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プロローグ

 見渡す限り火の海。それが、今俺の目に映っている光景だった。


 どこを見ても燃え盛る炎。一度それに触れれば、人体は1分も経たないうちに燃え尽きてしまうだろう。


 現に、何人もの人間だったものがその身体を炭に変えて横たわっている。

 その数は十や二十では到底足りない。千もしくは万にも届きそうなほどの焼死体が、そこら中に転がっているのだ。


 ここは雄大な野原だったはずなのに、草の代わりに人を踏まなければ、まともに歩くこともできない。


 その非日常だが、()()()()()()()()()()光景を見ながら、俺は耳を澄ます。


 聞こえてくるのは、金属同士がぶつかりあう甲高い音、何かが爆ぜる爆音、そして誰かの怒号。


 そのいずれの音も自分からの距離が遠いことを確認してから、地面を這いずって慎重に進む。


 死体まみれの地面を這いずって移動しているのは、死体に紛れて敵に見つかりにくいということもあるが、単純に立って歩けないのだ。


「くそっ……」


 小声で悪態をつきながら、俺は右足を見る。

 そこには、あるべきはずの膝から下の部分がなくなっていた。


 敵に切り落とされたのが、つい数分前の出来事。そこから乱戦になった時に、なんとか逃げおおせたのはまさに奇跡だった。


 辺りは火の海になっているためすぐに止血できたが、歩けないことには変わりない。


「急いで逃げないと……」


 この地獄のような状況から抜け出すために、少しずつ這って進む。


 このまま死体に紛れて動けば、いつかは戦場から逃げ出すことができるはずだ。


 そんな俺の淡い期待は、次の瞬間に粉々に打ち砕かれることになった。


「……ここにもいたか」


 声が聞こえたとき、自分の身体から一気に血の気が引くのを感じる。

 金縛りにでもあったかのように、指一本動かすことができない。


「そこにいるのは分かっている」


 再び聞こえてきたその声は、紛れもなく自分にかけられたものだった。

 俺は震えながら顔を上げ、声をかけた人物を見上げた。


 そこには一人の男が立っていた。

 だが、男のその姿に俺は目を疑ってしまう。


 だってそうだろう。男の着ているローブには一切の汚れが見当たらないのだ。

 死体があちこちに転がり辺り一帯は火の海になっているこの状況で。


 絶句する俺をよそに、男は無言のまま右手を前に突き出した。その直後、その手の前にに巨大な火球が現れる。その大きさは直径2メートルを超え、人ひとりなら呑み込めるほどだ。


 男は依然として黙って俺を見ている。対する俺は、その間何もできなかった。


 這いつくばっている俺に、巨大な火球が迫りくる。俺はその時間をやけにゆっくりと感じた。


 次第に近づいてくる火球を見ながら、いろいろな思いが頭を過る。

 「死ぬのは怖い」だとか「まだ生きていたかった」だとか……


 そんな中で、最も強く感じたことが、


(あんな魔法を使ってみたかったな……)


 火球はとうとう俺に触れ、その部分から体を焼き焦がしていく。腕を、肺を、内臓を、顔を……

 俺は叫び声を上げることもできず、すぐに意識を失った。


 そうして、この戦場に焼死体がもう一つ増えたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 意識が復活すると、俺は部屋にいた。家具の類は一切なく、壁、床、天井の全てが真っ白な空間だった。


(どこだ、ここ……?)


 俺はその言葉を口にしようとしたが、それは出来なかった。というのも、言葉を発するための口がなかったのだ。

 しかも、口どころか身体そのものがなかった。


 意識はあるのに、身体がない。


 その怪奇現象に頭を悩ませたいところだが、それ以上に気になるのが目の前にいる女だ。


 白い長髪をしたその女は、この何もない空間の中央で佇んでいる。

 そして、淡く青色に輝く2つの目はじっとこちらを見ていた。その様子はまるで実体のない俺を捉えているようである。


 この空間といい、身体のことといい、聞きたいことが山ほどあるのだが、あいにくと文字通り口を開けられないので質問ができない。


 結局、何もできずに待っていると女の方が話し始めた。


「初めまして。この世界の女神をやっている、エルフィンと申します」


 彼女はにっこり笑ってそう言う。

 対する俺は頭にハテナを浮かべる。


 とりあえず、目の前にいるのは女神を自称する女。普通ならありえないと言って無視するところだが、それを言えば俺の状態こそありえないのだ。


 ならば、まるで女神を職業のように語るこの女––エルフィンは本当に女神ということになる。


 というか、女神は仕事なのだろうか?


「女神は職業みたいなものですよ。任期はだいたい80億年くらいです」


 なんか答えられた!?

 あまりにフランクな物言いとその任期の長さに驚きを禁じ得ない。

 だが、それ以上に驚いたのは、ちゃんと意思疎通が図れていることだ。


(……俺の考えてることがわかるのか?)

