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最終話 その言葉にアンダーライン

最終回です。


以前の話を修正しました。読みやすいように会話と地の文を分けました。今まで読みづらかった方、申し訳ないです。


6/23 最後があっさりだったというご意見をいただいたので、修正してみました。なんとか十七話と同じ日に修正することが出来てよかったです。

変化した点は十七話と同じように他の人のエピソードを追加してみました。これでどんな感じに変わったか、自分では判断しづらいため、もっとこうした方がいいというご意見がございましたら、お聞かせください。

「ふう、これで全部かしら?」


 ダンボール箱に入った荷物を部室の倉庫に置きながら、有川久美は重たい吐息を漏らした。


「ええ、衣装も山下先輩が持ってきてくれましたし、小道具もそれで揃っているはずです」


 蛍光灯の明かりで照らされた部屋に立っている奥山紗江がそう言った。一仕事を終えた後とは思えない元気のある声である。


「どっこいしょ、はあ……」


 その背後で一際重そうな箱を山下が床に下ろした。階段も上って来たので、完全に息があがり、両肩をぶらんと垂らしている。


「はい、ご苦労様」

「あ、ありくわ、お前、どこまで俺をこき使うんだよ。はあ、はあ、残業代は、もちろんでるんだろうな」


 彼はダンボールに肘をついて有川を睨む。すると彼女は指で眼鏡をくいっと持ち上げ、


「ご愁傷様、そんなものはびた一文、払いませんから」


 と高らかに宣言した。


「ぐぬぬ、の、呪ってやる。ま、末代まで」


 歯軋りをする山下。

 しかし、そんなことは気にせず、彼女は優しく諭した。


「あなた、分かってるわよね、これは罰だってこと。一週間は演劇部のために働きますって宣言したんだから、その場にいた演劇部員全員が証人よ」


 その言葉に周囲にいた部員たちが深々と頷く。うう、と山下の絶望の呻きが聞こえる。


「それにそんな無駄口叩けるくらいなら、まだ働けるわね?」

「無理、もう虫の息だから」


 すると彼は、ぐでんと四肢を投げ出し、死んだ振りをする。


「ああ、本当だ。死んでるみたい」


 いたずらが好きな有川はにやついて、そんな山下の脇をくすぐってみる。


「……ふ、ふふふふ、や、やめれ」


 堪えきれず苦しそうに笑い出す山下の顔はひくひくと痙攣している。


「そう言えば、他の人たちはまだですかね。馬場君も帰ってこないし、誰か知ってる人はいますか?」


 奥山が倉庫の入り口を見ながら倉庫の中にいる他の部員に訊ねた。


「さあ?」

「知らないけど?」


 帰ってくる返事に手がかりはない。


「ううむ」


 山下をくすぐるのに飽きた有川は顎に手を当てる。彼女は特に彼らに特別な指示をしていない。そのため、もうとっくに帰ってきていいころなのだ。

 すると、ドアの向こうから大勢の足音が向かってくるのが分かった。どたばたと笑い声も聞こえてくる。


 奥山はすぐに気がついた。

 あの遠慮を知らない馬鹿笑いは彼に違いない。不吉なものに思えて、耳を塞ぎたくもなる。

 すぐにバタン、と大きくドアが開け放たれ、


「みなさん、お待たせしました」


 馬場と数名の部員が入ってきた。


「……何よそれ?」


 見ると、彼らは両手に大量の何かを抱えて入ってきていた。よく冷えている筒状の缶を全員に手渡している。


「ジュース? っと」


 奥山は放り投げられたそれを上手くキャッチする。


「そうっス、小野村先輩の担任の今田っていう先生がおごってくれました」

「今田先生が?」


