入学試験 アリシアside
「そこまで、解答を止めてください」
教壇の上に立っている女の先生がそう言うと、皆一斉に手を下ろす。もちろん、私もそうした。
教室の全員の動きが止まったのを確認した先生は、教室を回って解答用紙を集めていく。
(簡単だったな~)
解答を集める間、暇になった私はぼんやりと今の試験のことを考えていた。
今日はイスパシア魔法学園の入学試験。
私とレヴィは一緒にその試験を受けに来たのだけど……レヴィとは別々のグループになってしまって、様子を見ることはできない。
ただ、座学の試験はあくびするくらい簡単に解けたんだろうな、と想像がつく。私は30分くらいで全部解き終わって、残りの時間は全部見直しに当てた。たぶん満点じゃないかな。
簡単すぎて、むしろ怖くなったけど……難しすぎるよりはましだ。
私がそう気持ちを切り替えたところで、先生がまた教壇に上った。回収が終わったみたい。
「これで座学の試験は終了になります。次は実技の試験になりますが、その前に一時間の昼休憩をはさみます。各自、食事をとるなどして過ごしてください」
先生はハキハキと連絡事項を話していく。
興味がなかったからよく見ていなかったけど、かなり若い人だ。たぶん、20歳を少し超えたくらい。
その若い先生はすぐに話を終えて、教室を出ていってしまった。それから、周りからぼちぼちと話声が聞こえるようになる。内容はさっきの試験のことかな。
気になるけど盗み聞きは悪い。それに一人でここにいても居心地が悪いから、教室を出ることにした。
私はバスケットを手にこっそり席を立つ。別にこそこそする必要はなかったけど、なんとなく恥ずかしくて目立たないように教室を出た。
外の廊下はまるで迷路みたいに入り組んでるけど、だいたいの場所は分かるから迷う心配はない。
しばらく歩いて、ようやく目当ての場所に着いた。
そこは中庭。噴水があればベンチもある、もはや公園といってもいいくらい広い中庭だ。今日は晴れているし、教室で食べるよりよっぽどいい。
「えっと、ベンチは全部空いて……」
『空いている』と言いかけたけど、先客がいた。真っ赤な赤毛の男の子だ。彼は驚いたのか私をじっと見たまま動かない。
対する私もここに来る人がいるとは思ってなかったから驚いている。彼と同じような顔をしているんじゃないかな……
「あの……」
私が男の子を見たまま固まっていると、彼がおずおずと声を掛けてきた。それで我に返った私は、彼との会話を試みた。
「えっと……試験の受験者、だよね?」
「あ、うん。君も?」
「うん」
私の些細な質問に男の子はにこやかに答えてくれた。
案の定、私と同じ受験者の彼は、これまた私と同じようにバスケットを持っている。
「あの……これからお昼?」
「うん。そうなんだ」
「じゃあ、私も一緒にいい?」
「もちろん」
たどたどしい会話だけど、なんとか続いている。
私はレヴィ以外で同年代の友達がいないから、どんな話し方をすればいいのかよくわからない。今も、緊張でがちがちに固まりそうなのを一生懸命抑えている。
(ちょっと……いや、かなり不安だけど、このまま話を続けよう)
私は男の子が座っているベンチに近寄り、腰掛ける。
さっきまでは遠目でよく見えなかった彼の風貌が、この距離ならよく見える。
真っ赤な赤毛に、黒い双眼。目つきは柔らかくて、なんというか穏やかな雰囲気を全身から出している。
私はひとまずバスケットもベンチに置いて、彼に話しかけた。
「名前はなんて言うの?私はアリシア」
「僕はカムルス。よろしくね、アリシア」
「よろしく」
それから、私はカムルスと話しながらゆっくり昼ご飯を食べた。
ちなみに、昼ご飯は宿の厨房を借りて作ったサンドイッチの数々。レヴィの分も作ったから、今頃一人で食べている頃だと思う。
「アリシアはどうして中庭に来たの?」
「教室に知り合いがいなくて……周りは仲良さげにしてるのに、一人でご飯を食べるのは居心地悪いから」
「僕もそうだね」
「向こうのグループには知ってる人いるんだけど……」
「そうなんだ、今度紹介してくれない?」
「いいよ」
普段の私を思うと、かなりぎこちない雑談をしながら昼休憩を過ごす。思っていたよりもスムーズに話ができている。