「はい。ちゃんとわかりますよ」


 俺の思考に呼応して、エルフィンも反応を返した。偶然などではなく、間違いなくコミュニケーションがとれている。


「聞きたいことが多いかと思いますが、今は私の話を聞いてください」


 今までの優しげな雰囲気から一転、いきなり真剣な顔つきになる。その顔を見て、俺は重要な話なのだろうと察し集中し始める。


 俺が傾聴する態度をとったのが分かったらしく、彼女は厳かな口調で語り始める。


「あなたはミルタ王国とルビア帝国の戦争に王国側の兵士として参戦し、戦死しました」


 エルフィンが語るのは生前の俺についてだ。


 この世界にはミルタ王国とルビア帝国という国があり、その2国が戦争を起こしたのだ。

 理由は確か領地を巡る、一平民の俺には全く関係のない問題だったような気がする。


 そして俺はミルタ王国のしがない兵士で、戦争に駆り出されたのはいいものの、あえなく焼き殺されたということだ。


「そのため、あなたは肉体を消失し魂だけの存在となりました。本来なら然るべきところに送られた後、輪廻転生を果たすのですが、今回は私のもとにお招きしました」


 なるほど、それで身体がなかったわけだ。一つの疑問が解消したが、他にも疑問は山積みである。


 それと、『然るべきところ』というのは追究しないでおく。なんとなくだが、聞かない方がいいような気がする。


「というのも、あなたにお願いがあるのです」

(なんなんだ?)

「はい。もう一度この世界に生まれなおして、世界を救って欲しいのです」

(いきなりぶっ飛んだ話になったなあ!?どういうことだ!?)


 混乱するしかない。

 俺に一体何が求められているんだ??


「理由をお話しする前に、私--女神の仕事について説明したいと思います」


 混乱する俺に対して、エルフィンは落ち着き払った様子だ。

 初めから一貫して乱れることのない安定したトーンの声で淡々と説明していく。


「女神は世界を管理する仕事をしております」

「世界を管理といっても、全てを完全に掌握しているというわけではありません」

「女神に与えられた権限は、世界の観察と軽微な干渉です」

「これをもって世界全体のバランスを一定に保っております」


 エルフィンが次々と話してくれるおかげで、少し混乱から抜け出せた。


 つまり、女神とは調停者のようなものなのだろう。話を聞く限りでは全能というわけではないが、人間にどうこうできる存在ではなさそうだ。


「そして、私は女神の権限で世界の未来というのを見ることができるのです。といっても、精々百年ほど先までなのですが……」


 未来予知ということか。女神だし、それができても不思議ではないだろう。


「その未来に異変が起こりました。突如として、今から20年以降の未来が見えなくなったのです」


 おや?話が不穏な方向に転がりだしたぞ。


「これは、20年後にはこの世界が消えているということを示しています」


 まあ、そうだろう。見るものがなければ、予知もできないのだから。


(それで、その原因は?)

「わかりません。偶発的なものではなく、故意で起こったものなのは確かですが、原因を覗くことはできませんでした」

(そこで、俺が転生してその原因を排除しろ、と……)

「話が早くて助かります。私が直接手をだすのは不可能なので……」


 少し伏し目がちに答えるエルフィン。本当に困っているのがはっきり伝わってくる。

 神だというものだから、もう少し機械的なのかと思っていたが、随分と豊かな表情をお持ちのようだ。


 だからといって、すんなり受け入れるほど俺は考えなしではないが……


(転生したからって、元一般市民の俺がどうこうできるとは思えないんだが?)


 そう、この案件は目の前の女神でさえ手に余る代物なのだ。

 それを特筆すべき点の一切ない凡才に押し付けたところで、結果は見えているだろう。


「もちろん、そのまま転生させるわけではありません。あなたが望む能力をなんでも一つ付与しましょう。また、見事世界を救えたならば、あなたの望みをなんでも一つ叶えましょう」


 俺の懸念にエルフィンが答える。

 そして、それはとても魅力的な提案だった。後者がではなくて、前者が。


 正直、俺はこの依頼には気乗りしていない……というか、面倒くさかった。

 世界が滅びようとも、死んでしまった俺には関係がないし、たとえどんな条件が出されようとも断る気でいたのだが……


(能力、か……)


 俺が今一番欲しい能力を考えたときに、ふと頭を過ったのは、死ぬ直前の瞬間。

 自らを焼き焦がした、敵の火球。俺はそれを生み出した魔法に感嘆していたのだ。


 魔法--それはこの世の事象に作用する力。炎を出す、氷を作る、風を吹かせる、大地を変えるetc……


 理論上はこの世界の誰もが使えるが、自在に使いこなせるのは一握りだけ。

 かくいう俺もそれなりに魔法は使えたのだが、俺を殺したあいつに比べれば、まさに天と地の差だったと言えるだろう。


 魔法が使いたい


 それが俺の純粋な願いだった。

 昔、子供のころに読んだ物語に出てくる魔法使い。それに憧れてからずっとだ。


 その願いは、今の状況を前にして段々と大きくなり……


(どんな魔法でも使えるようになる能力をくれ)


 気づけば、俺はそう答えていた。


 エルフィンはそれを聞いて、にっこりと微笑むと


「わかりました。転生後はあらゆる魔法を使える能力を与えましょう」


 そう言った直後、白い世界に異変が生じる。空間のそこら中に亀裂が入り、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。


 まるでガラスのように壊れ始めた空間は、真っ黒な闇に吸い込まれていく。やがて、俺とエルフィンの足場まで壊れ、俺の実体のない身体は暗闇の中に落ちていった。


「お願いします。どうかこの世界を救ってください……」


 俺が落ちていく中、エルフィンの穏やかな声が、まるで天啓のように伝えられる。


 その言葉を最後に、俺の意識も沈んでいった。

新しい作品です。

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