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入学

 入学試験からおよそ一か月--

 俺とアリシアは学園の前にいた。


「ホント、なんで入学するだけでこんな苦労しないといけないんだ?」

「入学するのは努力するものでしょ?」

「そうなんだがそうじゃない……」


 俺は思わず疲れた声を漏らした。

 そして、ここまで気苦労を負うことになった出来事を回想する。


 発端は入学試験……実技試験で問題が発生したのだ。原因は言うまでもなくアリシア。実技試験で見事なクレーターを作り、大混乱を起こしたらしい。曰く、『低レベル過ぎてイライラしたからやった。後悔はしていない』だそうだ。


 この事態に、受験者側はもちろん学園側も大混乱。試験は一時中断し、急遽アリシアは面接という名の取り調べを受けることになった。その日のうちに試験が再開できたのは奇跡だったと言えるだろう。


 だが、当然ながら試験の終了は大幅に遅れ、アリシアが解放されたのは満月が空高く輝いている頃になったのだった。


 これが入学試験で起きた惨事の顛末てんまつなのだが、残念ながらこの話がこれで終わることはなかった。


 それからしばらくの間、俺たちを監視する者が現れたのだ。おそらく学園側の刺客で、目的は間違いなくアリシアの監視だ。


 確かに、クレーター作れるような奴を野放しにしたら何されるか分かったものではない。学園側も気が気じゃないのだろう。

 アリシアは監視されるのを嫌がっていたが、自業自得だと言い聞かせた。


 そんな監視がついた囚人のような生活を送り続け、いよいよ合格発表日を迎えた。ぶっちゃけ、アリシアが受かる可能性は低いだろう。少なくとも、監視をつけられる程度には心証が悪いのだから。


 そんな予想の下確認した合格発表は……


「やった!主席だよ」

「まじか」


 アリシアの受験番号の横に"主席"の二文字が書かれていた。

 アリシアは素直に喜んでいるが、俺としては微妙な心境だ。……学園よ、こんな奴が主席でいいのか?


 その後、アリシアは学園から呼び出され入学式での入学生宣誓の内容を伝えられたようだ。ついでに、アリシアが主席に選ばれた理由も話してくれたらしく……


「座学・実技ともにとても素晴らしい成績だ。特に実技は学生のレベルではない。強いて欠点を挙げるなら、悪用されるのが恐ろしいというくらいだが……君は人格者なようだから、その心配もないだろう」


 と言われたそうだ。


 いろいろと気になることはあるが、とにかく入学ができそうでなによりだ。また、それからは監視の目もなくなったので心安らかに過ごせるようになった。


 そして現在、俺たちは初めて制服に袖を通して、入学式の式場に向かっている。

 右隣りにいるトラブルメーカーさんのおかげでこっちは大変な目に遭ったのだが、無事(?)入学式が迎えられて本当に良かったと思っている。


「…………私の方じっと見て、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「嘘でしょ、失礼なこと考えてる目してた」

「してないしていない。制服似合ってるなと思っただけだ」


 アリシアがジト目を俺に送っている。なにやら言いがかりをつけているが、そんなことはない。制服が似合っているというのも本心だ。

 学園の制服は紺色を基調としたシンプルなデザインをしている。

 アリシアはいつも明るい色の服ばかり着ているので、こういう暗い色の服は新鮮だ。


 そんな制服姿のアリシアを見て、「余計なことをしなければ可愛いのにな~」と残念に思っているわけでもないので、そろそろジト目を止めてほしい。


 そんな風に2人で話しながら、校門をくぐって学内に足を踏み入れる。

 そのまままっすぐ進むと、式場である大ホールにたどり着いた。まだ時間ではないはずだが、中にはすでに多数の人が席に座り、式の開始を待っていた。


「じゃあ、私は行くね」

「ああ、台詞噛まないようにしろよ」

「大きなお世話だよ」


 俺の軽口にアリシアは少しむくれて言い返し、そのまま行ってしまった。


 結果的に主席合格したアリシアは入学者宣誓を壇上で読み上げないといけない。そのため、式中の席もより壇上に近い位置--つまり、最前列に指定されたのだ。ご愁傷様である。俺はというと、列の真ん中くらいの席が割り当てられたので、気楽な方だ。


