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令嬢?探偵エリスティーファの事件録  作者: 月魅
アーレンバーグ男爵家殺人事件
2/13

2:探偵? いいえ、事実解明のプロです

二話目です。

まずは事件の詳細をどうぞ。

 ジェスティオはエリスティーファと名乗った人物の名前を聞いて心臓が飛び出るかと言うくらい驚いてしまった。何しろ上位貴族の知識がそう大して無いジェスティオですら知っている有名な名前なのだ。

 カルディナ帝国に存在している大公家は四つしかない。そのうちの一つが東方を治めるオルディン大公家である。しかもオルディン大公家と言えば現在の皇帝であるレジナルド皇帝の唯一の妃にして寵姫であるシエラティーファ妃の生家でもある今一番力のある家だった。


「も、申し訳ありません! 私のような者がオルディン大公家の方の前に姿を現すなどいう無礼を!」


 ジェスティオは慌てて床に跪くと頭を下げる。吹けば飛ぶような歴史しかない男爵家の当主でしかないジェスティオが生涯お目にかかることなど無い相手なのだ。とんでもない無礼を働いてしまったと内心は戦々恐々だった。


「ジェスティオ様、それではお話が出来ませんわ。あなたがここに来られたのはそんなことをするために来られたのですか?」


「い、いえ! けっしてそんなことは!」


「でしたらソファーに座り直してください。私は事件の話を聞くためにここに来たのです。ちなみに探偵と言いましたが、正確には私は探偵ではありません。事実解明が私の出来ることで事件の解決は場合によっては出来ません。それでもよろしいですか?」


 エリスティーファはそう言うと優しく微笑んだ後ジェスティオに手を差し出す。微笑んだ顔の美しさに一瞬呆けたような顔をした後、慌ててジェスティオはその手を取るとソファーに座り直した。


「落ち着かれましたか?」


「は、はい。申し訳ありません」


 ジェスティオは紅茶を飲むと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。これ以上の失態など犯したくはなかったし、向こうの気分一つで自分の首など簡単に飛ぶのだから。


「それでは事件のことをお聞かせ願えませんか?」


 エリスティーファはそう言うと手帳を取り出し始めた。動くたびに金の髪が少しだけ揺れて輝くのから目が離せない。慌ててジェスティオは意識を逸らすと思い出しながら事件のことを語り始めた。


「あれは私が予定よりも勤務が早く終わって実家に帰った日のことでした。その私は騎士だったことがありまして」


「ええ、存じておりますわ。皇帝陛下主催の武神杯で見事準優勝なされましたわね。確かお噂では武神ヴァルノーの寵愛者だとか」


 ジェスティオはそこでようやく気が付いた。エリスティーファはジェスティオが名乗る前から名前を知っていたことに。ジェスティオは今日ここに来ることは誰にも話していない。オルディン大公家がわざわざ男爵家の事件のことを調べるなど考えにくかった。ならばなぜ知られているのだろうかとジェスティオは目の前のエリスティーファのことがとても不気味に見えた。


「別に調べたわけではありませんわ……全記の書よ」


 そう言うとエリスティーファは手の平を上に向けた。ジェスティオにも分かるほど濃密な魔力がエリスティーファの手の平に集まって行く。

 気が付くとエリスティーファの手には一冊の本が握られていた。茶色の革張りの本で見た感じは古そうな本だった。エリスティーファはその本を開くと読み上げ始める。


「ジェスティオ・アーレンバーグ。騎士として剣の腕前は非常に優秀。武神ヴァルノーの寵愛者である。まだ調べることは出来ますがこれ以上は不要でしょう。何も驚くことはありませんよ、私も寵愛者だということですわ」


 ジェスティオは最初は調べたことを書いてある本だとしか思っていなかった。しかし、エリスティーファが寵愛者だと言うのなら話は変わってくる。


 寵愛者と言うのは神に愛された人間の通称だ。この世界には十二の善神と十二の悪神が存在しており、この世界とは違う世界に住んでいるらとされている。そしてそんな神々に愛される人間がたまに出てくるのだ。


 神に愛された者は才能に恵まれたり特別な贈り物を神から与えられている。一人の人間に与えられる寵愛は通常は一つで極稀に二つ与えられている者がいる程度だ。三つの寵愛となるとまず滅多に存在していないが決していないわけでは無い。

 ちなみに四つ以上になると神に近づきすぎるらしく、人の身では耐えられず死亡すると言われている。


「……それは魔器ですか?」


「ええ、私の魔器です。これは使用した魔力に応じて知りたいことを教えてくれる全記の書ですわ。もっとも知りたいこと次第で必要な魔力は違うので万能ではありませんが」


 魔器とは神が寵愛者に与える特別な道具のことである。それは武器であったり鎧であったりすることもあれば、エリスティーファのように本や日常的な道具でもある。ただどれも特別な力を持っており、人の手で作り出せるものではない物ばかりである。


