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この街に『勇者』はいない  作者: 田神 へいき
第一部 End to Restart
18/70

第一章[表]3 『情報屋』

 

「それでは〜、つい昨日(さくじつ)に情報提供者を訪問した裕也隊員から、新たなる真実が明かされま〜す」



 地域伝承研究会が特に着眼したのは一つ目の噂。【四足歩行の幽霊】だ。


 理由は至極単純。三つの噂……四月馬鹿の三怪(エイプリル・スリー)の中で唯一、()()()()()()()()()()()()()()からである。

 他の二つの噂は完全に後回しにして、今はこれだけを追っていると言っていい。


 そもそも【夜空を走る人影】は過去数度に渡って浮上しては消えるを繰り返している話題だ。掴みどころのなさはわかり切っている。【降り注ぐ流れ星】に至っては直ぐに匙を投げた。手がかりが無さすぎる。


 幽霊というわかりやすい【超常】に落ち着くのは、当然の帰結だと言っていい。


 裕也が訪ねた情報提供者について。


 名前は『ロッド』。日本人では無さそうだ。


 なんでも裕也とは旧知の仲。怪奇現象や嘘くさい御伽噺を収集するのが趣味で、語る情報()()()信用に足る人物であるのだという。

『情報を売るときに嘘はつかない』と、裕也は(くだん)の彼をそう評価していた。


 どうして今更になって、裕也が有益な情報提供者を紹介したのかと言えば、(ロッド)が五年ほどこの街を離れていたかららしい。最近帰ってきたのだとか。


「いったい何者なのかな〜。ずっとネットに潜ってる人なのかな〜」


 その想像とは恐らく対極であることを裕也が伝えると、一度会ってみたいとしのかは言う。

 裕也は何となく微妙な面持ちになるが、特に気にかけられずに話は進む。


「それで、仕入れた情報は~?」



「『幽霊』の発生源の有力候補。それと確かな目撃情報だ」



 実にあっさりと、なんでもないことのように。むしろ嫌そうに裕也は答えた。

 息を呑む音が、古びた部室に響いた。


眉唾(まゆつば)だと思うか?」


「『嘘つかない』んでしょ? そのロッドさんって人。びっくりしたけど、とりあえず信じます」


「……余計なこと言わなきゃよかった」


「発生源の話ももっと掘り下げたいけど、『確かな目撃情報』ってのも気になるな~。

 もしかしてロッドさん自身が幽霊を目撃したとか、下手すると捕まえたりとか~」


 満面の期待を笑顔と貼り付けて。しのかは裕也に尋ね、


「この目で見た」


 その返答に石と化す。

 やや長めの間をとって、少女はまるで聞こえていなかったかのような疑問を漏らす。


「え、誰が?」


「僕が」


「えっ!? なにそれすごい! ユウ君が見たの!! いつ!? いつの話??」


 石化を気合いと好奇心で秒解きして長机ごと詰め寄る少女に、裕也は両手で馬を(なだ)める。


「落ち着け落ち着け。息整えて。……はい吸ってぇー」


「スゥゥゥ」


「吐いてー」


「ハァァァ」


「これは昨日の話なんだけど――」


「えぇぇ!?? めっちゃ最近、てかどこ!?? どこで見たの!!!???」


 全く深呼吸が効いていない。仕方がない。

 仕方がないので、裕也は今自分が考えられる最高峰の伝家の宝刀を切った。


「マサも見てたから間違いない」


「信用度下がった〜」


 なんという便利な男。伊吹誠人。

 こと『信用』という一点において、これほどまでに見込み点を下げる要素はお前だけだよ。

 予期せぬマイナス要素で少女のテンションは安定する。一度大きく息を吐いてから、ズビシッ、と扇子を突きつけた。



「昨日何があったのか聞かせて。こと細かく、全部」



 やっぱりこうなるよね。うん。


 裕也はゆっくりと、昨日の終わりなき【交差点】の十二時間を語り始めた。




 ――――




 一通り……()()()()()()()()()()()()()、昨日の【交差点】での出来事を説明し終えた。

 しのかは三度、大きく頷いた。


「なるほどね〜」


 おにぎり型の煎餅(せんべい)を重奏的に(かじ)る。昨日に駄菓子屋で買った裕也の持ち物だが、いつの間にか(かす)め取られていた。抜け目ない。


「『幽霊』の話を聞きに行った帰り道。迷い込むは果てのない異空間。出口のない【交差点】の中で直面する不自然な現象と不気味な痕跡!

 そしてばったり邂逅する(くだん)の『幽霊』!!