といっても、それはカムルスが話し上手だったおかげだと思う。次々と話題を振ってくれるおかげで、初対面なのに一度も会話が途切れていない。
会話を続けているうちに、私の方も緊張が和らいできた。
そうこうしているうちに、いつの間にかサンドイッチはなくなり休憩の時間も残りわずかになっていた。
「そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
私たちは立ち上がって来た道を戻る。
その道中、ふと気になったことがあってカムルスに訊いてみた。
「ねえ、カムルス。さっきの試験の出来はどうだった?」
「ん~……まあいいほうかな。8割くらいだと思うよ」
「そっか……実技の方は自信ある?」
「普通かな。一通りの魔法は使えるけど、すごくできる訳じゃないから」
カムルスは笑って答えた。
私はその答えに軽くうなずいた。やっぱり、基準点はあんまり高くないみたい。それなら、実技試験でよっぽどのことをしない限り入学できるかな。
「アリシアは?」
「座学はほとんどできてると思う。実技の方も自信あるよ」
「すごいね。主席とれるんじゃない?」
「う~ん……たぶんね」
カムルスの感想に私は微妙な返しをしてしまう。
確かに、主席をとれるのはほぼ間違いないと思う。でも、それはレヴィが上位争いに参加してこないからだ。
レヴィの性格からして、試験で高得点をとって主席をとろうなんて考えるわけがない。試験が簡単だってわかったらわざと失点すると思うし、実技も上手く平凡な成績に調整しようとすることが手に取るようにわかる。
(レヴィが本気を出したら私は勝てないから、『主席をとる』=『レヴィに手を抜いてもらう』ってことになるんだよね……)
思わずため息が出そうになる。
この分だと、事実上は次席だけど皆の前では主席になりそうだ。
一人で憂鬱な顔をしている私をカムルスが不思議そうに見ている。
私が今思っていることを説明しようと思ったけど、そんな時間はなさそう。
「あ、教室着いたね」
カムルスがふと声を上げる。雑談しているうちに教室についてしまった。しかも、タイミングよく予鈴もなった。
後5分くらいで実技試験開始だから、もう着席しておかないといけない。
「予鈴もなったし、この辺で」
「そうだね。試験頑張ろう、カムルス」
「うん」
少し言葉を交わして、私たちは教室に入った。
そのまま自分の席につくと、ほどなくしてさっきの若い女先生が入ってきた。少ししてから本鈴がなると、実技試験の説明を始めた。
「これより実技試験を始めます。皆さんには10人ずつ訓練場に移動していただき、そこで試験を行います。番号を読み上げるので、呼ばれたら集まってください」
それから、受験生が次々と呼ばれていって部屋を出ていく。
待ってる間、暇になった私はどんな試験なのか想像してみることにした。
(無難に的当てかな?)
10個くらいの的がいろんな距離に置いてあって、それを魔法で撃ち抜く、そんな試験。魔力の調整とか威力の加減とか、やることは多いから試験にはもってこいのはず。
私にはそのくらいしか思い浮かばくて、想像はこれで終わりになってしまったけど、そこでちょうど私の番号が呼ばれた。
急いで荷物を持って席を立ち、前に出る。
10人が集まったところで一列に並び、先生の先導に従い部屋を出た。
私は列の最後尾にいたから、前の9人の後ろ姿がよく見える。その中で見覚えのある赤毛を見つけた。
カムルスだ。同じ班で試験を受けるみたい。
(どんな魔法を使うのかな?)
カムルスは自己評価低めだったけど、実際にはどうなんだろう。すごく気になる。
持ち前の好奇心をうずかせ、廊下を進むこと数分。ようやく、訓練場らしき場所が見えた。
なんというか、訓練場というよりは校庭と言った方がしっくりくる気がする。広いグラウンドには、一本の白線とその奥に的が立っており、すごく目立っている。
「それでは、実技試験を始めます。皆さんには白線の向こうの的に魔法を当てていただきます。魔法の使用は10回まで。それ以上の使用は不正とみなします」
先生の説明は私の予想とほとんど同じだった。強いて言えば、回数制限が付いたくらいかな。その数は的の数とぴったり一致している。
的一つを魔法一つで倒せ、ってことだと思うけど……
(的の補充はどうするんだろう?)
