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第四話 放課後の二人にアンダーライン

週が明け、吹く風に色濃く秋の気配が混じり始めると同時に、本格的に文化祭の準備が始まった。

 生徒会からのお達しが全校に行き渡り、連日のように、クラスの出し物はどれにするだの、材料は何が必要かだの、役割の振り分けはどうするだのと、ホームルームでの話しあいは時間延長の傾向にあった。


 その一番の原因は役割への立候補が容易に決まらないことだろう。


 他の学校ではどんな風に決まるのかは知らないが、綾坂中学校では往々にして、クラブ所属者は面倒な役柄からは除かれることが多い。そうなるとその面倒な役割に抜擢されるのは誰かと言うと、帰宅部のような、比較的放課後の束縛のない人間と相場が決まっているのだ。


 手を挙げようという勇気ある生徒が出現しない限り、結果はそうなる。薫の一年前の経験上、それは間違いないと言い切れる。


 そして、案の定、今年もクラス全員が嫌いな食べ物を皿の端に寄せるかのような、難航した役割選出の結果、薫と堂野は材料の確保という役割を担うこととなった。


 なんとなく自分に勤まる気がしないと地味に抵抗を続けていた薫たちだったが、周囲のクラスメイトからの「お前ら、どうせ暇だろ? ごちゃごちゃ言わずにさっさとやれ」という無言のプレッシャーに薫たちの牙城はばらばらと瓦解していったのだった。


「まあ、仕方ないよなあ」


 ほぼ確定の立候補の手を挙げた後で、薫は隣の堂野に嘆息交じりの小声で言った。


「文化祭の成功のためには皆で協力しないとだめだろうからなあ」


 薫と同じように手を挙げている堂野ものんびりと同意の頷きを返してきた。


「立候補は小野村君と、堂野君ですね。他にはいませんか?」


 教卓の前でクラスの代表委員が、部屋中を見渡して聞いている。黒板には「材料集め」の文字の横にすぐさま薫たちの名前がチョークで書かれた。


「他にいなければ、これで決定としますが、異論のある人はいませんね?」


 代表委員の呼びかけに、皆は嬉しそうに頷いている。ようやく無限に続くかと思われた話し合いが終了するのだから、当然だろう。

 しばらくの沈黙の後に、


「では、これで決定とします」


 と宣言される。

 すると、薫たちの名前の上に、女子生徒が小さく花のマークを付けた。

 そんな、当選の決まった政治家じゃないんだから、と猛烈にツッコミたくなるが、薫は目を閉じて机に臥せった。


「それでは、先日話し合って決まったように、一組の出し物は『お化け屋敷』ですので、各自、今日からそれぞれの準備を始めてください」


 それでは、解散。

 その言葉と同時にクラス全員が解放された喜びに歓声が上げた。拍手している者もいる。ばらばらと皆が席を立つ音が聞こえ、皆が教室を出て行く。


 臥せっていた顔を上げ、堂野の方を見ると、彼は眠そうに目をこすり、大きくあくびをしていた。どうやら、彼にとってこの時間はかなり退屈なものだったらしい。


 いつもより、幾分も眠そうな顔をしているように見える。


「それで、今日はもう帰るか?」


 薫は椅子に座ったまま足をばたつかせる。


「一応、役割は決まったけど、まだやることもないよな」


 材料を集めるという役目は物品の受注があってはじめて動くのである。まだ具体的にクラス内で出し物の準備が始まって時点では、必要になるものも断定できないわけで、することはないはずだった。


 だが、厄介なことは一旦製作が始まると、怒涛の勢いで物品の注文が入り(それはもう、休み時間になる度に)、あちらへこちらへと奔走しなければならなくなる。

 特に今回はお化け屋敷が出し物であるため、衣装や雰囲気作りのための装飾など、用意するものはかなりありそうである。


 最終的にはてんてこ舞いとなり、わけがわからなくなることも茶飯事だった。そのため、毎年生徒から忌避される役割なのである。


「きっと今年も地獄だろうなあ。製作が遅れてぎりぎりになる奴らが出ることは疑いようがないし」


 予測では、おそらく大半の生徒が直前にならなければ本腰を入れないだろう。

 落胆をしている薫を尻目に堂野はなにやら机の中から数枚の白い紙を取り出した。さらにカバンからは筆記用具も持ち出して、何かを始める様子である。


「何するんだ?」


 薫は椅子を寄せて、覗き込む。


「どうせ仕事をするんなら、楽なほうがいいだろ? だから、そのための秘策」

「秘策?」

「ああ、これから注文書を作るんだ」


 そして、堂野は自信満々に何かを書き始めた。



「なるほどな、こうすれば自分たちのするべきことが明白になるってことか」


 数分後、教室の後ろの掲示板に背伸びしながら用紙を貼り付けて薫は感心する。

 堂野が作った注文書と言うのは、文化祭で様々なグループで必要になったものを一つずつ自由に記入してもらうものだった。


 堂野が白い紙にものさしで表を書き、項目として、「必要なもの」と「注文者の名前」、それから「いつまでに準備して欲しいか」というものなどがある。つまりクラスメイトは薫たちに直接注文をしにくるのではなく、この注文書に記入してもらうというシステムをとるのことにしたのである。


