入学試験 レヴィside
王都に到着してからの日々は瞬く間に過ぎ、気づけば入学試験当日になっていた。
試験は終日の予定で、午前は座学、午後は実技の試験をすることになっている。試験自体は大したことないが、いかんせん受験者数が多くて時間がかかるのが難点だ。総勢500人を超える人数が受験に来ており、特に実技試験の時間が長くなってしまう。
学園側もそれを考えてか、受験者をAとBの2つのグループに分けて、それぞれ別の校舎で試験をするようだ。これで、試験の時間を短縮できる。
だが、これによって俺はAグループにアリシアはBグループに分けられてしまった。そのため、俺は一人で指定された席に座っているのだ。
(知り合いが一人もいないと、流石に不安だな)
ふと周りを見渡してみる。そこには俺と同じように席に座って大人しく試験開始を待っている人……のほうが少ない。
教室いっぱいに入っている受験生たちは、そのほとんどが知り合いらしい。俺と同い年くらいの生徒たちが4、5人くらいのグループを作り、談笑をしている。
本当に入学試験前の光景なのかと目を疑うような弛緩した空気の中、ぽつんと座っている俺の方が場違いのような気がしてきた。
(早く始まってくれ……!)
他の200人近くの受験生たちと違うことをしていることに、試験の緊張とは別の意味で胃が痛くなってくる。俺は祈るように心の中で叫んだ。
すると、その祈りはどうも聞き届けられたらしい。
「席につけ」
まさに救世主のようなタイミングで教室に入ってきたのは長身の男だった。男は眼鏡をかけ、気難しそうな顔をしている。また、長身ではあるものの、不健康に痩せすぎているというわけでもない。
だが、喋り方や歩き方、その眠たげな表情を見る限り、とても活発そうには思えなかった。
「これから試験を始める」
長身の男は教壇に立ち、部屋中を見渡しながらそう言った。
なるほど、彼はこの学園の教師だろう。そう言われれば、男のふるまい方はまさしく教師のそれだった。
周りもそれを察し、速やかに談笑を止め席に戻っていく。数秒と経たないうちに、部屋はシンと静まり返った。
「試験は座学から始める。時間は120分だ」
そう言って、教師は試験における注意事項などを読み上げ、各受験生に問題用紙と解答用紙を配る。
「では……始め」
全員に問題用紙などを配った教師はそう言って試験開始を告げる。
その途端、周りからはぺらぺらと紙をめくる音が聞こえ出した。例に漏れず、俺も問題用紙をめくり問題を解き始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(暇だ…………)
試験開始から30分後、俺は盛大に暇を持て余していた。試験問題を全て解ききってしまったのだ。
普通に考えて、全120分のテストが30分で終わるわけないのだが、終わってしまったものは仕方ない。というわけで、暇になってしまった。
(というか、簡単過ぎないか?)
俺は訝し気にもう一度問題を見直す。
内容は魔法発動のメカニズムや属性魔法の性質について等々。基本的な事項だ。俺がこの問題を間違えるはずがない。幼少からアリシアと魔法を使い続けてきたのだ。これらの知識には絶対的な自信がある。
だが、いくら見直しても問題文に変化が起こるわけがなく、簡単すぎるという事実も変わりそうになかった。
(……他の人はどうだろう?)
あまりにあっさり終わってしまったことを不安に思って、カンニングを疑われないように周りを見渡す。
すると、受験生の大半がいまだに問題に取り組んでいた。中には、答えが分からないようで頭を抱えている者までいる。
(まじか……)
ちょっと……いやかなり驚いている。これが難しいのか。
どうも、俺の常識と周りのそれはかなりずれているらしい。となると、実技の方もかなりレベルが低い可能性がある。
(これ、うまいこと調整しないと面倒かもな……)
変なことに巻き込まれるのだけは避けたい。ここで満点をとって悪目立ちしてしまうのは非常に面倒だ。
実技試験の対処はその時にしておくことにして、座学の方もいくつか間違えておこうか……
そう思って、上げていた顔をもう一度問題用紙に向けようとしたところで、ある人物の姿が目に入った。
性別はおそらく女だろう。断定できないのは、前の方に座っているせいで顔が見えないからだ。
だが、長い赤毛をしているし、遠目でしか見えないが、綺麗にまとめられていて手入れもされているようだから、間違いはないだろう。
そして、俺の目に彼女が止まったのは、顔を上げて、暇そうにしていたからだ。
それはつまり、彼女も早々に試験を解き終わり暇を持て余している--他の受験生よりも格上の人物だということだ。
(気になるな……)
俺の視界にはだいたい150人近くの受験生がいる。だが、その中でもこの時点で顔を上げ、あまつさえ退屈そうにしているのは彼女だけだ。
彼女の魔法の知識は俺やアリシアに匹敵しているだろう。もしかしたら、魔法の実力も同レベルではないのだろうか。
そう考えると、一度話をしてみたくなった。
(この試験が終わったら話しかけてみよう)
そう考えて、俺は周りの様子を窺いながら解答の修正に入ったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そこまで」
教師の男がそう言うと、皆が一斉に手を止める。
座学の試験が終了し、答案が回収されていく。10分ほどで回収が終わり、教師が口を開いた。
「これから一時間ほど昼休憩とする。実技試験の説明は休憩後に行うので、遅れないように」
教師はそう言って、そそくさと出ていった。その途端、室内は気の抜けたため息と話声でいっぱいになる。
皆、口々に試験の出来を話し合っており、そのいくつかが耳に入ってきた。
「おい、どうだった?」
「全然……難しかった」
「だよな、6割あるかな……」
「この試験なら5割で受かるんじゃないか?」
会話を聞いていてちょっとドキッとする。
この試験、そんなに難しかったのか?
