第一話 山下とイタズラにアンダーライン
初投稿です。ヒロユキと申します。
小説道の浅い、未熟者ではございますが、しばしお付き合いしていただければ幸いです。
(未熟者ゆえ、この前書き機能もどう使うべきなのか迷い、六話書いて、今頃付け足すという有様。これまでに読んでくれた方、ろくに挨拶もせず、すいません)
6/2 多少の修正をしました(ルビや会話文の修正など)。ストーリー自体はいじっていません。
階段の踊り場、壁を背もたれにして、薫は軽く咳払いをした。俯き加減で喉元に手を当て、息を吐き、空気の通りを微妙に調節する。
「あ、あー」
声の高さはこのくらいだろうか。少し低いような気もする。しかし、隣に立っている山下の方を見上げると、彼は無言で頷き、親指を立てた。
「オーケー、オーケー。そのくらいで充分だ。問題ないぜ」
そう言って、調子よく頭を軽く叩く。彼は計画が上手くいくと確信して、まだ始まってもいないのに、すでに笑いを堪えているようだ。口の端が上を向いている。
「上手くいくとは限らないぞ」
薫は彼の興奮に水を差す言い方をした。
「馬鹿言え、佐々木の奴だってこの前騙せたじゃねえか。あいつは全然疑わずに付いてきたんだぞ。もっと自信持てよ。な、堂野もそう思うだろ?」
山下は傍の階段に座って、指折り何かを数えていた長身の少年に訊いた。彼は右手の指を見ていて、こちらの会話など上の空だったようで、
「……うん、何?」
と我に帰った様子で返事をする。
「小野村の技術がすごい、っていう話だよ。お前もそう思うか?」
面倒くさそうに山下が説明した。
「ああ、そうかもしれないな……どうでもいいけど」
「どうでもいいは余計だ」
呆けた様な堂野の言葉に対し、山下がツッコミを入れる。そして、薫に向き直り、
「とにかく、上手くいくはずだ」
といまいち説得力のない励ましをした。
「はあ、失敗しないといいけど」
薫はそれに溜息を吐いて応じる。
午前中の授業が終わった昼食時間だった。教室内は生徒達の話し声が飛び交っている。薫が机の上の教科書を収め、給食までの時間を隣の堂野と談笑していると、そこに割り込んできた人物がいた。
それが、斜め後ろの座席に座っていた山下である。
彼は背後から耳障りに手を鳴らし、薫と堂野の会話を遮ると、当然のことのように薫の机の上に腰掛けた。
「小野村君、元気?」
などと顔をのぞきこんでくる。
薫はその馴れ馴れしさにむっとした。教師が居るならば、机の上に乗ることに対して注意してもらうことも出来るだろうが、あいにく担任の今田先生は不在だった。
「元気だけど、どうかした?」
素っ気無く返答する。
「お前に頼みたいことがあるんだよ。ちょっと話を聞いてくれないか?」
そう言って、彼は薫の頭をぐるぐると撫でた。まるで自分の弟に接しているかのようだ。
薫はそうされることに慣れていた。同じクラスの人間に年下のように扱われることに対して、である。
その第一の原因が薫の容姿だ。背が低く、華奢で、顔が小さく、どちらかと言うと女の子っぽい。薫としては自分なりの努力をして、身長を伸ばそうと試みているのだが、今のところそういった努力が功を奏している様子はない。おまけに声変わりをしていない高い声のため、子供っぽさ、女の子っぽさに拍車がかかる。
それにいつも堂野と一緒にいることも原因だった。堂野は、一目見れば分かるのだが、薫よりも背が高い。いや、薫だけでなく、他のクラスの男子よりも比較的背が高いのだ。体は多少細いが、どちらかと言えばがっしりとしている。そして、薫と違って声変わりが終わり、大人の男性特有の低音で太い声の持ち主だ。
このように記述されると明白で、正反対の特徴を持った二人が横に並んで歩くとどうなるかは想像がつくと思う。