 式の開始まではまだ時間があるので、席に座って暇つぶしがてら周りを見渡してみる。周りには俺と同じように制服を着ている生徒たちが、所狭しと並んで座っていた。


 総数はだいたい200人くらいだ。受験に来ていたのが500人を超えていたので、半分以上落とされている。


 ここで、入学試験の合否判定について触れておこう。

 この学園の入学試験に定員という単語はなく、むこうの基準を満たしていれば合格、そうでなければ不合格だそうだ。受験人数は毎年同じくらいらしいので、半分以上落ちている今年はかなり不作だったのではないだろうか。


 一瞬だけ、不正入学という単語が頭を過ったが、それはないだろう。この学園は実力主義で通しているらしいから、その手の不正はありえない。

 それはつまり、この学園の入学者は強者だらけということになるのだが……


(まあ、興味ないな)


 試験の様子を見る限り、俺が期待しているほどここの生徒は強くない。

 期待できるとすれば、フィリムだけだ。後、アリシアがおもしろい奴がいたとも話していたが……類友ではないことを切実に願う。


 どうでもいいことを考えているうちに、式が始まった。

 どの世界の入学式も、指示に従って立ったり座ったり、だいたい話を聞くだけなので退屈だ。もちろん、俺も現在進行形で退屈している。

 居眠りしたいところだが、壁際で立っている教師たちの視線が気になる。


 彼らは「寝る者死すべし、慈悲はない」といった風に、生徒たちの一挙手一投足に目を光らせている。

 もし寝ようものなら、冗談抜きで魔法を撃ちこまれそうだ。入学式から悪印象を残すのはまずいし、なにより魔法を撃たれるのは嫌なので頑張って起きよう。


 そうして、退屈を耐えること一時間--体感時間で三時間ほど。

 アリシアが壇上に登った。入学者宣誓だ。


 アリシアは懐から紙を取り出し、前日に考えたであろう台詞を読み上げていく。マイクを通して、アリシアの綺麗な声がホールに響き渡る。

 その瞬間、今まで暇そうにうつむいていた生徒たちの顔が上がった。


 気持ちは分からないではない。死ぬほど退屈していたところに、アリシアの綺麗な声音が聞こえてきたのだ。普通に気になるだろうし、それを発しているのが美少女だったらなおさら聞き入ってしまうだろう。


 生徒たち……特に男子生徒はアリシアの宣誓に集中している。

 周りがそんな雰囲気の中、俺はというと……


「…………くくっ」


 懸命に笑いをこらえていた。

 初対面の人には分からないだろうが、アリシアは普段こんなトーンの声を出さない。わざとかどうかは知らないが、いつもと違う声に俺は違和感しか感じない。


 そのうえ、言ってる内容と俺の中のアリシアのイメージがかけ離れている。「礼節を重んじ」とか「学生として良識ある行動を」とか、普段のアリシアが絶対に口にしない言葉の数々がどんどん出てくる。

 いつものアリシアを知っている俺からしたら、ただのギャグでしかないのだ。


(やば、つぼった)


 例によって教師が監視しているので、下手なことはできない。そのため、聞いている風を装って笑いをこらえる必要がある。


 思いがけないピンチに、俺は腹がねじれそうになるのを我慢して過ごしたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あ~大変な目にあった」


 入学式終了後、解放された俺はそう呟いた。

 まさか、アリシアの宣誓があそこまで面白いとは……こんなことなら一回聞かせてもらえばよかったとちょっとだけ後悔する。


 さて、入学式が終わった俺は学園内を歩いていた。

 今日は入学式だけで終わりで、詳しい授業説明は明日からになる。そのためこの後は暇なのだが、俺にはなによりもまずやることがある。


(この先を右っと)


 俺は地図を片手に学生寮に向かっていた。実家が地方にある俺やアリシアは寮で暮らさないといけない。そして、ようやく今日から入寮できるので、俺は荷物を持って向かっているのだ。


「遠すぎだろ」


 学生寮に着いた俺の第一声がこれである。

 学舎からここまで徒歩20分だ。本当に同じ敷地内にあるのか不思議に思えてくる。何はともあれ、寮についたので今度は部屋を探す。


 部屋は基本的に一部屋二人に割り当てられ、他の生徒とルームシェアするらしい。誰がいるかはまだ聞かされていない。


「ここか」


 俺はドアの前で立ち止まる。303号室、間違いない。

 すでにルームメイトが到着している可能性もあるので、ドアを軽くノックした。


「どうぞ」


 中から声がする。もう来ていたらしい。

 俺はドアノブを回し、少し緊張しながらゆっくりとドアを引いた。

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