 うん。スゴい! これはスゴいよ、ユウくん!!」


 しのかは実に興奮冷めやらぬといった様子である。

 そこまでのテンションにはなれない一年生。日野原智紀は、どこか第三者的に浮いた面持ちでとうもろこしのスナックに手を伸ばす。


「そりゃ僕もびっくりだよ。ひどい災難だったし」


 大袈裟にわざとらしく肩を(すく)めた。似合わない。


「それで矢車先輩にも会ったんだ~。元気そうだった?」


「マサのタックル食らってもピンピンしてたよ」


 昨日の【交差点】の最後に出会ったのは、この部の前部長である矢車一真だった。

 矢車一真という人間は何というか、常人を越えた傑物であった。彼が居なければ乗り越えられなかった局面を容易に思い返すことが出来る。


 確かな感謝がある。本当にお世話になったと、裕也は彼に面と向かって言えるだろう。


 ――と自分に言い聞かせていたのだが、現実に昨日の【交差点】で彼に会って、感謝の言葉をしっかり伝えられたのかと言えば、疑問が残る。

 最低限以下の会話しか出来なかった自分が、一日経って異様に情けなく感じてしまう。裕也は深めに溜め息を零した。


「あの、単純な疑問なんですけど……」


 急に静止した空気を打開するかのように、一年生の智紀は、少し申し訳なさそうに挙手した。

 裕也は先を促してやる。


「先輩は、警察には行きましたか?」


 極めて常識的な疑問だった。

 そりゃそうだ。最もな意見だ。うん、当然そう考えるに決まっている。

 裕也は心底納得しながら、回答を提示する。


()()()()()()警察では取り合ってもらえない。経験則だけど」


「だよね〜。お巡りさんが超常現象信じてくれないのって、漫画とかだとあるあるだけど、現実でもやっぱり門前払いなんだよね〜、いやはや〜」


 苦笑しながら妙な一体感を示す先輩二人。新入部員の智紀としては、今までの先輩たちの行いが気になるところではあるが――


「その、裕也先輩はずっと長い時間を……【交差点】? でさまよったんですよね。それは別件――行方不明とかに当たるんじゃ……?」


 裕也はまたも感嘆に近しい納得を覚えることになる。この新入部員は話をよく聞いて、考えられる人物だ。

 裕也の話をそのまま受け取るなら、【交差点】なる不可思議な空間の中に長時間閉じ込められていたはず。

 それが深夜ともなれば、真っ当な親なら随分と心配するはず。極めて常識的な判断だ。


「信じられるか分からないけど。……あの【交差点】の中にいた時間、外では数時間も経ってなかったんだよね。

 だから家に帰ってもまだ晩飯食べられる時間だったし。中での時間は相当に圧縮されてたはずだよ」


「なるほど」


 智紀はお決まりの台詞で、納得していた。

 これには、逆に裕也が内心で驚愕することとなった。


 時間の流れが違うんだぞ!? 今のはこの世の摂理とか相対性理論とか凡庸な人生観を揺るがす、一大カミングアウトだったと思うのだが。

 新米新入部員はストンと綺麗に納得した様子だ。すっげぇ適応能力。しかもイケメン。この部に必要な人材である。

 いちいち深刻に受け取られても、それはそれで困りものではあるのだが。


「本筋に戻すけど、『幽霊』は結局最後のどさくさで見失ったんだよ。

 だから結論は変わらない。ロッドの情報に頼るしかない。……これがちょっとめんどくさいんだけど」


「混みいった話になるってことですか?」


 智紀の問いに、裕也は少し首を傾げる


「いやぁ、ちょっとね」


 チラチラ視線を投げる。それを受けた少女もまた、首を傾げる。


「ちょっと、条件があったんだよね」




 ――――




「お前さんらにありがてぇ話をする前に、簡単に条件がある」



 男は不器用そうに笑った。


 無精髭を生やした浴衣姿の偉丈夫だった。

 胡座をかいて座る男はまだ吸いはじめであろう煙草をつまみ、その笑顔は浮足だった無邪気さとは無縁の『大人』の表情だ。

 袖からがっしりと筋肉質な腕が覗き、その印象に拍車を掛けている。


 例え趣味でも『情報屋』を名乗る男だ。それなりの雰囲気というものを持っている。いくら巫山戯(ふざけ)た格好をしていても。

 ちなみに彼が着用していた熊のお面は、今はひっくり返されて灰皿になっていた。鼻の凹んだ部分に吸殻の山が出来ている。その扱いは如何なものだろう?


 謎の【交差点】に巻き込まれる、ほんの数時間前の昼下がり。


 駄菓子屋の奥の座敷で三人が胡座(あぐら)をかいて座している。少年二人が、巌のような男性を見上げ対面する形だ。


 しかし緊張感はあまりなく、むしろもっと軟質で温いオブラートで包んでいるようで、口は強ばることなく滑らかである。

 どこか懐かしいのは、実際に久しぶりであるからだ。幼い頃は毎日のようにこうしていたっけか。胸の奥がギシギシと痛む。


 ちなみに駄菓子屋には裕也たちの前に先客が二人いたが、この男はさっさと彼らを叩き出してしまった。いいのかそれで? 

