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 勝負あり。俺の勝ちだ。


 俺は肩で息をしながら父さんに近づく。父さんは仰向けになったまま指一つ動かない。


(気絶した……?)


 地上3メートルで腹に打撃をくらってそのまま受け身も取らずに落ちたのだ。俺は自分でやった負い目もあり、恐る恐る顔を覗き込む。

 すると、父さんの目が動いて俺の顔を見た。意識ははっきりしているらしい。だが、一向に身体を動かす気配はない。


(まさか、頭を打って神経に支障をきたしたのか?もしそうだったらまずいぞ!)


 時間が経つにつれ、嫌な想像が勝手に膨らんでいき一人で焦りだしてしまう。が、俺の心配は杞憂だったようで、父さんの口が微かに動いた。


「……負けた」


 声は聞こえなかったが、そう言ったのが口の動きからわかった。

 同時に、安堵と納得をする。


 10歳の子供相手に3対1で戦って負けたのだ。

 俺が魔法を使ったため純粋な剣術の勝負ではなかったが、剣の腕で武勇を誇った過去を持つ父さんの心情は推して知るべきだろう。


 そして、兄さんたちも同じように感じているらしい。心なしかいつもより重い足取りで父さんの傍に寄ると、その体を助け起こした。


 3人とも試合が始まる前とはうって変わって、今は哀愁さえ漂うなんとも物悲しい顔になっていた。


 こんな顔をさせているのは完全に俺のせいなので、少しだけ悪い気がしないでもないが、勝負は勝負だ。恨まないでほしい。


「……俺の勝ちです」


 俺は3人を見渡しながら、念を押すようにそう告げた。

 それを聞いた3人は一様に顔を曇らせる。その顔は勝負に負けた悔しさと幾ばくかの不満を孕んでいるように見えた。


「……レヴィ、確かにお前の勝ちだ。だが、それほどの剣の腕を持つお前が騎士にならないというのは、俺には納得がいかない」


 父さんが苦渋に満ちた顔をして、顔に表れていた不満を告げる。


 確かに、父さんの言っていることは正論だ。

 剣術が強いなら、騎士になったほうがきっと幸せになれる。父さんはそう考えているのだろう。


 それでも、俺は折れる気はない。だから、説得のために言葉を紡ぐ。


「父さんたちが俺に魔法学園に行ってほしくないのは分かってる。でも、今俺が勝てたのは魔法があったからなんだ」


 俺の反論に3人の表情が変わった。

 少し驚いたようなその顔を見て、もう一押しにさらなる言葉を重ねる。


「だから魔法学園に行かせてほしい。剣の腕を磨くために、()()()()()()()()魔法も学びたいんだ」


 これこそが、俺が知恵を絞ってたどりついた唯一の説得法だ。


 魔法をそれ単体として見るのではなく、剣術の補助として利用するという発想。これなら、剣術を切り捨てることなく魔法を学ぶための十分な理由になるはずだ。


 それを立証するため、俺はこの試合で()()()()()()()()()使()()()ということをアピールしながら戦っていた。


 そもそも、試合に勝つだけならここまで苦労することはないのだ。

 身も蓋もない話をすれば、試合開始と同時に魔法で全員吹き飛ばせば簡単に勝てる。他にも、自分だけ空を飛んで安全圏から魔法で狙い撃つなど、勝つ方法ならいくらでもある。


 だが、そんなことをすれば間違いなく父さんたちは納得しないだろう。

 俺の学費を負担してやろうなんて考えに至るわけがない。


 それでは困るのだ。そのため、俺は魔法が剣術の役に立っているということを3人に見せつつ、そのうえで勝たなければいけなかった。


 条件が厳しくかなり苦労したが、その甲斐はあったようだ。

 目の前の3人は、俺の説得に三者三様の反応を見せている。


 これ以上はないというほど苦々しい顔をしている父さん。

 肩を竦めて苦笑するクルト兄さん。

 目を閉じて微動だにしないマーク兄さん。


 重い沈黙が場を支配している。

 父さんたちは許可も却下もせず、ただいたずらに時間が過ぎていく。

 その間、俺はずっと嫌な汗を背中に感じていた。


 果たして、俺の説明で3人は納得できているのだろうか……


 永遠にも錯覚しそうな時間の中、ようやく父さんが口を開く。


「……好きにしろ」


 その顔は苦虫を嚙み潰したようなものだったが、確かにそう答えた。

 クルト兄さんの方を見ると、微笑みながら頷き返してくれる。マーク兄さんは相変わらず何も言わないが、否定する風ではなさそうだ。


「レヴィ、君の勝ちだ。おめでとう。約束通り、イスパシア魔法学園に入学してもいいよ。父さんもこう言ってるしね。後、レヴィが心配している学費はちゃんと払うから安心して」


