到着
アリシアのせいで全身激痛に見舞われたり、山賊に遭遇してぞんざいにあしらったりした馬車の旅。それがようやく終了した。
馬車に乗って領地を出てから7日目--
俺たちを乗せた馬車は今、王都の門をくぐり抜けた。
「わあ……!」
窓から見える景色に、アリシアが感嘆の声を漏らす。
そこは大きな噴水が中央にある広場だった。それだけなら驚くようなことはないが、ここに大勢の人々がいれば話は変わってくる。
どこを見渡しても人が盛んに往来していて、広場は活気に満ちている。立ち止まったり、周りを見渡しているような人はほとんど見当たらず、せかせかと歩いている人々が多数だ。きっと、仕事がある人達なのだろう。
王都の風景など、これが普通なのだろう。
特に目を見張るようなところはないはずだが、俺たちはその景色にくぎ付けになっていた。
俺たちが住んでいた領地は、国の外れ--つまり、田舎なのだ。
よく言えば牧歌的だが、悪く言えば何もなく寂れているそこで暮らしてきた俺たちに、都会は全くと言っていいほど縁のない場所だった。
俺は前世を含めても王都に行った経験が皆無だったのでなおさらだ。
そのため、初めて触れる都会の活気に俺たちはかなり興奮している。アリシアなんて、おのぼりさん丸出しで窓の外を凝視している。
「ほら……そろそろ下りるぞ」
本当は、アリシアと同じように王都の様子をよく見たい。だが、いつまでもこうしていては迷惑だ。
都会の景色に興味津々なアリシアの手を引き降車を促す。アリシアは何も言わず、しかし景色から目を離すことはなく、俺に連れられて馬車を降りた。
それから、自分たちの荷物を受け取り、御者に礼を言ってからその場を離れる。まず向かうべきは宿だ。今後の細かな予定はそれから決めればいい。
「行くぞ、アリシア」
「…………」
声をかけたが、無視された。いまだに王都の風景から目が離せないでいるようだ。
いつも通りの奔放な態度に苦笑しながらも、俺はアリシアを連れて宿へと向かうのだった。
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「はあ~……疲れた」
「大変だったね……」
約30分後--
俺たちは目的の宿に着き、チェックインを済ませて部屋に入っていた。
「王都の人混み、舐めてたな」
「ね……」
俺たちは宿に着くまでで完全に疲れ切ってしまっていた。
活気ある王都で唯一問題なのはあの人混みだろう。前に進もうとしても、逆方向から来る人に押し戻されて、なかなか進めない。
しかも、あの大混雑の中、人の波にさらわれて危うくアリシアとはぐれかけることが何度もあった。あんな状況ではぐれたら、再開するのにどれだけかかるか分かったものではない。
「これからは人の少ない道を通るようにしよう」
「賛成」
「いや、冗談だよ。賛成しちゃダメだろ」
即答するアリシアに、俺は苦笑いしながら言い返す。
俺の提案は、満場一致で却下されるだろう。というのも、こういった都会では、路地裏のような人気のないところには往々にしてスリやガラの悪い連中が蔓延っているというのが常だからだ。
俺だって、例え口が滑ったとしてもこんなバカげた提案はしないだろう……相手がアリシアでなければ……
「大丈夫、最悪返り討ちにすればいいだけだから」
アリシアが嬉々として口にした言葉こそが全てを物語っている。
俺の目の前にいるのは、幼少の頃から魔法を極めている少女なのだ。山賊がでてきても、10人程度なら一瞬で無力化できる恐ろしい奴なのだ。
俺もそのことは十分理解しているので、アリシアの言葉に苦笑して返して、これ以上この話題は出さないことにする。
自分の身を守れる奴を過度に心配する意味はない。愚問愚答を掘り下げても仕方がないだろう。
会話に一区切りがつき、黙り込んでしまった俺たちはベッドに腰かける。アリシアに至ってはベッドにダイブして寝転んでしまった。
「疲れた~」
「そうだな」
一週間にわたる野営しながらの旅路に加え、王都に着いてからもゆっくりする暇がなかった。
毎朝の鍛錬でかなり鍛え上げられた俺の体力ですらほとんど残っていないのだから、俺より体力のないアリシアはもう限界を超えているはずだ。
目の前にベッドがあれば飛び込んでしまいたくなる気持ちは十分に分かる。わかるから、俺の部屋でそんな無防備な格好をしないでほしい。目のやり場に困る……
ちなみに、ここは俺の部屋で隣がアリシアの部屋だ。アリシアはすでに荷物一式を部屋に置いてきたらしい。
そのまま俺の部屋に来たということは、しばらくここでくつろぐつもりだろう。もの申したいことがいろいろとあるが、とりあえずは差しさわりのない会話をしておこう。
「なあ、これからどうする?」
「ん~……どんな予定だっけ?」
アリシアは寝転がったまま目線だけこちらに向けて訊き返した。対する俺は、視線をアリシアから離したまま今後のおおまかな予定を思い出す。
「えっと……5日後に入学試験だったな」
俺たちが入学しようと考えているイスパシア魔法学園だが、当たり前のように入学試験がある。当然、受からなければ入学はできないが……難易度は高くないと聞いているので、落ちることはないだろう。
「じゃあ、それまで自由に過ごせるね」
「ああ」
俺の返事を受けて、アリシアはごろごろと寝返りをうち始めた。完全に我が物顔でくつろいでいらっしゃる。
「なあ、アリシア」
「ん?」
「寝るなら自分の部屋で寝てくれ」
「ヤダ」
アリシアはそう言って体を丸めてしまった。
ちょうど窓からは日が差しており、ベッドで寝ているアリシアを照らしている。そのため、今のアリシアの姿は、窓辺で日向ぼっこをしている猫を彷彿させるものになっている。
(なぜ、俺の周りには動物っぽい奴らが多いんだ?)
まるで忠犬のごとく俺についてくるイブしかり、目の前でわがままな猫のような態度をとっているアリシアしかり。
どうすれば矯正できるか考えたが、すぐにやめてしまった。どう頑張ってもこいつの奔放さを直せる気がしない。
それにアリシアの場合、外面は良いのだから、わざわざ矯正しなくてもいいだろう。
と、そんなことを考えていると、アリシアの様子が変わっていることに気づいた。さっきまでごろごろと寝返りをうっていたのに、今は全く動いていない。
「おい、まさか……」
嫌な予感がしてアリシアの顔を覗き込む。目蓋は閉じきっていて、耳を澄ませば寝息も聞こえる。軽く揺すっても起きる気配はなく、熟睡しているようだ。
まさか今の話の流れで寝落ちするとは思っていなかった。
というか、よくここで寝れるな。寝てる間に俺に何かされるかもしれないじゃないか。
「いや、それはないな」
自分で考えておきながら、即座にそれを否定する。
残念ながら、寝てるアリシアに何かしようという気はこれっぽっちも湧き上がらない。むしろ、とっとと起こして俺がそこで寝たいくらいだ。
アリシアほどではないにしても、俺もそれなりに疲れたのだ。今からでも寝て、疲れをとりたい気持ちの方が強い。
だが、部屋に一つしかないベッドがアリシアに独占されてしまったため、寝ることも横になることすらできない。
同じベッドで寝るのは論外だ。俺もアリシアも気にしないだろうけど、倫理的にアウトなのでダメ。
しかも、アリシアを無理やり起こして部屋に連れていくというのもダメだ。寝ぼけて魔法でも使われようものなら大変なことになる。
結論--
「……眠気覚ましに外でも歩いてくるか」
俺はがっくりと肩を落とし、追い出されるように部屋を後にしたのだった。
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