳ねさせたアリシアだが、嫌がる様子はなく俺の手が払いのけられることもなかった。


「ん……」


 それから、気の抜けた返事をして動かなくなる。

 俺はそれを見て、しばらくアリシアの頭を撫で続けることにした。


(まじで猫にしか見えないな……)


 目を細めて、大人しく撫でられているアリシアを見て、そう思わずにはいられない。だが、口に出したらどうなるか分かったものではないので、心の中でだけ苦笑する。


 そのまま猫のような反応をするアリシアを撫で続け、そろそろ止めようかと俺が手を引こうとしたところで、鋭い口調で声を掛けられた。


「ちょっといいかな?」


 何事だろうかと声の方を向くと、2つの人影が目に入った。


 目の前に立つ少年は何というか……イケメンだ。短く切り揃えられた青髪と俺に向けられている2つの翠眼を持つその顔は、誰が見ても美形だと断言するだろう。


 その後ろに控えるように立っているのは、長い黒髪と黒眼をを持つ少女。見たところパッとしない印象で、やたらと目立つ容姿をしている少年が前にいるので、さらに存在感が薄くなっているように感じる。


「どうした?ジーク」


 俺は少年--ジーク=バーリエルに訊き返す。


「ああ……その前に手をどけたらどうかな?」


 ジークはそう言って俺の右手に流し目を送った。さっきまでアリシアの頭を撫でていた俺の右手は、当然ながらいまだにアリシアの頭の上にあって……


(やば……!)


 手を引っ込めて、ジークの方に向き直る。それから、ジークの顔をよく観察した。

 ジークは持ち前の美貌で俺に笑いかけている。どんな女でも魅了してしまいそうなその笑みだが、その眉は僅かに寄り、上瞼うわまぶたも微妙に上がっている。


「うん、じゃあ聞きたいんだけど……今何をしてたのかな?」


 面倒なことになってしまった。俺は心の底から自分の迂闊な行動を後悔する。


 アリシアは、クラスでは俺とカムルス以外の全男子からアプローチを掛けられている。それはジークも例外でなく、アリシアに近づこうと躍起になっているのだ。


「あー……アリシアの頭を撫でてた」

「君がそんなことしていいはずがないじゃないか」

「それは言いすぎだろ」

「いや、妥当だね。彼女に相応しいのはこの僕だ」


 軽く言い返しても、ジークが彼の主張を引っ込めることはない。

 やけに尊大な物言いだが、こいつの場合だとかなり説得力がある。


 バーリエル伯爵家の長男として生まれたジークは歴代最高の逸材らしい。

 頭脳明晰ずのうめいせき眉目秀麗びもくしゅうれい、おまけに魔法の才まで持ち合わせている。

 幼いころからその能力をもてはやされてきたたせいか、現在では傲慢が服を着て歩いているような存在ではあるが、実力は本物だ。


「だいたい君はなんなんだ?いつも彼女といるが一体どういう了見なんだ?」

(うぜえ……)


 ため息をつきたいのを必死にこらえて、ジークの言い分を聞き流す。

 要は俺に嫉妬しているのだ。男の嫉妬ほど醜いものはないと聞いたことがあるが、実際にそれを目の当たりにすると本当にその通りだと思う。


 いい加減うざいので、何か対抗策はないかと考えるが、五月蠅い(うるさい)声が耳に入って来て集中できない。

 嫌悪の表情を浮かべてジークと対峙していると、今まで会話に入ってこなかったもう一人の人物がようやく声を出した。


「……では、決闘してはいかがでしょう」


 か細く、かき消えそうな声量だったが、それはしっかりと聞こえた。

 ジークにも聞こえたらしく、振り返って歓喜の声を上げる。


「そうしよう!名案だぞ、リン」

「恐縮です」


 小さな声でお辞儀をする黒髪黒眼の少女--リン。

 クラスで唯一の平民出身の生徒だ。それだけで彼女の非凡さが見て取れるが、階級制度のせいかいつも敬語で話している。


 今はジークの従者のようなことをしており、気の弱そうな少女というのが一番しっくりくる。


「レヴィ、君に決闘を申し込む!」


 リンの提案を受け、水を得た魚のように嬉々として言い出したジーク。

 決闘は貴族同士の正式な契約とされている。魔法を使った一対一の勝負で、敗者は勝者の要求に必ず従わなければならない。


 伯爵家の息子が申し出た決闘なので、観客ギャラリーも多くなってしまうだろう。正直、面倒なことこの上ない。わざわざ労力を割いてまでこいつと決闘なんてしたくない。したくないのだが……


「受けてやる。今日の放課後に訓練場でいいか?」

「いいだろう!逃げるんじゃないぞ!」


 ジークはそう言って去っていった。

 俺はそれを見送ってから、頭を掻きむしる。


「……大変なことになったね」

「レヴィ、よかったの?」


 カムルスとアリシアが心配そうに声を掛けてくれる。

 俺は微笑しながら、それに答える。


「ああ、大丈夫だ。問題ないわけじゃないけどな」


 ジークほどのレベルの相手をするには、こちらもそれなりに本気を出す必要があるだろう。観客ギャラリーが多い中でそれをすれば間違いなく面倒ごとが舞い込んでくるだろう。


「けど、決闘を断る方が問題だな。相手は伯爵だし……周りからの印象は最悪になる」

「そうなるくらいなら、ってことだね。でも勝てるの?」


 カムルスが心配そうに訊ねた。

 俺の実力をしらないから仕方ないのだが、愚問でしかない。


「勝てる。あいつに魔法の使い方を教えてやるよ」


 俺はそう言ってほくそ笑む。近くから息を吞む気配がしたが、俯いていたので誰かはわからなかった。


 間もなくしてチャイムが鳴り、今日の授業が始めった。

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