「……私……そんなことを知って無事でいられるんでしょうか?」


 ジェスティオは目の前の魔器が恐ろしかった。とんでもない能力を秘めている魔器なのだ。これがあれば秘密と言うものは存在しなくなるも同然だった。

 体が震え冷や汗が流れる。知りたくも無かった話だけれど知ってしまった以上は無関係ではいられないのだから。


「構いませんわ。こちらにいらしたお客様にはお話していることですから。それにいろいろと制限もあるので思われているようなことは無いと安心してください」


 エリスティーファはそう言うと優しく微笑む。しかし、ジェスティオとしてははいわかりましたと納得することは難しかった。とはいえここで無駄に逆らうことも出来ないので頷いておくことにする。


「わ、分かりました。えーっと、そこまで調べられているということは私の魔器が剣であることもご存じですよね?」


「ええ、もっともこれらの情報はあなたがジェスティオ・アーレンバーグだと分かれば全記の書を使うまでもありませんわ。それくらいあなたは有名ですわよ」


 ジェスティオは悪神が放ったとされている魔物を討伐する任務の際に、自分の魔器であるデュランダーナを用いたことも少なくない。滅多に欠けることが無く、欠けても自らの魔力で修復できる頑丈な剣と言う使い勝手はいいが強力とは言い難い剣だがジェスティオは気に入っていた。


「そ、そうですか……ええと、それでは事件のことを話させていただきます。あれは。そう一年ほど前のことでした」


 いろいろと調子が狂うことはあったが、ここに来た目的を忘れたわけではない。ジェスティオは思い出しながらも当時のことを話し始めた。






 その日は珍しく休みを取って実家に帰省した日だった。当時のジェスティオは北の大公家で騎士として働いており、魔物や盗賊の討伐任務などを中心に請け負う騎士団に所属していた。それなりに長い間実家に顔を出していないので久しぶりに顔を出しておこうと思ったのだ。

 

「ただいま」


「あら、おかえりなさいませジェスティオ様。今日はどうされたのですか? お休みなのですか?」


 アーレンバーグ男爵家は古い屋敷でそんなに広くもないがジェスティオはこの家が好きだった。玄関を開けて中に入るとジェスティオが幼い頃から務めてくれている侍女のラデリアが出迎えてくれた。

 ラデリアは今年で五十になるアーレンバーグ家の古株の使用人だ。ジェスティオ達兄妹は幼い頃を知られているからかラデリアにはどうにも頭が上がらなかった。


「早く終わったから兄さんに会いに来たんだ。兄さんは執務室?」


「アエリウス様でしたら今はご自室で休憩なされているかと。私も先ほど戻って来たばかりですので」


 ラデリアはそう言いながらジェスティオの上着を受け取る。季節はこれから少しずつ寒くなり始める秋に差し掛かっていた。

 ラデリアに食事は屋敷で取ることを伝えアエリウスの自室へと歩いて行く。アエリウスの妻セレーヌが屋敷の中をまとめてくれているおかげか、昔に比べれば屋敷の中は明るくなった気がしていた。所々に花が飾られておりジェスティオの鼻を香りがくすぐっていく。


「兄さんいる?」


 二階の兄の部屋まで来てノックをする。義姉であるエレーヌの姿が見えないからもしかしたら兄と一緒にいるかもしれない。どちらにせよ兄の部屋とは言えノックも無しに入るような教育をジェスティオは受けた覚えは無かった。


 しかし、ノックの返事は帰ってこず、その後何度かノックをしてみても何の反応も無かった。


「あれ? 兄さんは部屋にいないのかな? それとも寝てるとか?」 


 寝ているのならば起こす必要も無いとは思いながらも顔くらいは見ておきたかったジェスティオはドアを少しだけ開けて中を覗いてみることにした。


 なんとなく子供の頃に戻ったような気分で少しだけ開けたドアの隙間から部屋を覗き込む。まだ陽は高く部屋に明りは必要ないはずなのに中は暗かった。よく見てみればカーテンが閉め切ってあるようだ。ジェスティオが疑問に思った瞬間、濃厚な血の臭いが鼻に届いた。嫌な予感がしたジェスティオがドアを開けるとそこには血の海に沈む兄、アエリウスの上半身が転がっていた。


「に、に、兄さぁぁぁぁぁぁん!!」


 慌てて部屋に駆け込むと辺り一面に血をぶちまけたかのように飛び散っている。血に慣れているはずのジェスティオですら吐き気を催す臭いにむせそうになりながらも兄だったものを見てみる。明らかに何者かに引きちぎられているその体は酷いありさまだった。