お互いの特徴が際立つのだ。これも薫が幼く見られる大きな原因だ。まるで、でこぼこお笑いコンビのようにも見える。実際、クラスではそんな名前でこそこそ呼んでいる連中もいた。まあ、それは薫にとって大した話ではないのだが。
「なんだよ、話って? すぐ済む話なのか?」
薫は山下の手を上手く振り払うとそう訊いた。
「小野村にかかれば大したことじゃない」
「なんだよ」
「実験に付き合ってもらおうかと思ってさ」
「実験?」
「そう、小野村の能力を使った、価値ある実験だよ」
能力、と言われて一瞬戸惑ったが、すぐに合点がいく。薫には少し変わった特技があったのだ。世の中にはこれが特別上手く、人に見せることで商売が成り立っている人たちもいるほどのものである。
薫はそれが人よりも抜きん出ているところがあった。しかし、特にそれをおおっぴらにひけらかしてしるつもりはなく、むしろ隠しているくらいなのだが、なぜかクラスの人間(特に男子)はそのことをよく知っている。
とにかく、山下はその特技で何かをして欲しいようだった。薫としてはあまり良い予感はしない。厄介事に違いないのである。
即座に断わろうとした薫だったが、
「じゃあ、給食食べたら一階の西階段の前で待ってろよ」
と山下に先を越されてしまう。そして、そのまま彼は教室の外に出て行こうとした。
「お、おい、ちょっと待て」
呼び止めるが、彼は聞こえてない振りで、「実験の準備してくる」と意気揚々と廊下の向こうに消えていった。
こてん、と力なく頭を机に倒した薫は、隣でいつの間にか文庫本を広げている堂野に顔を向けた。
「堂野、どう思う?」
「……ううん、ギャグにしたら12点」
彼は本を閉じて真顔で答える。どうやら彼は、薫の言葉をギャグだと思ったらしい。
堂野にはしばしば空気が読めないときがある。しかもそれを冗談でやっているのか、本気でやっているのか、分からないのだから困ったものだ。
薫は半ば呆れながら、
「違うって、今の山下の話だよ。もしかすると、またアレをやらせるつもりらしい」
と説明する。
すると、彼は落ち着いた様子で言った。
「別にいいじゃん、いざとなったらあいつを楯にして二人で逃げよう」
「軽々しく言うけどなあ……」
「大丈夫だって、ああいう人間って一度痛い目見ると懲りるし。もし、薫が共犯にされそうになったら俺が上手く説明するよ。そのための第三者としてついて行くから」
「堂野、本当か?」
薫は恩に着ると彼の手を取って握手する。
「ああ、あいつは一度言い出すと止まらないからな」
「ありがとう、我が友」
「いいって、そんなこと。それに、いい暇つぶしになりそうだし」
薫はそんな彼に感謝を示しながら、再び席に戻った。しばらくして、給食の配膳が始まり、クラスの人間がそれを囲みながら団欒を始める。その中で薫と堂野は早めに給食を平らげ、教室を出て、山下との待ち合わせの場所に向かった。
そして、現在に至る。
山下は曲がり角から顔を出して、様子を窺っている。彼が見ているのは近くの職員室のドアだった。
他の時間帯なら、教師や生徒の出入りは頻繁なのだが、今はお昼の休憩時間。廊下にも人の姿はほとんど見受けられない。先ほど、数名の女子が不思議そうに薫たちの脇を通り抜けていった程度だ。
そんな場所で、薫たちはある教師の登場を今か今かと、待っている。
「たぶん、もうすぐだ。村松のやつ、次の授業の準備をするために、必ず理科準備室に行くんだ」
彼がそう囁いたときだった。
職員室の扉がガラリと開いた。そして、扉から顔を出したのが、目的の人物だった。理科の教師、村松先生である。厳格そうな黒縁の眼鏡をかけ、鼻の下と顎に立派な髭を蓄えた中年の男性教師だった。
なにやら、戸口に立って後ろを向き、
「私は先に失礼します」