 どうやらその二人組(老人とアロハシャツ男)は将棋を指していたらしく、当然盤面は途中で放置されていたが、それもこの男はさっさとひっくり返して畳にぶちまけた。本当にいいのか!? 

 奥で作業をしている店主(気のいい婆ちゃん)が何も言わないので、別にいいのかもしれない。


「やったれユウ。お前の懐の広さの見せどころだぞー」


 誠人は手の内の麦チョコを一気に口に流し込ながら、将棋の駒をデコピンして弾く。

 死ぬほどムカつく。それに『条件』の内容を聞く前から財布の口は緩まない。


「条件は三つ。ぜひ快く呑んでくれや」


 何かしらの『対価』――些細な雑用から秘密の暴露まで。何かしらの交換条件で情報を開示するのが彼の流儀だ。

 それらの支払いを事前に済ませておかなければ、彼は決して情報を吐き出さない。例えその相手が探偵ごっこや、オカルト話をせがむ小学生であってもだ。

「まずは『対価』を支払ってからだ」というのが、五年前までのロッドの口癖だった。


「まず一つ。これ以降の俺の協力は、必ずお前さんらの部活で共有して活動すること」


「……なんの意味が――」


「――あるのかどうかはお前さんで考えな。それ込みでの『条件』だ」


 裕也の疑問はさっさと斬り伏せられた。


「そんで二つ目は…………これだ」


 懐から取り出されたそれはスマートフォン。それも結構な最新機種であると見受けられた。

 ロッドは半分おっかなびっくりな様子でチマチマと操作すると、慣れない様子で一つのアプリを起動した。


「しのかちゃん、美人なんだろ?」


 裕也と誠人がよく分からないままにうなづいて見せると、ロッドはスマートフォンの画面を突き出した。


「連絡先交換だ。ただし、()()()()()()()()()


 二人が呆気に取られていると、それを同意と取ったらしい彼は、スマートフォンを懐にしまった。


「さて、それじゃあ三つ目だ。――おい裕也」


 薄い笑みを貼り付けた顔が、もう一段階口角を釣り上げた。



「裕也。お前さん、今回の件を知ってどうする気だ?」



 その問いに裕也が何か反応する前に、誠人が眉をひそめた。


「は? オッサン今更なんだよ。話聞いてたのか? 部活で探してるんだって――」


「――あぁそれはちゃんと分かってるさ。俺が言いてぇのは()()()()()()()()()()()

 理解出来てるか(あんだーすたん)? あふたー、だ」


 誠人がそう食いつくのを予測していたのか、ロッドは食い気味で答えた。


「あぁ? 後?」


 しっくりきていない誠人にはもう目もくれず、ロッドは頭一つ高い目線から、悠々と裕也を見下ろした。


「んで、そこんとこどうなのよ。裕也? これが三つ目だ」


「…………僕は、」


 コンマ数秒の句読点。

 細やかな気配りも細々とした小細工も、彼には効果的ではないだろう。そう判断する。深くは考えない。

 ただ脳裏に浮かんだ何かを、簡潔に言葉で表した。

 それを黙って聞いていたロッドは、吐き捨てるように、


「つまらん」


 と即答。秒で。食い気味で言っていないのが、妙に重たく響いた。

 そして、続いた声は親しみの呆れに満ちていた。


「お前さん、この五年会わねぇ間に(やわ)くなったか? もっとガキの頃の方が面白いヤツだったぜ。

 この街は他よりかは些か物騒だ。そんな動機じゃ危険かもしれねぇぞ」


 裕也は少し口を尖らせる。


「……放っといてよ。それにロッドは危ない情報は売らないでしょ」


「もしかしたら、もしかするかもしれねぇなぁ」


「じゃあ、その時はその時って事で」


「はぁ……。テキトーだな。全部」


 ロッドは少し無造作に生えた直毛の髪をガシガシとかいた。それから灰皿(熊)に置いていた煙草を咥えなおし、軽くふかす。


「お前さん、やりてぇ事が欲しいんだろ。退屈は敵か?」


 返事はない。ロッドはそれに納得したようにして、「いいぜ、売ってやる」煙を力強く吐いて、『幽霊』の話を始めた。



「支払いは後でまるっと一括。こいつぁ高くつくぜ、お客さん」


手動で毎日更新してると、ついつい忘れてしまう日が出来る。


なので更新時間はバラバラになりがち

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