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王都への旅路

(激闘だった…………)


 倒木に腰掛け、焦点の合わない目で空を見上げる。頭上には青い空が広がっている。

 その清々しい天のもと、俺の体の節々は悲鳴を上げ、長旅の初日にしてすでに満身創痍となっていた。


「レヴィ、どうしたの?」


 疲れ果てた俺とは対照的に、すっきりした顔でアリシアが訊ねてきた。

 思わず「お前のせいだ」と叫びたくなったが、なにも分かっていなさそうな能天気な顔を見ると、不思議と怒鳴りつける気が起きなくなってくる。


 最終的には、もうどうでもよくなって、「なんでもない」とだけ答えておいた。


 さて、どうして俺が瀕死になっているかというと、馬車の中でアリシアがとった行動--俺の肩にもたれかかって熟睡を始めたことが原因だ。 


 当初、煩悩との戦いだと思われていたこの状況だが、時間が経つにつれそうでもなくきなってきた。

 たしかに、密着状態のアリシアからはいい匂いやら体温やらが伝わってきて大変なことになりかけたが、なんとか耐えることができていた。


 だが、一時間ほどすると別の問題が発生する。


 それは、アリシアがもたれかかってきたことで、狭い馬車の中で自由に身動きが取れなくなり、関節が痛み始めたのだ。


 まず大前提だが、馬車の中の環境は良くない。山道などの悪路を進まなければいけないのだ。当然、馬車はガタガタと大きく揺れる。


 ただでさえ座っているのが辛い状況で長時間身動きが取れなくなれば、身体への負荷は当然大きくなるだろう。


 そのこと気づいてからは加速度的に痛みを訴える箇所が増え、3時間が経過してようやくアリシアが目を覚ました頃には、俺の身体で痛まない場所はほとんどなくなってしまった。


 ちょうど、アリシアが起きたタイミングで御者が昼休憩に入る提案をしてくれたのが不幸中の幸いだった。

 まあ、御者が言わなくても自分から提案しただろうが……


 ちなみに、アリシアを無理やり起こして休憩をとるということをしなかったのは、「寝ているのに起こすのは忍びない」なんていう紳士的な理由ではない。

 そんな理由で満身創痍になっていたのでは、俺は遠からず死んでしまう。


 俺がアリシアを起こさなかったのはもっと切実な理由だ。それは、「寝ているアリシアを無理に起こすべからず」という経験則である。


 最近の話だが、魔法の練習のために野原に行くと、アリシアがそこで昼寝していたのだ。おそらく、寝転がったら眠気が襲ってきて寝てしまったのだろうが、そんなところで寝ていたら風邪をひいてしまう。そう思い、強引に起こそうとしたのだが……


 結果、寝ぼけたアリシアが魔法をぶっ放し、危うく直撃するところだった。ちなみに、被害のほどはというと……昼間の空に大きな花火が上がったとだけ言っておこう。


 馬車の中でそんなことさせれば、馬車は間違いなく木端微塵こっぱみじんになるだろうし、俺たちもひき肉になることは想像に難くない。


 身体中から悲鳴を上げたままアリシアを寝たままにするか、アリシアを起こしてひき肉になるか……どちらを選ぶべきかは考えるまでもないだろう。


 とまあ、話は長くなったが俺の目と身体が死んでいるのはこういうあらましだ。


「……お前って本当にわがままな奴だよな」

「いきなりの悪口!?」

「いや、ふと思ってな……」


 今回のことで痛感した。アリシアといるときは、常に何かしらの被害を想定しておかないとしけない。そして、それを我慢する覚悟をしておかなければ……


「ちょっと、失礼なこと考えてるでしょ!」


 アリシアが何か言っているが、悟りの境地に至った俺には聞こえない。

 そうだ、こいつは昔から天災みたいな奴ではないか。子供のような無邪気な精神を持ち合わせているのがアリシアだ。


 結局のところ、時間が経っていろいろなことが変わっても、アリシアはいままでと全く変わっていない。きっと、王都に着いて学園に通うようになってもそうなのだろう。


 上京する相方がずっと子供のままというのは普通なら心配すべき案件だが、一周まわって安心できることかもしれない。


(どこに行ってもこいつはこいつのままってことだからな……)


 しみじみそう思ったところで、いつの間にか体の痛みは引いており、かなり楽になっていることに気づいた。


「よし、じゃあそろそろ行くか」

「ちょっと、無視しないでよ。馬鹿にしてないよね!?」

「してないしてない」

「返事が雑!」


 そんな風にわいわい騒ぎながら、俺たちはもう一度馬車に乗り込んだのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 王都への旅、4日目--


 気が遠くなるほど長いと思われたこの旅も、気づけば折り返しを越えていた。今日の天気は快晴で、澄み渡った青空が見渡せる。


「平和だなあ~」


 馬車に揺られながらぼーっとしていた俺は何も考えずにそう言った。

 その直後、俺は暢気な顔を一転してしかめさせる。


(うわ、なんかいるな)