 しかも、堂野は丁寧にも「緊急を要する注文」という表を用紙の下部に設け、注文者にはきちんとした理由を書いてもらうことで、優先順位も決め易くしていた。

 その上、注文受け付けの締め切りまで明記されている。これならば、文化祭直前までぐずぐずと製作を続けている生徒達からの頻繁で急を要する注文も防ぐことができる。


「でも、勝手に締め切りを決めて批難されないか?」


 薫は不安になって堂野に訊くが、彼は飄々として、


「決めてはいけませんなんて誰も言ってないだろ? それに、こっちには早めに行動を始め、準備を円滑にすすめるため、という列記とした理由がある。だから、むしろ感謝されるんじゃないか?」


 とそう説明した。


「なるほど」


 やはり堂野は頭がいいな、と薫は納得した。

 再び、堂野の注文書を見て、確かにこれならば、効率も格段に上がるし、なにより分かり易いだろうと思った。


 しかし、考えてみれば、当たり前と言えば当たり前の方式ような気もするが、薫は今までこんなやり方をしている人間を見たことが無かった。


「なんで今まで誰もこうしようとしなかったんだろう?」


 疑問に思ってそう訊いた。


「さあね、皆、そんなこと適当でいいと思ってたんじゃないの? 注文が来たらそのとき対応すればいいと思ってたんだよ」

「ああ、言えてる」


 だから、今まではやることが後手後手に回って、大変だったのだ。


「物事はどう前もって準備するかによって、ずいぶん取り掛かりやすくなると思うんだよ。そうすれば、どっしりと構えていれる。よく言うだろ、転ばぬ先の杖さ」


 ふうん、と薫は画びょうで用紙を留めている堂野を見上げる。

 いつもぼうっとしているようだが、それを信条にしているからこそ、準備が行き届き、ゆっくりと過ごしているのだろうか。堂野はただ気が抜けているのではなく、余裕を持って行動しているのかもしれないと薫は思う。


 すると、堂野はちらりと薫が留めている用紙を見やり、


「薫、それはもっと上がいいよ」


 と注意してきた。

 その指摘に薫は自分の目線の高さに用紙を持ってきていたのに気がついた。


「あ、ああ。ごめん、背が低いから、つい……」


 クラスの人間の背丈を標準にするならもう少し高いほうがいいのだろう。ぼんやりしていた薫は苦笑いした。

 それに対し、堂野は一瞬、息を詰まらせたようにして、


「あんまりマイナスに考えない方がいいよ」


 とぽつりと言った。


「え?」

「その、背が低いとか、さ」

「あ、うん」


 言ってから、苦笑いした自分の顔はそんなに暗かったのか、と不安に思った。数日前の憂鬱を思い出す。心の内の感情が、知らず、滲み出しているのかもしれない。


「そうだよな、身長なんて俺がどうこう出来るものじゃないし、深く思い込むだけ無駄ってもんだ」


 ごまかすように、明るい声で言った。画びょうをずぶりと壁に突き刺す。

 すると、堂野は用紙の紙を伸ばし、


「もっと明るく考えてさ、自分のいいところを少しずつでも見つけていくといい」


 と言った。

 本当に真剣に言っているのか分からないようなあっさりとした言い方だったが、薫にはそこに彼の優しさが潜んでいるのに気がつく。それが、直感で分かったのだ。


「……」


 堂野を見上げたまま、一瞬言葉を失う。


「偉そうだけど、俺からのアドバイスだよ。薫にはそんなことで暗くなってもらいたくない」

「うん。堂野、ありがとう」


 そう素直に感謝すると、堂野は珍しくも恥ずかしがっているのか、視線をあらぬ方向に向けた。


「た、大した、ことじゃない」


 と変にどもる。

 一息をついて、ごまかすように


「よし、今日はこれで終わりにしよう」


 と言った。

 そして、最後に画びょうで留めると、堂野は自分の作業を誇らしげに見つめた。

 薫もそれに習って、用紙を見つめる。

 ほほお、と眺める。


 教室はすでに薄暗くなり始めていた。

 それからタイミングを測ったように、学校のチャイムが鳴り響く。

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