 ジュースをもらって残された力が戻ったのか、顔を上げた山下が訊く。


「ええ、今日の劇がとても良かったって。そう言ってくれました。それから村松先生が体調が悪そうだったけど、大丈夫かって?」

「村松先生、体調が悪かったんだ」


 これは二年の男子生徒の言葉だ。


「なんだか、劇の途中で帰ったらしいですけど」


 その事情をなんとなく察した数人は、他の人間が不思議そうに喋っている中、意味ありげにこっそり笑みを浮かべて、目配せしあった。


「さて、皆に行き渡ったところで、乾杯、といきたいところですけど。今回の主役はどうしたの?」


 有川が掲げかけた缶ジュースを中途半端まで持ち上げて止めた。今日一番の主役がいないのであれば、先に乾杯をしてしまうのは常識的に配慮に欠ける。


「そうだよな、小野村がいない」

「須藤先輩もいませんし、あ、堂野先輩も」

「どこに行ったんでしょう?」

「はあ、じゃあ最後に見た人は?」


 すると、全員が困った顔で顔を見合わせ始めた。どうやら誰も行方を知らないらしい。


「探して来ましょうか?」


 一年の男子生徒が手を挙げる。

 しかし、それに有川は首を振った。


「いいわよ別に。君恵と小野村君はなんとなく事情が分かる気がするし、それから、きっと堂野君はそのお節介に行ってるのよ」

「どういうことですか?」

「いいの、それより皆で乾杯しましょ」


 有川はそうごまかして、再びジュースを掲げる。


「今年の劇の成功を祝しまして……皆で、せーの!」


 それに合わせて、狭い室内に輪を描くようにジュースを持った部員たちがはしゃぎながら全員が合唱した。


「かーんぱーい!」



 くしゅん。

 ちょうどそのころ、一人、屋外でくしゃみをし、鼻を啜っている少年がいた。

 長身の姿が遠くからでもよく目立つ、堂野亮介である。


「あれ、風邪でもひいたかな?」


 と鼻を擦る。

 校舎の倉庫で有川が自身の噂をしているとはまさか、知る由もない。

 彼は体育館の入り口に立ち、ドアを背もたれにしてただ突っ立っていた。


 なぜそんなことをしているかと言うと、


『おねがい、ここで誰も入れないように立っているだけでいいから』


 と数十分前、両手を合わせた君恵から頼まれたからだった。

 堂野は彼女から詳しい事情を聞き、そういうことなら、と承諾したのだ。


 しかし頼まれたとはいえ、こんな役を引き受けるなんて、俺もお人よしだなあ、と思い、手持ち無沙汰に口笛を吹き始めた。

 木枯らしが吹き始めた屋外はかなり寒くなる。出来るだけ身体を温めようと、堂野は首をすぼめた。手も擦ってみた。

 堂野はいったい今、この体育館の中で彼女はどんなことを話しているのだろうか、と想像している。


 そこへ、一人の生徒が渡り廊下を歩いて向かってきた。どうやら荷物を持ってきたらしい。

 堂野は君恵に言われた通り、目の前で立ち止まった生徒に説明する。


「ごめん、今は作業中で中に入れないんだ。荷物は俺が中に運んでおくからそこに置いておいてよ」

「……そうですか、分かりました。じゃあお願いします」


 特に不審がる様子もなく、その生徒は荷物を置き、引き返していった。

 ほっと胸を撫で下ろす堂野。

 何の作業をしているのか、と訊かれていたら答えに詰まるところだった。


「ふう……」


 再び暇になった彼は、ポケットから文庫本を取り出し、しおりを挟んでいるページを開いて読み始めた。そこへ、舞い降りてきた一枚の枯葉が本の上に落ちてくる。

 乾燥したかさり、という音を立てた。

 彼はそれを手に取り、そっと空を見上げた。


 冬が近づき、暮れが早くなった空はすでに雲に鮮やかなオレンジが反射し始めていた。


「上手くやれよ、薫」