(いくつかわざと間違えたけど、それでも8割はあるぞ……)
たまたま、出来の悪い層の話を聞いてしまったのかと思ったが、他の受験者たちも似たり寄ったりな出来のようだ。
いくらか修正したものの、かなりトップの部類には入ってしまうだろう。
(トップになると目立っちゃってめんどくさいんだが……まあ、アリシアがいるから大丈夫か。あいつなら間違いなく満点だろ)
入学試験の最優秀成績者--主席になると入学式の時に入学生の宣誓を言わないといけないらしい。そんなめんどくさいことはしたくないので、アリシアに任せよう。
それに、今のところアリシアは主席候補だ。少なくとも一人、座学で同レベルの生徒がいる。
(どこいったかな……)
俺は試験中に見たあの赤毛を探す。目立つ髪色だったので、難なく見つけられた。長い赤毛をたなびかせた彼女は、一人で教室を出ていくところだった。
他の受験生と談笑する様子もなかったので、一人で昼飯を食べに行ったのだろう。ちょうどいいタイミングだ。
俺は席を立って、教室を出る。
辺りを見渡すと、目当ての赤毛はすぐに見つかった。
「なあ、ちょっといいか?」
初対面の人にいきなり声を掛けるのは躊躇われたが、このままついて行ってストーカーと間違われても困るので、声を掛けて用件を伝えようとする。
俺の声を聞いて、彼女は振り返って初めて顔を見せた。
長い赤毛に黄色い瞳。落ち着きのある顔立ちと身に纏う雰囲気から、かなり身分の高い貴族令嬢だというのが見ただけでもわかる。
その彼女の目には明らかな警戒とほんの少しの困惑が浮かんでいる。鋭い視線を俺に向け、様子を窺うように口を開いた。
「……何かしら?」
「ああ、少し話をしたいんだが……いいか?」
「無理ね」
有無を言わさぬ回答。しかも即答である。
あまりにもばっさりと切り捨てられて、少し面喰ってしまう。
(これは……プライド高くて周りと馴染まないタイプかな……)
こういうのは強引に話を続けようとすると、逆に警戒されてしまう。これ以上の会話は無理だろう。
「あー……じゃあ、名前くらいは教えてくれないか?俺はレヴィだ」
会話が切れた途端、身を翻して去ろうとする彼女にもう一度声を掛ける。とりあえず、名前だけでも聞いておこう。
「……フィリム。フィリム=フェンガル」
彼女--フィリムはそう言って今度こそ立ち去ってしまった。
俺はその後ろ姿を見送ってから、その場でUターンして教室に戻る。
(かなり気難しいみたいだな……けど、これはこれで収穫があった)
歩きながら、フィリムとの会話……会話と言うには一方的過ぎる話を反芻する。
まず、彼女の家名--フェンガル家というのはかなり爵位の高い貴族家だ。正式にはフェンガル侯爵家--王子や公爵に次ぐ貴族家である。スパーダやエストーレが準男爵家ということを考えると、まさに殿上人のような存在だ。
あのつんけんした振る舞いも、家の影響が強いのだろう。身分の高い貴族ほど、周りから舐められないように振舞わないといけないからな。
俺の話に応じてくれたところを見るに、身分の低い相手でも話には応じてくれるみたいだが……
(あの様子だと話すには骨が折れそうだな……)
俺としては、ぜひともフィリムと話がしたい。
というのも、アリシア以外でここまで魔法に精通してそうな人物は今のところ彼女だけなのだ。
できれば、新しく開発した魔法の感想を聞きたいところだ。
別に、アリシアでもいいと言えばいいのだが、アイツの場合「凄い、教えて!」くらいしか言わないので、いまいち改良の方向性が定まらない。
その点、いろいろなことにストイックそうなフィリムなら、的確に問題点を指摘してくれそうな気がする。
(……って、流石に皮算用が過ぎるな)
でも、期待くらいはしてもいいだろう。
俺は今から入学後に思いをはせ、その試験に挑むためにまずは腹ごしらえをするのだった。
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