と他の教師に告げているのが分かる。
薫ははっと息を呑む。同時に隣の山下がぐっと肩を掴んでくるのが分かった。きっと逃げ出さないように押さえているのだろう。
村松先生は小脇に出席簿のようなバインダーを抱え、向きを変えてこちらに歩いてきた。
「小野村、今だ」
山下に促され、薫は息を吸い込む。目を閉じて、声のイメージに意識を集中した。そして、口元に手を当て、
「村松先生、ちょっと」
と呼びかけた。しかし、その声はいつもの薫の声とは違う、大人の女性の声にそっくりだった。甘えたような色っぽい声でしゃべる音楽教師、井上先生の声まねをしたのである。
「井上先生?」
それに対し、村松先生はピクリと反応する。歩みが止まった。どうやら、薫の声を本人と思い込んだようである。上手くいった。
「こちらです、こちらへ」
村松先生は声のする方を確認するようにきょろきょろと辺りを見回し、そして、薫たちの方へ向かってきた。
「どうしましたか?」
と怪訝そうな顔をしている。
それを確認して、山下は薫の襟首を掴み、階段を駆け上がった。途中、段に座ったままの堂野も手招きして、付いて来るように指示する。彼は渋々ながら、腰を上げ、階段を上ってきた。
「おい、早くしろって姿を見られるとまずいんだから」
山下は小声で堂野を注意するが、そうしているうちに曲がり角から村松先生が現れる。誰も居ない事に気づいて、首を捻っているようだ。
「むーらまーつせんせ、こっちです」
階段の手すりの下に隠れていた薫がすかさず、猫なで声を出す。若くて、モデルのようなスタイルをした井上先生は時々、男性教師に対し、こんな喋り方をするので、特に違和感はないはずだ。
もちろん、山下はその点を充分承知した上でこの実験、もとい、いたずらを計画しているはずである。
案の定、村松先生はこちらを見上げて、階段を上がってきた。怪しがっている様子はない。むしろ、その目はこちらの方を見て、ぎらぎらと光っている。
「どうしたんですか? 井上先生」
「よし、いいぞ。大物がかかったぜ。このまま四階まで釣り上げるぞ」
にやにや笑いを抑えきれないままの山下は階段を上がっていく。薫と堂野もそれに続いた。
そして、一定間隔で薫は村松先生に同じ要領で声をかけ、上階に導いた。村松先生は階段を上るごとにその追ってくる速度が上がり、最後の方はなんとか追いつかれないようにとほとんど駆け足になっていた。
目的の四階まで辿り着くと、山下は右の通路に曲がり、すぐ手前の部屋に入り込んだ。入り口の上方に取り付けられたプレートは音楽準備室。薫たちもすぐ後に続いて部屋の中に身を隠す。
内部は準備室だけあって、窮屈な長方形の小部屋だ。雑多な書類が積まれた机の向こうにはトランペットや、打楽器などが無造作に置かれていたりする。壁際には本棚があり、おそらく楽譜などが収められいた。
普段はここにいることの多い井上先生は不在のようだ。山下はそれも計算に入れていたらしい。
「さあ、最後の仕上げだぞ。もう一度、村松の奴をここに呼ぶんだ」
薫は首肯すると、僅かに開けられたドアの隙間から、
「せーんせ、今なら誰もいませんから早く来てください」
とどめの一声を掛ける。
薫からは村松先生の様子は見えないが、きっと目を血走らせているに違いないと思った。いやらしい声が聞こえる。
「そこですかあ?」
足音が近づいてきた。
「これで済んだぞ、俺たちはどうするんだ?」
山下に訊ねると、彼は懐から取り出した紙切れをドアの位置から見え易い机の端に貼り付け、立ち上がった。
「こっちだ」
彼が指差す先には、準備室と音楽室をつなぐ扉がある。薫と堂野は顔を見合わせてお互いに頷くと立ち上がって走った。そのとき、すでに山下は先に防音性の厚いドアのノブを回していた。