 中にいる親友の名前を呼んで、堂野は文字を目で追いながら口笛を再開する。



 薫の目の前には明かりの消えた舞台。

 静まり返った体育館の座席に座っている。


 あれから、つまり白雪姫の劇からはずいぶん時間が経っている。

 今は文化祭も無事に終了し、生徒たちが客の帰った校内の後片付けを行っている最中だった。

 体育館の作業はあらかた終わってしまっているので、他の生徒の姿はない。

 薫の隣に座っている、彼女を除いては。



「もう、声の方は大丈夫?」


 隣の君恵が薫の調子を気遣って訊いた。少し顔を覗き込むように身体を倒した彼女からは、どこか優しい匂いがする。


「この通りだよ」


 薫から出た声はとても小さく、至近距離でようやく聞き取れるほどだった。

 今の薫に、大声を出すことは砂漠の砂から水分を抜き取るくらい難しいことなのだ。


「やっぱり今まで無理して声を出してたんでしょ?」


 そう言って、彼女は悲しそうな顔をする。

 おそらく君恵は自分の代役を薫が引き受けたことによって、薫が無理をしていたと思ったのだろう。


 それを察知した薫は首を振る。


「いや、そういうわけじゃないんだ。そうじゃなくて、ただ、これは、単なる体の不調さ」

「不調?」

「そう、そういうこと」


 すると、その場が少し沈黙する。

 そういう時は大抵、居心地が悪いものだ。だから、薫は彼女への感謝の言葉を探した。


「それはそうと、さっきはありがとう」

「私が代わりに話したこと? そんなに何度も感謝されることじゃないよ」


 彼女は視線を逸らしながら、はにかむんだ。


「でも、あの時は本当に危なかったよ。もしあのままだったら、と思うとぞっとする」


 薫が話しているのは、白雪姫の劇の途中で声が出なくなり、機転を利かせた堂野が君恵にマイクを持たせて台詞を言わせたことだ。

 それにより、薫は彼女の声に合わせて口を動かすことで、なんとか危機を脱したのだった。

 劇はそのまま無事に終了し、大成功のうちに幕を下ろすことが出来た。


 その後、薫と危機を救った君恵の二人には演劇部からの惜しみない拍手が送られたわけなのだが、薫としてはなんとかなったことへの安堵感から、すぐにでも倒れてしまいそうな気分だった。


 それが済み、ようやく椅子に座り込んだ薫に対し、今度は珍しく堂野からの叱責が待っていた。


「やっぱり俺が危険視した通りだった」


 というわけである。

 薫は白い目で自分を見つめる親友に何度も擦れた声で謝ったのだが、彼の機嫌は中々元通りとはいかなかった。


「声の調子が危ないと分かっていながら、なんら対策を取ろうとしなかった薫の責任は重い」


 びしり、と指を差された。

 彼の言うことはもっともで、薫は返す言葉もない。

 それと同時に、堂野に以前、声まねのやりすぎで声が出なくなったことを話しておいてよかった、と薫は肝を冷やしていたのだ。



「ともかく、無事に終わってよかった」


 と大きな溜息をつく。


「もうこんなことこりごり?」


 そう皮肉っぽく微笑んだ君恵から訊かれて、薫はうんざりした様子もなく、すぐに首を振った。

 なぜなら、彼にはそれを否定する確固とした結論があったのだ。


「なんていうか、違う世界を知った気分なんだ。演劇をやってみて、普段経験しないようなことが分かった。同時に自分のことも理解できた気がする」

「……へえ」

「須藤さんがあんな事故にあって、それで今日まで本当にいろんなことがあった。多分、俺の人生の中でもこれほど波乱に満ちた日々は見当たらないんじゃないかな。突然、演劇の代役に抜擢されるわ、先生からは狙われるわ、挙句、劇の本番中に声が出なくなった」

