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出発

 クルト兄さんが提案した模擬戦--もとい、入学(許可)試験は俺の勝利で終わった。


 試合後のクルト兄さんの態度と言葉が引っかかって仕方なかったが、考えても栓ないことだし、何の憂いもなく学園に入学できるようになった喜びから、その微かな違和感は忘れ去られていた。


 そして、15歳のある日--


「レヴィ様、忘れ物はございませんか?身だしなみは大丈夫ですか?それから……」

「うん、イブ。大丈夫だぞ。というか、心配しすぎ」


 俺は屋敷の前でイブに詰め寄られていた。実に3度目のやり取りに苦笑気味に返事をする。横にいるアリシアに関しては若干呆れてる節まである。


 そして、イブの後ろには父さんを始め、母さん、クルト兄さん、それからアリシアのお父さんとお母さんが立っている。


 今日は俺とアリシアの旅立ちの日だ。学園入学のため王都へと出発する。そのため、家族総出で見送ってくれるのだ。


 ただ一人、マーク兄さんだけがこの場にいないが仕方ない。兄さんは4年前に騎士団に入団し、この領地から出ていってしまったのだ。

 家には定期的に手紙を送ってきており、そこには王都で平穏無事に生活している旨が記されていた。


 今までは手紙を受け取る側だったが、これから送る側にならねばならない。そのためにも、そろそろ出発しないといけないのだが……


「こらこら、イブ。そろそろ離れなよ」

「…………嫌です」


 クルト兄さんの苦言にイブは心底不機嫌そうに答えた。

 嫌です、て……子供じゃあるまいし。


 呆れる俺をよそに、このメイドは離れる気配がない。

 まるで子を見送ろうとして離れられない親のようだが、イブに関してはあながち間違ってもいない。


 イブは俺の乳母だったわけだし、それからほとんどの時間ずっと一緒にいたのだから、離れがたい気持ちは十分にわかる。


 それに、学園に入ったら寮暮らしが始まる。当然、頻繁には戻ってこれないだろうし、戻って来ても早くて半年後だ。

 毎月手紙を送る気ではいるが、少なからず疎遠になるのは間違いない。


 とはいえ、だ。24歳の金髪赤眼の美人が聞き分けのない子供のような態度をとるのはいかがなものだろうか。


 普段が有能であるが故に、なおさら今の残念さが際立っている。


「イブ、離れろ」

「ですが……」

「離れろ」

「…………はい」


 若干強めの口調でそう命令すると、イブは肩をシュンと落とし渋々離れた。まるで捨てられた子犬のようなその姿を見て、思わずに吹き出しそうになるのを我慢する。


「さすがだね、レヴィ」

「何がですか」

「さあ、何だろうね」


 クルト兄さんが面白そうに俺を見ている。

 いや、俺だけじゃないな。俺の横--アリシアの方も見ている。何を見ているのかと思って、アリシアの方を見ると……


「……なんて顔してるんだよ、お前」

「…………別に」


 と、あからさまに不機嫌そうな顔と口調でアリシアが答える。俺を見てくる目なんて、完全にジト目だ。


(絶対なんかあるだろ……)


 そう思ったが、決して口にはしない。

 アリシアと知り合ってからもう15年近く……俺には分かるのだ。ここで何か指摘しようものなら、間違いなく藪蛇になる。


 見える地雷は決して踏まない。

 俺は下手なことを漏らさないように口を固く閉ざした。


「ふふ……まあ、仲が良いようで僕は安心したよ。元気でね、レヴィ」

「うん、いってくるよ、クルト兄さん」


 別れの言葉は、昨日さんざん交わした。俺にはこれだけで十分だ。アリシアの方も特にないらしく、軽く手を振るだけだった。


 俺は家族の視線を背中に感じながら、止めてあった馬車に乗り込む。続けてアリシアも入って来て、馬車の扉が閉じた。


 そして、俺とアリシアを乗せた馬車はゆっくりと動き出したのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「でね、お父さんが『常に気品ある行動を心がけなさい』って。それだけだよ。家を出ていく娘にもうちょっと言うことないのかな」

「まあ、あの人は無駄なこと言わないタイプだろうからな……」


 ゆったりとした揺れを感じながら、俺とアリシアは馬車の中で雑談をしていた。いや、ほとんどアリシアの……特に彼女のお父さんに対する愚痴だった。


 アリシアの口からとめどなく溢れ出してくる父親への愚痴に、相槌を打ちながら話を聞いていく。聞いているうちに、よくそんなに言うことがあるなと感心したくらいだ。


 愚痴を聞きながら、これからの予定を再確認する。俺たちはこの馬車に乗って一週間ほどかけて王都に向かう。


 ひどい長旅だが、それも仕方のないことだ。王都は王国の中心に位置しているのに対して、スパーダ領、エストーレ領は国の端--帝国に面している位置にあるのだ。


 しかも、距離が遠ければ道も悪い。山を登らなければいけなかったり、森の中を通らねばならないこともある。

 また、当然ながらその期間はずっと野宿になるから疲れもたまることだろう。


 そして、長旅の時間の大半は馬車の中で大人しく座っているだけで、特にやることがないのだ。

 幸い、俺たちは2人で乗っているので互いが話し相手になる。そのため、現在進行形で暇つぶしを兼ねて愚痴を聞いている。


 あまり気持ちのいいものではないが、他に話すようなこともない。アリシアの鬱憤晴らしもあるので、このまま続けさせよう。


「ちょっとレヴィ、聞いてる?」

「ああ、聞いてるぞ」

「ホントかな……まあいいや。でさ、お母さんは昨日いろいろお話してくれたんだ。学園楽しみだねとか、不安なことはないかとか」

「さすが、サリーさんだな」

「でもね、お父さんはまるで関心がないみたいにさっさと部屋に戻っちゃったんだよ」


 その言葉に俺は顔を引きつらせる。

 アリシアはありえないという風に不満を捲し立てているが、俺にはアリシアのお父さん--セシル=エストーレさんが部屋に戻った理由に検討がついた。しかも、その行動が分からないでもないから、なおさら反応に困る。