 ジェスティオは急いで階下へ降り、掃除をしていたラデリアへと命じた。


「急いで衛兵を呼んできてくれ!」


「ジェスティオ様!! ひぃっ!! その血は何があったのですか!?」


「説明は後だ!! すぐに呼んできてくれ!!」


「は、はい!」


 有無を言わさずラデリアを使いに出したジェスティオはあまりの衝撃にそのまま床へと力なくへたり込んでしまう。何故兄があんな死に方をしていたのか? いったい何があったのかさっぱり分からなかった。

 幸か不幸か使用人をそれほど多く雇う余裕のなかったアーレンバーグ家にはラデリア以外には数名しか使用人はいない。何かあったことは隠しようもないが、それでも口止めするには知っている人間が少ない方がいい。


「そういえば義姉さんは!?」


 姿が見えないことを兄の死で忘れていたがあの部屋にエレーヌの死体は無かった。もちろん義姉であるエレーヌが犯人などと思ってもいない。しかし、姿が見えないということは無事かどうかも分からないということだ。

 その後徹底的に屋敷を探したがエレーヌの姿はどこにもなかった。







「だから言っているだろう!! 事件の起きたであろう時間は使用人達は屋敷の外で作業していたから誰も何も見ていないと! それに私も屋敷に帰ったのはあの日が十日ぶりだと!!」


 あれから衛兵はすぐに来たが、現場を見ると誰もろくに調べようとはしなかった。中の凄惨な状況に尻込みしてしまい、屋敷の使用人とジェスティオの話を聞くことで済ませようとしてきたのだ。


 だが、残念なことに事件の起きたであろう時間帯は使用人達はアエリウスの部屋の近くには誰もおらず、それぞれの仕事をしていた。いつもは側に居るラデリアもその日は用事で外出していた。ジェスティオ自身も何が起きたのか当然知るはずがない。今だに見つかっていないエレーヌが何か知っている可能性はあるがどこにいるのかすら見当もつかなかった。


 エレーヌも関与を疑われたがか弱い女性ということで容疑者からは外されていた。また魔術での犯行の可能性も浮上したが、力ずくで引き裂くような魔術など聞いたことも無いという理由で魔術師の犯行も無いと判断されたのだ。


「落ち着いてくださいジェスティオさん。我々も形式上聞いているだけです。こう、何と言いますかあの部屋から手掛かりが見つけられるような状況ではなくてですね……せめて話だけでも聞けないかなと」


 実際は調べれば何か見つかる可能性はあったが、凄惨な現場に誰一人として近づこうとはしなかった。結局聞き取りだけを済ませて衛兵は引き上げていってしまった。残されたジェスティオは仕方なく兄の部屋の片づけをせざるを得なかった。


 それからしばらくして事件の話が噂として広まり始めていた。使用人には口止めしたが何故か噂として広がってしまっていたのだ。アーレンバーグ家の使用人が漏らすとは思っていないジェスティオは恐らく衛兵の口の軽い者が話したのだろうと判断していた。


 実際一部の口の軽い者が酒の席で話していたのだが、ジェスティオにはそのことは知る由もなかった。







「それからは男爵家を継ぐことで騎士を続けることが難しくなって辞めたんです。そうしたら今度は衛兵が私を疑い出して……随分としつこい取り調べを受けました。私がやったわけではないのでどうやったかなんて聞かれてもこまるんですけれどね……アハハ」


 ジェスティオは事件のことを語り終えると力なく笑った。曲がりなりにも貴族であるジェスティオに対して取り調べを強行し、何時間も拘束するなど本来は有り得ないことだった。しかし、男爵家を継いだばかりで事件の後始末や取り調べを受けていたために、貴族としての知識が不足しており、上手く対処が出来ていないが故の状況だった。


「なるほど、それで酷い罵声を浴びたわけですね……帝都の衛兵も随分と質が落ちましたわね」


「それで、最近はあまり呼ばれなくなったんですけれど。今日は取り調べを受けたんです。でも、何かいつもよりもぬるい気がして嫌な予感がしたんです」


「……どう嫌な予感がしたのですか?」


「泳がせておいて証拠を掴もうというような空気じゃなくて、こう何と言ったらいいか……証拠を作り上げようとしているような気がして……」


 ジェスティオはそこまで言いかけて黙ってしまう。自分の言っていることが帝都の衛兵の不正を疑っていると言っているのと同じだと分かっているからだった。しかし、一度そう思ってしまえば誤魔化すことは出来なかった。


「その件ですが有り得ると思いますよ。話を聞いた限りではまともな捜査もされないまま事件の終息を狙っているようですね。分かりました、この事件お引き受けいたします」


 エリスティーファはそう言うと立ち上がりジェスティオへと手を差し出した。差し出された手を恐る恐る握り返したジェスティオにエリスティーファは微笑むとハッキリとこう告げるのだった。


「お任せください。例えどんな事実だろうと私と全記の書からは隠せませんわ」

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