薫たちが音楽室の中に逃げ込んで、数十秒後だった。準備室の扉が突然開いた。中から飛び出してきたのは、肩をいからせ、眉間に皺を寄せた村松先生だった。鼻息が荒い。右手にはなにやらくしゃくしゃに丸めた紙切れを握り締めている。準備室で彼を怒らせる何かが発生したことは疑いようがなかった。
そのまま何かを怒鳴るかと思われたが、教室の様子を見て、動きがはたと止まった。場の空気を読み、怒りの言葉を飲み込んだようだ。周囲をきょろきょろと見回し、軽い咳払いをして、ネクタイを正す。
彼の目の前にはそれぞれの楽器を持った吹奏楽部の面々が真剣な面持ちで並んでいたのだ。
「村松先生、何か御用ですか?」
そう訊いたのは薫たちではない。教卓の前でタクトを握っていた芦沢という女子生徒だった。
彼女は吹奏楽部の部長で、この昼休憩の時間を使って他の部員と共に、こうして音楽室に集まっていた。なぜなら、昼の休憩時間、音楽室は吹奏楽部練習となっているのだ。
つまり、村松先生は吹奏楽部の練習中に教室に闖入してきたことになる。
「いや、別に用があったわけでは……」
「だったら出て行ってくれませんか?」
言ったのは、山下だった。吹いたこともないくせに、トランペットを握っている。ちなみに薫はドラムの前で、堂野は壁際でシンバルを持っている。
薫は練習を邪魔されて、さも大迷惑という感じで先生を睨んでみた。
「す、すまない。練習中だったのだな」
「そうです。時間が残り少ないんで早く再開したいんですが」
これはクラリネットを持った男子生徒だ。苛立った演技が上手い。
「その前に一つ聞いていいか?」
先生は申し訳なさそうに人差し指を立てる。
「何ですか?」
「今、この教室に誰か入って来なかったか?」
「来てません」
ほぼ即答で部長の芦沢が答える。
「ほ、本当か?」
「練習中なんですから、入ってきたら私が注意してます」
彼女は威圧するかのように、先生に向かって一歩足を踏み出した。
「先生であっても、例外とは言えませんよ。もうすぐ文化祭なんですから」
すると、先生はたじろいで、
「分かった、すぐに出て行く。練習を邪魔して悪かった」
と素直にわびた。そして、頭を下げると小走りで教室の入り口から出て行く。薫は途中で彼が腑に落ちない様子で首を傾げるのを見かけたが、とりあえず、自分たちが本当の吹奏楽部員でないとはバレなかったようだ。
扉がゆっくりと閉まり、足音が遠ざかっていく。それを確認して芦沢が口を開いた。
「行ったわよ。これでいいの?」
「オーケー、オーケー。助かったよ」
山下が隣の生徒にトランペットを返しながら言った。
「ほら、小野村と堂野も行くぞ」
「ああ、うん」
そう返事をして、扇状に段々になった教室を降りていく。
「何をしていたのか知らないけど。もうこんなこと、これっきりにしてよね」
芦沢は迷惑だと言わんばかりの薄目で山下を睨みつけた。そんな彼女に対し、彼はへこへこと頭を下げる。
「分かってるって。今回は計画上ここに逃げ込むしかなかったんだ。本当に申し訳ないと思ってるよ。でも、皆協力ありがとう」
そう言って山下が両手を振り、お辞儀をすると教室中で拍手が起こった。まるで、一つのショーがたった今終わったかのようだった。
「ほら、集中!」
それを見かねた芦沢が鋭く号令をかけた。するとそれだけで瞬時に教室に緊張が走り、生徒達が楽器を構える。彼女がタクトを振り、静かに演奏が始まった。
「ひい、おっかねえな」
歩き出す寸前、山下が耳元で囁く。
教室を出ると、薫から長いため息が出た。
「はあ、緊張した」
胸に手を置いて、大きく肩を上下させる。そんな薫の頭に山下が手を置いた。
「よくやった、小野村。やっぱりお前は天才だよ。あんなそっくりに女の声まねなんてできるやつ、そうザラにはいねえぞ。すごい声帯持ってるんだな」