「ふふ、そうだね」

「その間に落ち込んだり、自暴自棄になったり、驚いたり、裏切られた気分になったり、もうめちゃくちゃだったよ」


 薫はそこで頭を掻き毟ってみせる。


「でも、一つだけ、さっきも言ったけど自分のことで分かったこと」

「それは何?」

「こんなチビで、ガキっぽくて、女の服が似合うような、かっこ悪い俺でもさ、誰かのためにやれることがあったってことかな」


 そう言ってのけた彼の表情にはそれ自体をコンプレックスと思い悩んでいた頃の暗い影はない。

 心地良いほど晴れやかな顔をしていた。



「それで、俺に何か用があったの?」


 しばらくして、薫が訊ねた。

 そもそも二人がここに居る理由である。

 実は、文化祭の片付けが終わりかけたころ、薫は突然、隣のクラスからやってきた君恵に体育館に来て欲しいと呼ばれたのだ。


 そして、こうしてここへ来て二人で話をしているのだが、君恵からはその用事が何なのか、まだ聞いていない。


「ああ、そのこと?」


 すると君恵は少し笑いかけたようだ。薫はそれを不思議に思う。


「うん、何?」

「それはねえ……」



 彼女がそう言って、ほとんど瞬きの間だった。

 薫には何が起こったのか分からなかったが、気がつけば、自分の顔を覗き込んだ彼女の顔が目の前にあったこと。


 それだけは認知出来た。


「……」


 口元に触れる一瞬のぬくもり。

 時計の針が刻む、僅かな刹那。

 一粒の雨が落ちた水面。



 

 薫は君恵とキスをしていた。


 

 そして、ゆっくりとその感触が離れていく。


「こ、これ、は……」


 椅子に乗ったまま後ろにひっくり返ってしまうかと思ったほど驚いた薫は、呂律の回らない状態で、かろうじてそう訊いた。

 今起こったことを確かめるように、今しがた、彼女が触れた唇に手を当てる。


 君恵はというと、頬を紅潮させたまま、俯き、恥ずかしそうにしている。


「ええっと、その、なんていうか、どう言えばいいのかな……」


 彼女も自身の行動に動揺しているように見える。


「……」

「今回のことのお礼っていったら、いいのかな?」

「お礼……?」

「そう、それもあるし、舞台に立ってた小野村君、かっこよかったよって言いたかったんだ」


 かっこよかった?

 自分が?

 薫は耳を疑う発言だった。


「私、何してるんだろう。ごめん、驚かせたよね。こんなことって、こんなに突然するものじゃないし」


 耳元まで、真っ赤にして顔を覆い隠す君恵。


「そ、そんなことないよ、全然」


 あたふたと両手を振って、薫は否定する。


「その、かっこいいって言われて、うれしいし……だって、それも須藤、さんに……」


 最後の方は小さくなり、聞き取りづらくなる。


「あ、ううん、なんでもない」


 自分が言いかけていることに首を振る。

 この状況にして、自分が抱いている彼女への想いを告白できない薫。椅子に座ったままおどおどするばかりで、やはりこの少年、煮え切らない。


「それだけ?」


 と君恵から続きの言葉を催促される始末だ。


「え? それだけって?」

「……もういいよ。今日は」


 どこかがっかりした様子の君恵に薫ははっとした。

 もしかすると、彼女はもう自分の思っていることなど全てお見通しで、薫がそれを口にしてくれることを待ち望んでいるのではないか、と。


 いや、これは妄想が過ぎるだろうか。


「ねえ、そろそろ皆のところに戻ろうっか。私達が戻らないと心配するだろうし」


 そう言って君恵は松葉杖を持って立ち上がる。今の出来事がなかったかのように、元気な声だ。


「聞いた? 今日は有川さんの家で演劇部の打ち上げがあるんだって。堂野君や、山下君も呼んでおいでよ」


 そして、どこか楽しそうに鼻歌を始める彼女。


「あ、うん。絶対行くから」


 薫も立ち上がり、彼女の後を追いかけた。そして、彼女がこちらを向いていないときにこっそり、自分の頭を小突く。



 まだまだだな、俺も。

 男らしく、告白が出来るまでの道のりは遠そうだ。

 それまで、もしかすると、彼女を待たせることになるかもしれない。


 心の中でそんなことを思って笑った。



 だから、今の自分に出来ることはこれくらい。


 松葉杖をつく、彼女の歩調に合わせながら、

脳内で繰り返される綺麗に澄んだ声。


 彼女の言葉にそっと、

 薫はアンダーラインを引く。

何かと分からないことだらけの初投稿でしたが、無事終わることが出来ました。

新米の未熟者ゆえ、読者に対して至らぬところがいろいろあったと思います。すいません。

なんだか最後まで謝罪していましたが、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。

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