世界が変わった日
「ハアッ、ハアッ、ッハア」
そこは霧に遮られている。いや、周りが辺り一面霧のような水蒸気で満たされていた。
そんな薄暗くほとんど視界が限られている場所において、爆音が鳴るたびに領域の半分以上を占めている大きな湖が蒸発をして水蒸気を作り出している。
この現実では見ないような場所で一人の青年が岩場が積み重なっているところで荒い息をついていた。
「ハアッ、ハアッハアッハア、、、ックソッタレこのクソ竜が!」
そんな汚い言葉を発しないような美形に入るだろう中性的な外見の青年が悪態をついていると、いつの間にか爆音は鳴り止み水蒸気も少しずつ晴れて来ていた。
水蒸気が晴れ、辺りがしだいに視認できるようになってくるとそれは姿を現した。
全長30メートルはあるだろうか。長くたくましい翼。すべてを薙ぎ払いそうな尻尾。研ぎ澄まされたナイフのような爪。そしてトカゲに似た顔。
そこには、ファンタジー世界ではおなじみのドラゴンがいた。
「ハアッハアハアハア、、、フゥー、少し落ち着いてきたな」
青年は息が落ち着いてくると少しずつ今まで起こったことを思い出していた。なぜかというと、それは普通ではありえなく実際には体験できないような日々を青年は過ごしてきたからだ。
「ったく、なんでこうなっちまったかね」
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「はぁ~」
「今日もバイト疲れた~」
俺の名前は回生 理帰、都内の大学に通うピッチピチの21歳だ。
今日も今日とてアルバイトに精を出し、先ほど終わったところだ。今の俺は田舎から上京してきている身なので田舎と比べてバカ高い家賃代や食費、遊ぶお金と稼がなければならないのだ。
なぜ、上京してきたかだって?
そんなもの田舎じゃ味わえない遊びに興じたいからに決まっている。すごくありがちな田舎者の思考回路だが、若いやつなんてだいだいこんなもんだ。
バイト終わりにいつも寄っている弁当屋に夜飯を買いに行き、俺の狭いけれども駅に近く意外と都内にしては静かな自宅に帰ってきて、夜飯を食べながらテレビを見る。
これがだいだい男子大学生な俺の日常だ。
いつも通りの日々を過ごしている俺だったが、そんないつもの日常が唐突に終わりを告げる。
『インストールを開始します』
深夜、俺がワンルームしかない部屋の布団で寝ていると急にそんな声が頭に直接聞こえてきた。
「ッ!?」
俺は布団から跳ね起きるように体を起こした。
普段はカーテンを開けて寝る俺だが、今日はなぜかカーテンは閉めてあった。
だからだろうか、先ほどの頭に直接聞こえていた声に邪魔をされ外の様子を見る余裕はなかった。もし、カーテンを開けていたらすぐに気が付いていたかもしれなかった。
世界がすでに変わりつつあることを。
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理帰が謎の声に戸惑っているころ、世界各地では様々なことが起こっていた。
ある国では、急に地層がせり上がりそこに建っていた住宅が100メートル以上の場所に昇って行ったり、またある国では、交通道路の車道が裂け大きな空洞が出来ていた。日本でも同じような事象が全国各地で確認されている。
自然災害のようなことがあらゆる場所で起きているなかで、共通してわかっていることが1つだけあった。
それは遥か上空にてそびえる7つの大きな建造物だ。
現在の建築技術や科学では実現し得ないようなダンジョンに似たものが、世界の各地から視認出来ていた。
それはまるで、高みから地上にいるすべての者に挑めるのであれば挑んでみろとでもいうような圧倒的な存在感を有していた。
時は少し戻り主人公の理帰の身に変化が起きていた。
「っなんだこの声は。インストール?何をだ?」
『続いて一部記憶を継承します』
その瞬間、何かの光景が浮かんでくる。
それは徐々に鮮明になっていき理帰に様々な場面を見せた。
痛っ。なんだこれは?知らない。俺はこんな光景知らない。ここはどこだ?農村か?
誰の目線でこれを見ているんだ?
自分が見たこともない風景や世界観。
間違いなく行ったこともないような場所の記憶が頭の中に流れ込んでくる。
理帰は戸惑いを隠せないまま呆然とただただ記憶が流れ終わるのを待っていた。
「一部記憶の継承と言っていたな。ということは、これは俺の前世か何かの記憶なのか?]