 俺はこれからの展開を予測し、アリシアに声を掛けた。


「……アリシア、戦闘準備。数は24だ」

「オッケー、12ずつだね」


 手早く情報交換をする俺たちを、御者はぎょっとした顔で見つめる。御者は「戦闘」なる不穏な言葉が出てきたことに、不安がひしひしと伝わってくる。


 だが、実際には彼の視界の中に危険そうなものはない。

 聞き間違いだと思って、御者がほっと胸を撫で下ろしたその時--


「そこの馬車!止まれ!」


 そう言いながら馬車の前姿を見せたのは、体格の大きいガラの悪い男。

 その男を皮切りに、人影が次々と現れ馬車を取り囲む。その数は2()4()人。


 全員男で、服というにもおこがましい襤褸ぼろを一枚羽織っているだけだ。見たところ、ここら一帯を縄張りにしている傭兵崩れの山賊といったところか。


 彼らは山道を走る馬車を狙ってその荷物を奪い取って生計を立てているのだろう。で、今回の獲物はこの馬車だというわけだ。


「中にいる奴は全員出てこい!」


 リーダーと思われる、大きな体躯の男が叫ぶようにそう言った。

 逆らうのも面倒なので、黙って従っておく。


 俺たちがさっさと馬車を降りると、山賊たちは下卑た笑みを浮かべた。視線がアリシアを向いているので、その低俗な狙いが手に取るようにわかってしまう。


「よし、中の荷物を全部持ってこい。持ってくるのはそこの女だ」


 リーダーの男はアリシアを指さしてそう言った。周りから嫌な視線に晒されているアリシアは、あからさまに嫌そうな顔をして、一言だけ呟いた。


「……黙って」

「あ?何言っ--」


 リーダーの男はその先を言うことができなかった。喋っている途中で、急に倒れたのだ。しかも、その周りにいる山賊たちも同じように次々と倒れていき、立っているのは12人だけになってしまった。


「!?……いきなりなんだ!?」

「はいはい、うるさいぞ」


 混乱する山賊たちに、俺はてきとうに言葉をかける。次の瞬間、残っていた山賊たちも一人残らず倒れこんでしまった。


 ……立派な犯行現場の出来上がりである。被害者は、もちろん山賊だ。


 そして、この場で立っているのはその犯人が2人と、凄惨な犯行を目の当たりにして、がくがく震えている目撃者が1人。

 目撃者は、まるで人生で最も恐ろしいものを見たという風な目を犯人たちに向けている。……非常に心外だ。


「あー……じゃあ、手足を縛ってその辺に放っておくか」


 俺がそう言うと、アリシアは軽くうなずいて手際よく山賊の手足を縛りつけていく。御者の視線にさらに畏怖の感情がこもる。


 そんな目を向けられても、仕方がないだろう。このまま放置していたら、新たな被害者が生まれてしまうかもしれない。かといって、こいつら全員を連れて保安所に連れていくのは面倒くさい。


 そこで、無力化してこの場に転がしておくことで、後から来た善人に丸投げしようという算段だ。山賊を連れていけば特別手当がもらえるはずだから、連れていく人は多いだろう。


 そういった高度な打算の下に、こうして黙々と作業を続けているのだが、御者が俺たちを見る目は冷たい。なんなら、山賊を見る目が同情じみているような気さえする。


 俺だってこんなに雑な扱いをするのは心苦しいのだが、あいにくと山賊にかけるような情けも容赦も持ち合わせていない。

 殺してないだけ感謝してほしいものだ。


 ちなみに、山賊が倒れたのは半分は脱水症状、もう半分は酸欠だ。

 前者はアリシアの水魔法で体内の水分を吸い取られ、後者は俺の風魔法のせいで酸素が極端に薄い空気を吸ったためである。


 さらに、もっと前の話をすれば、俺は山賊たちがいることも、彼らが襲ってくることも、その数も完璧に把握できていた。もちろんこれも魔法によるものだ。


 10歳の時に父さんと兄さんたちの3人と試合をしたときに使った感知魔法。これを5年かけて改良、最適化した風魔法--エア・アナライズで探知したのだ。


 俺の半径200メートルまでなら、姿かたちからその様子まで完璧に把握できる。少し精度は落ちるが、最大で1キロ先まで探知することもできる優れモノだ。


 俺は基本的にこの魔法を常時展開している。ずっと使っていれば魔法の訓練にもなるし、今回のように不意打ちの防止にも役立つからだ。


 閑話休題


 10分ほどかけて、ようやく24人の山賊の手足を縛り終えた俺たちは、道に彼らを放置してとっととその場から立ち去った。


 山賊たちを相手にした後、アリシアはぼーっと外を見つめだしてしまったので、手持ち無沙汰になった俺は一人でさっきの戦闘(もはや一方的ないじめ)を思い返す。


(探知魔法も攻撃もかなりスムーズにできるようになってきたな……)


 領地を出てから初めて使った魔法にかなりの手ごたえを感じた。そのことに、少しだけ嬉しくなる。


 魔法は原理はシンプルだが、かなり扱いが難しい技術だ。

 魔力操作は何年たってもいまだに慣れないし、操作を誤れば周りだけでなく自分も危険なのだ。使用する時のプレッシャーは計り知れない。


 だが、使いこなせればかなり万能に近いものだ。それを今回の件で実感した。そして、俺はこれから魔法を使いこなせるようになるための知識や技術を得るために学園に通うのだ。


(…………なんかわくわしてきたな)


 これからどんなことが起こるのかは分からないし、それこそ世界滅亡レベルの大事件が待ち受けているかもしれない。

 それでも、俺にとっては魔法がどんな可能性を見せてくれるのかということの方が楽しみだ。


 俺は少しの不安と多大な期待を胸に抱え、王都へと向かっていった。

おもしろいと思っていただければ、ブクマやポイントなどいただけると励みになります。


よろしくお願いします!

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