「そうかな?」
「そうだよ、自信持てよ」
褒められて嬉しくないわけはないが、何分、いたずらに利用されているわけで、素直に喜べないのが本心だ。中途半端に「ありがとう」とつぶやく。
「山下、もう帰っていいだろ?」
堂野が訊くと、彼は「ああ、ご苦労さん」と携帯電話を見ながら言った。その様子を不審に思った薫は何をしているのかと覗こうとした。
「何してんだ?」
「なあに、さっきの村松の様子を携帯の動画で録画しておいたんだよ。途中からは声の録音にしたけど、しっかり撮れてるみたいだぜ。見ろよ、この鼻の下伸ばしたやらしい顔。傑作だな」
彼はくっくと笑う。
「それにさっきの怒った顔も見たか? 俺が準備室の机に紙を貼り付けておいたのよ、『残念でした、井上先生はいません。このエロじじい』ってな」
なるほど。先ほど村松先生はその紙を握っていたのだ。
「そりゃ、憤慨するわな」
「だろう? ようし、今からこの実験の結果を皆に送信しなくちゃ……って、何するんだよ、堂野」
見ると、山下が取り出していた携帯電話を堂野が奪い取っていた。それを持った手を高く伸ばしている。背が高いのでそうなると山下の手も届かない。
「送信するんじゃなくて、このデータを削除しろ」
堂野は淡々と命令する。
「はあ? どういう意味だよ」
薫も同感だった。いつもはのんびりしている堂野だが、意外にもこういういたずらは見逃せないのだろうか。
手を掲げたまま、堂野は言う。
「そういう意味だ。なぜならお前がこれを他人に流出させると厄介なことになる」
「なんで?」
「こんな証拠品がなければ、お前が勝手に流布させる噂が広まるだけで済む。村松先生にとってもプライドがあるだろうし、周りが騒いだところで、そんなものは根拠も何もないと否定できる。だが」
「だが?」
「列記とした証拠が残っていると状況が変わる。お前がそうしてデータを皆に送信したりすると、だ。先生が知ったら、その情報の発信元を探そうと躍起になるだろうな。さすがにそれを無視するわけにもいかないだろうし。捕まったら、教師の信頼を落とそうとした悪質ないたずらとされて、ただじゃ済まされないだろう」
確かに彼の考えには説得力があった。逆にそのデータがなければ、村松先生が探そうとしても自分たちをいたずらの犯人と断定することも出来ないわけだ。
それに対し、山下は反撃の構えを見せる。
「そ、それくらい分かってる。だから、信用できるやつにしか送らないって」
「それを本当に保障できるのか? そして、もし仮に、先生にお前の仕業とバレたとき、俺と薫が共犯として捕まらないと言えるのか?」
堂野の言葉に山下はぐっと息を詰まらせる。
「どうなんだ? 保障できないなら、いますぐに消去してくれ。残そうとするなら、今、ここで携帯をへし折る」
「分かった、分かったよ」
迫ってくることはないが、有無を言わせない堂野の言及に渋々ながら彼は頷く。
「消去するよ、すればいいんだろ?」
そして彼は堂野から携帯を取り戻すと、すぐにボタン操作でデータを消去した。
「ちぇっ、せっかくの実験結果なのに」
名残惜しそうに彼は携帯電話を閉じた。後ろからそれを堂野が見ていたので、こっそりデータを残すことなんてことも出来なかったはずだ。
薫はそんな堂野を見て、感心する。いつもは何も考えていないように見えて、時々、こうして彼は鋭く物事の危険性を見抜いていることがあるのだ。なんだか、とても頼もしく見えるのである。それは薫にはない部分で、実はこっそり憧れていたりも、する。
「さ、教室に帰るか、薫」
「そうだな」
親友に肩を叩かれ、薫も同意した。
「はあ……あくびがでた」
見上げると、堂野は気の抜けた表情のまま口を手で塞いでいる。