明らかに俺が知らないことばかり流れてきた。でもなんでだ?俺の記憶じゃないのになぜかわかる。この記憶は俺の体験したものだ
普通だったら世迷言と切って捨ててもいいような戯言だが、俺は確信に近いようなものでこの記憶が自分のものだとわかっていた。
理由としては、突然流れ込んできたわけのわからない声もあるが、体が魂がこの記憶は自分のものだと言っている。
そうして長いような短いような記憶の継承が終わると、俺は流れてきた記憶の通りに自然と《ステータス展開》と口に出していた。声に出した途端目の前にホログラムの薄いプレートが表示された。
プレートを見てみると色々なことが書かれている。
名前:回生 理帰
職業:位階士 [Lv.1]
異能:【回帰】
走力:300[D]
筋力:250[E]
知力:250[B]
魔力:700[C]
運気:90[A]
称号:[器用][可能性の■ ■ ■]
まただ。また体が勝手にするべきことを理解している。勝手に《ステータス展開》なんて厨二っぽいことなんてするはずないのに。
しかしまあ、これは今の俺の力をパラメーターで表したものなのか?
走力とか筋力とかそこらへんのことはだいたいわかるけど、職業とか異能とか厨二か!
「しかも称号ってなんだよ!?[器用]はわかるけど[可能性の■ ■ ■]ってなんなの!?俺の中に眠れる力が~とかその力で世界を救え~とかそういう厨二的な主人公の立ち位置の存在なの俺!?」
ハア、ハア、ハア、、、ま、まあ取り合えず落ち着こう。
1つ1つ確認していこうか。まずは名前は合っているとして職業の位階士ってなんだ?職業なのか?
あ、なんか選択できる仕組みになってる。はいポチっとな。
[位階士]
Lv.を上げていくことにより自らの魂の段階をより高密度にしていく。Lv.を最大にすれば本人の能力の上昇率は計り知れないものとなる。
・・・強っ!?位階士やべーな、Lv.上げていったら俺最強じゃん。てゆーかどうやってLv.上げんだよ。モンスターでも倒せばいいのかな。
っとその前に能力の確認の続きをしないとな。
えーとなになに異能は【回帰】って書いてあるな。これは・・・
[回帰]
自分の体や他人の体を巻き戻すことが出来る。また、生物以外のものにも効果は発揮する。【回帰】したものは一定時間自由に操作することが出来る。Lv.ごとに操作範囲もかわっていく。しかし亡くなった者は巻き戻せない。
・・・チートや!こんなもんチータや!あ、チートなの俺じゃん。
この体を巻き戻すことが出来るってことはどんな怪我でも病気でもする前に戻してしまえばなかったことに出来るってことか。
それとさすがに亡くなってしまった人には効果がないか。そこまで万能だったら俺どっかの新興宗教とかの教祖になれちゃうもんな。
でも【回帰】したものを一定時間自由に操れるのは嬉しいな。これだったら色々なことに応用がききそうだ。
、、、最後に称号だけど、[器用]はわかる。でももう一つの文字化けしてるのなんなんだ?めっちゃ気になる。俺の推測としては職業の位階士に繋がることなんじゃないかと思っている。
まあ、後々わかってくるだろう。
ここまで能力の確認をしていると急に外が騒がしくなってきた。
「なんか外が騒がしいな。なにかあったのか?」
俺は閉め切られていたカーテンを開けると目を疑った。
深夜だというのになぜか明るい街並み。外を徘徊する化け物たち。そして何より遥か上空にあるにもかかわらずはっきりと視認出来る大きなダンジョンのようなもの。
現実ではありえないようなことが起きすぎて、俺はまだ寝ているのかとさえ思っているほどだ。
声も出せずそうして少しの間固まってしまっていると悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ今の?悲鳴か?ここまで声が届くってことは、ここから意外と近い場所にいるってことだよな」
声のトーンからして若い男女が数人ほどだろう。いつも夜中にバイクの音を鳴り響かせている暴走族紛いの連中の声だった。
「やばくね?明らかにこの謎現象が関係してんじゃん」