私の素朴な疑問はさておき、試験が始まった。
順番はここまできた時の列の並び。私は最後だ。だから、他の受験者の魔法を見ているけどあまり面白くない。
皆、小規模の魔法で的を攻撃しているから見どころが全然ない。しかも、それで的を倒せていないこともあるのだから、もう拍子抜けだ。
それを見て、的の補充がいらない理由が分かった。魔法を当てて的を倒すだけなら、倒れた的を起こすだけでいいからだ。
なんだか、見ててイライラしてきた。レヴィとの訓練だったらこうはならない。低レベル過ぎて馬鹿らしくなってきた。
3人が終わった時点で私がそんな風に思っていると、カムルスの番がやってきた。さっきまでの苛立ちは一旦おいておいて、今はカムルスの魔法に集中する。
カムルスが使ったのは火球。だいたい的と同じくらいのサイズの球を作って、それを的に向かって飛ばしていく。
カムルスは黙々とその作業を繰り返して、すぐに10発を撃ち終えてしまう。結果は10個中7個の的に命中した。
今までは5個くらいが平均値だったから、少しだけ上手いくらいの実力なんだろう……普通に考えれば。
カムルスは7個の的を倒した。残りの3個は距離が遠くて狙いを外してしまったように見えた。
けど、そんなわけがない。
だって、カムルスが当てた7個の的は、全て的のど真ん中に命中していたんだから。そんな精密射撃ができる人が残りの的に掠らせることすらできなかったなんて思えない。
そうなると、答えは一つ。
(わざと外したんだ)
自分の成績を偽装している。
この分だと、座学が8割って言ってたのも怪しくなってくる。もしかしたら、わざと間違えて点数を落としたのかもしれない。
まるでレヴィがしそうなことをなんでカムルスがしているのかは分からない。だけど、間違いなく彼は凄腕の魔法使いだ。
(試験が終わったら、話題に出してみようかな)
そう思っていると、もう私の番になっていた。
私は白線の前に立つと、思わず顔をしかめてしまう。
(これでどうやって外すの?)
白線からの的の距離は、近いもので20メートル、遠いものでも50メートルしかなさそう。レヴィとの訓練では300キロ先の獲物を狙撃することもしていたので、これでは簡単すぎてつまらない。
カムルスはともかく、他の人のへたくそな魔法を見たこともあって私はイライラしたままだ。
それでつい、いつもの癖が出てしまった。
「……あの、質問していいですか?」
「何でしょう」
「魔法は必ず10回撃たないといけませんか?」
「?……よくわかりませんが、10回以内であれば問題ないです」
「わかりました」
先生の答えを聞いて、私はゆっくりと右手を前に出す。
そして、魔法を発動させた。空気中の水分を凝縮させて、小さな氷の礫を作り出す……的の上空100メートルくらいに。
当然これだけでは終わらず、氷の礫は空中に浮いたままどんどん大きくなる。ここからでは豆粒にしか見えなかった礫はその存在感を主張し始め、他の皆もその存在に気づきだした。
「あの……一体何を?」
先生が不安をにじませた声で話しかけてくるけど、集中している私はそれに応えることができない。氷は直径5メートルくらいにまで成長し、私はそこで肥大化を止める。
「皆さん、大変危険ですので離れてください」
ようやく余裕ができた私は、ざわめきだした受験者と先生に一言だけ告げた。
さて、的の上空に浮かんだ巨大な氷塊。試験の内容は的を倒すこと。そして、氷塊を浮かべているのは私。
次はどうしようか?
そうだね、このまま落とすよね。
というわけで氷塊の制御を手放す。すると、それは重力に従って地面に落下していく。
「ちょっ……」
先生が焦った声を出すけど、もう遅い。
ほどなくして、氷塊が地面にぶつかり……激しい衝撃とともに、10の的を全て吹き飛ばした。
以前、レヴィが私のことを『クレーター量産機』と揶揄したことがあった。それは、私が訓練の時に大規模魔法を使って地面を穴だらけにしたからで、全面的に私が悪いのだけど……
当時、それにムカッときた私は本当のクレーターをつくる魔法を作り出した。
それがこれ。やってることは単純で、空気中の水分を凝縮させて作った氷の塊--疑似隕石を意図的に作って降らせる魔法。
魔法『アイスインパクト』によって、私の目の前には直径5メートルのクレーターができた。着地の衝撃で的は軒並み砕け散り、余波のせいで私たちまで危険だったので、そこは結界を張って守っておいた。
「的、全部倒しましたよ」
「…………」
先生に声を掛けてみるけど、反応がない。
見ると、目を大きく見開いて口をあんぐりと開けている。
たぶん、予想外のことをされて驚いたんだろうけど違反はしていない。ちゃんと、「魔法を使って」「的を倒している」んだから、問題はないはず。使用魔法数も結界を含めて2つ。試験的には問題ないけど……
(ちょっとやりすぎたかも……)
ストレス発散のために少し威力を強めにしてしまったせいで、現場はひどいことになっている。今更になって反省したけど、もう手遅れ。
数分後、石化が解けた先生と受験者たちが大パニックを起こし、試験どころではなくなってしまった。
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