 セシルさんは寡黙で厳格な人だ。必要なこと以外で自ら話すことはなく、気品と規則を何よりたっとんでいる。


 これだけ聞くと機械のように冷淡な人相を思い浮かべるだろう。奔放なアリシアとは対極に位置するような人だ。

 だが、セシルさんをよく知る父さんによれば、セシルさんはかなり感情的な人らしい。


 そして、今朝俺はそれを実感した。

 アリシアが彼女のお母さん--サリー=エストーレさんと話している間に、セシルさんがこっそり俺に近づいてきてこう言ったのだ。


「娘を頼む」


 その言葉を伝えたセシルさんの目が腫れているのを俺は見てしまった。

 セシルさんはアリシアが思っているほど冷たい人ではないし、娘思いのいい父親だと思う。ただ、少しだけ不器用なだけだろう。


 だから、そんなにぼろくそに言わないでくれ、いたたまれない気持ちになる。


「レヴィの方はどうだったの?」

「ん?俺?」

「うん、お父さんとかお母さんに心配されたり、なにか言われたりした?」

「ああ……父さんたちは普通だったよ」


 母さんは、俺が王都に行くということで、環境が変わることを少し心配していたがそれだけだ。

 父さんやクルト兄さんにいたっては欠片も心配していなかった。

 曰く、10歳の時点で剣術が巧い大人3人を相手取って勝てる奴を心配する必要性はない、とのこと。その通りだ。


「お父さんたちは?」

「うん」


 一方、アリシアは怪訝そうに首を傾げた。俺の言い回しが気になったのだろう。

 確かに、()()()()()()心配しなかったのだが……


「イブがな……」

「…………」


 俺が遠い目でそう告げると、アリシアはなぜか不満げな顔をする。

 そんなアリシアを不思議に思いながら、俺は昨日のことを話す。


「……イブが一日中、文字通りくっついて離れようとしなかった」

「…………」


 俺の発言にますます眉間に皺を寄せるアリシア。一体何が不満なのだろうか。


 まあ、アリシアは置いておいて、今はイブの話だ。

 アイツ、昨日一日本当に離れようとしなかった。それこそ、朝起きたときには目の前にいやがったし、普段よりも近い距離間で接してきた。


 極めつけは当然のように同じベッドで寝ようとしてきた。さすがにキレて、部屋から追い出したのだが……


 そもそも、イブは俺について王都までついてくるつもりだったようだ。その企みが発覚したのが、つい1か月前の出来事だ。


 その時はかなり大変な騒ぎになった(主に俺とイブとの言い争いで)が、俺の全力の却下とクルト兄さんの家主命令によって、イブは屋敷に残ることになった。


 それが決まったときに、イブがまるで血涙を流しそうな勢いで歯を食いしばっていたのがとても印象深い。しばらく、あの顔が夢に出てきた。完全に悪夢である。


「あいつ、年を重ねる毎にどんどん残念になってる気がするんだよな……」

「そうなんだ…………」


 俺がイブに対する所感を述べるが、アリシアは気のない返事をするだけだ。どうしたのかと心配しているうちに、アリシアは不満顔のまま口を開く。


「レヴィってイブと仲いいよね」

「仲いいというか、俺は親子みたいなものだと思ってるぞ。……最近、イブの態度が忠犬のそれっぽくなってきたけどな」


 俺の後ろについてまわるイブを犬と重ねてしまって、思わず笑ってしまう。……意外と言いえて妙かもしれない。


 そうして、一人で笑っているとアリシアがおもむろに俺の肩にもたれかかってきた。一瞬、何が起こったのかわからなかった。


「……アリシア?」

「何?」

「いや、何してんの?」

「もたれかかってる」


 それは分かる。理由がわからないのだ。


「昨日、お母さんと話してたから寝るの遅くて……」

「だから、眠たいと?」

「うん」


 そう言いながら、アリシアの目蓋は次第に下りていった。

 そうして、目を閉じたかと思えばすぐに寝息を立て始める。本当に眠かったらしい。


(だからって、この態勢は止めてくれよ……)


 いつもながら、この幼馴染の突飛な行動には頭を抱えたくなる。

 肩にもたれかかられると、必然的にかなり密着することになる。そうなると、アリシアの体温とか柔らかさとかが、ダイレクトに伝わってくるのだ。


 特に問題なのは、ここ数年で急激に大きくなった胸だ。

 それを無防備に押し付けてくるのだから、年頃の男としては気にせざるをえない。


 中身はかなり歳食っているが、身体は健全な少年のそれだ。アリシアの感触に嫌でも反応して……


(いかんいかん、煩悩退散!)


 と、邪な考えを消し去るようにギュッと目を閉じる。すると、ふといい匂いが鼻孔をついた。言われずともわかる。アリシアのそれだ。


(勘弁してくれ……)


 ため息をついたところで、状況は変わらない。

 ここから、俺の長い戦いが始まるのだった……

おもしろいと思っていただければ、ブクマやポイントなどいただけると励みになります。


よろしくお願いします!

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