「なんかモンスターっぽい奴らもいるし、って悲鳴あげてた人達こっち側に逃げてきてる!?」
「ちょっとあんた達男でしょ!?こいつらなんとかしてよ!」
「うるせえな!お前がなんとかしろよ!」
「俺たちも逃げるのに精いっぱいなんだよ!」
「なによそれ!?いっつも私たちに意味わかんない武勇伝みたいなの聞かせてくるくせに!」
「あんなもんちょっと盛って話してるに決まってんだろうが!ってやばいやばい!追いついてきてる!」
そこには言い争いながら走っている数人の男女がいた。彼らはまるで何かから逃げるように走っていた。
後ろの方をよく見てみるとそれは成人男性よりも数十センチは大きい人型のなにかが追ってきている。その人型の何かは辺り一帯に響き渡るような雄たけびを上げながら、先を走っている者たちを追っていた。
「おいおいマジか。本当にモンスターみたいなのがいるんだけど」
「というより逃げている奴ら大丈夫か?明らかにあのモンスターみたいなやつがあいつらのこと追っているみたいだけど」
理帰はカーテンの隙間からそ~とバレない様に外で起こっている一部始終を観察していた。傍から見ていると薄情な奴だと思われるかもしれないが、観察しているのは理帰だけではなかった。
理帰と同じように外からの悲鳴を聞き、なんだなんだと家の中からカーテンや窓を開け、逃げている数人の男女やモンスターのことを見ていた。
誰も彼もこれがまだ現実のことだと理解が追い付いていなく、外で起きていることも何かの撮影やイベントだと認識している人が多かった。
だからだろう。逃げているうちの一人の女性が転倒し、今にもモンスターに襲われそうになっているところに誰も助けに行こうとは出来なかった。
「きゃあ!?」
「おい!大丈夫か!?」
「っつ。いった~い}」
「早く立てよ!あいつがもうこっちにきてるぞ!?」
「ちょ、ちょっとまって。足挫いちゃったみたい」
「なんだよそれ!?」
「お、おいあいつもうそこまで来ているんだけど」
「くっそ。、、、お前ら行くぞ」
「え?」
「いいから行くぞ!早く逃げんだよ!」
「で、でもあいつはどうすんだよ?」
「それは、、、しょうがねーだろうが!緊急事態だ。あいつには悪いが置いていく」
「で、でもよ、、、」
「いいから行くぞ!」
リーダー格の男が他の者たちを逃げるよう促すと、やや戸惑いながらも逃げるために走り出した。転んで走れなくなった女性を置いて。
「ねぇ!まってよ!置いてかないで!」
「悪いな。お前を背負ったままじゃ絶対にあいつに追いつかれちまう」
「ここはお前が囮になってくれや」
リーダー格の男はそう言うと女性を置いていき先に逃げ始めていた者たちの後を追っていった。
「ねぇ!ねぇってば!本当に私のこと置いてくの!?」
「まって!置いてかないで!助けてよ!」
女性は声の限り大声で逃げていった者たちに助けを求めるが、誰もその声には振り向かずに少しでもこの場から逃げたい一心で走っていった。
「ねぇ、、、ねぇってば、、、」
「助けてよ、、、ねぇ」
女性の助けを求める声もだんだんと小さくなっていき、ついにはただ絶望した顔で泣いているだけになってしまっていた。
そしてついにそいつは来た。
「グァォオオオオオオ!!!!!!!!」
そいつは体長は二メートル以上で体の色は緑色。手には人ならば一刀両断出来そうな包丁を持っており、腰みのを巻いた筋肉隆々のモンスターだった。
「ぁ、あ、ああ。ひぃ!?」
女性は髪を振り回しながら動かない足で何とか少しでも逃げようと後ずさる。だがそれはほんの数十センチ進んだだけで、このままいけばそのでかい包丁で叩き切られるのは変わらなかった。
それでも女性は逃げようとするが無慈悲にもモンスターの包丁は振り下ろされる。
「っつ!」
もう駄目だと、目をつぶり衝撃に備えるが、一向に痛みが来ない。疑問に思いながら目を開けていくと信じられない光景が映った。
そこには何か砂のようなものでモンスターの攻撃を受け止めている何かものすごく考え込んでいて、変な顔になっている青年がいたからだ。