 まとめるようにクルト兄さんが話す。

 それを聞くと同時に全身から力が抜けていくのを感じる。


「よ、よかった……」


 俺はその場にへたり込んでしまう。

 さっきの沈黙で精神をすり減らしてしまっていたおかげで、喜ぶこともできない。ただ、安心感だけが胸に広がっていた。


「おめでとうございます、レヴィ様」

「ああ……ありがとう、イブ」


 差し出されたイブの手を掴んで立ち上がる。


「上手くいきましたね」

「ホント……よかったよ」


 そうやってイブと話していると、クルト兄さんが面白そうにしながら近寄ってきた。


「もしかしてさ、イブはレヴィがこうすることを知ってたの?」

「はい、練習のお相手をさせていただきました」


 そう、イブには今回の試合で使う魔法の訓練として何度も模擬戦をしてもらったのである。ちなみにだが、アリシアもだ。


 クルト兄さんに条件を出されてから試合までの間に1か月の期間があったのはその練習期間だ。


 練習は思ったよりも難航した--というか、風魔法を利用した攻撃察知が難しすぎたのだ。

 結局、常に成功率100%とはいかず、今回上手くいったのもほとんど奇跡の賜物だと言える。


「なるほど、確かにあんな神業を一発で成功されたらたまったものじゃないね」

「全くです。……ところでレヴィ様、最後にゲイル様を吹き飛ばしたのは一体何ですか?練習では見たことのない魔法でしたが……」

「そういえばそうだね。父さんを吹き飛ばしたとなると、かなりの威力だったと思うんだけど」


 2人が俺を見て訊いてくる。その奥で父さんもこちらに顔を向けているのが見えた。とどめを刺そうとしたところで自分の身に起こったことだし、気になるのだろう。


 ここは、正直に話すことにする。……少しだけ後ろめたく思いながら。


「あれは、周辺の空気を大量に集めて圧縮した塊に指向性を持たせて破裂させたんだ」

「…………レヴィ様」

「言うな、イブ」


 俺の答えにイブは察しがついたようで、遠い目をし始める。俺も同じく遠いところを見て現実逃避に走る。クルト兄さんや父さんはそんな俺たちを見て、困惑しているようだ。


 この魔法、アリシアの魔法から着想を得たものだ。

 何かと言うと、アリシアが炎魔法を大量に圧縮してミニ太陽もどきを作ったときのアレだ。


 あの時、俺たちは全力で止めにかかったし、今後使うことも禁止した。

 雄大な野原が火の海になることを危惧したからだ。


 では、あれが空気を圧縮したものだったらどうだったかというと、やはり止めにかかっただろう。それが解き放たれれば、辺りの自然が根こそぎ吹っ飛ぶだろうと思われるからだ。


 圧縮させたものを一気に放出するというのはそれほど危険なことなのだ。膨大なエネルギーが一気に放たれるのだから当然だろう。


 そして、俺はその危険な魔法を実の父親に放ったわけだ。

 アリシアには禁止したにもかかわらず……


 もちろん、上手く調整して体が飛ぶ程度の威力に抑えてはいたが、少しでも加減を間違えれば、父さんの腹にトンネルが開通していたかもしれない。

 かといって、威力を弱めて不意をうてなかったら意味がなく……


(本当にギリギリだったな……)


 改めてこの試合の勝機が、紙よりも薄かったのだと実感する。

 それから、脳内でジト目のアリシアにも謝っておく。まあ、言わない限り本人は知る由もないんだが……


「なにはともあれ、よくやったねレヴィ」


 俺が自分で良心を痛めていると、クルト兄さんが称賛の言葉をかけてくれた。

 返事をしようと、顔を見上げると兄さんはなにやら上機嫌な顔をしている。まるで自分のことように嬉しそうだ。


 その様子を見て、ふと気づいた。


(クルト兄さんが俺の入学に反対したのはなんでだ?)


 本人は『自分の力になるから領地を出てほしくない』と言っていたが、果たして本当にそうだろうか?


 まず、領地を出てほしくないなら入学に条件を付けることはないだろう。問答無用で却下すればいいだけだ。

 今回の条件は無理難題じみていたから、俺がクリアできないと踏んでいた?


(いや、それもおかしい)


 だったら、今の兄さんの嬉しそうな顔の説明がつかない。


 口では俺の入学を反対しておきながら、父さんに取り次いで試合ができるように計らい、実際にクリアすれば心底嬉しそうな顔をする。


 これではまるで……


(むしろ、俺が魔法学園に入学するのに賛成している?)


 だが、それならば最初からそう言えばいい。わざわざ一度反対する意味は皆無だ。

 クルト兄さんの意図がわからない。そう思って怪訝な顔をしていると、


「……強くなってね、レヴィ」


 おもむろに兄さんが顔を近づけ、耳元でぼそりと呟いた。

 声は小さく、傍にいたイブにも聞こえていなかっただろう。はっきりと聞こえていたのは俺だけだ。


 その言葉の意味を問おうとする前に兄さんは顔を離し、そそくさと立ち去ってしまう。

 俺はその後ろ姿を悶々としたものを抱えたまま見送った。


 喜ぶべき結果を出した試合の後で、俺は魚の骨が喉に引っかかっているような違和感を感じていたのだった。

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よろしくお願いします!

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