序章4´ 分水嶺の置き手紙
今日も更新であります
どうでもいいけど椎間板ヘルニアになりました。20歳です
出口のない【交差点】を歩き続けて、景色がもう二巡したところで、一度休憩することにした。
確かめられることは、全て確かめた。どれもささやかなものだが。
脱出の糸口は見つかりそうになかった。
それを当然だと、どこか納得出来てしまっている。
この非現実の綻びが、歩いているだけでホイホイ出てくるほど甘くはなかった。ゲームのように都合よくイベントや手がかりが落ちているわけはないのだ。
「……疲れたな」
冷たいブロック塀に背を任せ、ズルズルとへたり込む。鉛となった身体が地面に飲み込まれて、このまま二度と立てなくなるのではと思った。
「だぁぁ!! ホントにこれ効くのかぁ!?」
「…………」
この出口のない【交差点】で目覚めてから一時間近く。未だに能天気な声は沈むことを知らない。
誠人は青ポリバケツ型ゴミ箱と、謎のダンボールに興味津々らしい。中身の紙くずに菫色の石を近づけて喚いている。
石は霊的なものに反応して光を放つ。
だが意味は無いだろう。
最初に『何も無い』のは確認した。ただの紙くずだ。
入っていたのもただのゴミ箱とダンボール。冷静に考えればそれにどんな脱出の手がかりがあるというのか。中に鍵かなにかがあるわけでもなく、ワームホール的な脱出口が内蔵されてるわけもない。
ならばやはり、あの紙くずに意味があるのか。
煤けて消えた『勇者を忘れるな』の文言に。
ここに迷い込む前に訪ねた駄菓子屋の『情報屋』が、【勇者】の――この街に残る【勇者伝説】の話題を出していたのを思い出す。
何か関係が? というか、あの『情報屋』が僕らを陥れて――
考えても考えても、この場で答えなんて出やしなかった。
「……はぁ」
自分はただの一般人で、摩訶不思議な状況を見事に突破できる主人公にはなれないのだと。とっくに知っていることを改めて突きつけられている。
神様がもしもいるならば、これはあまりにも中途半端な天罰だ。
せめてもの意地で、思考は放棄しない。
状況を整理してみよう。
まず荷物は、着慣れ過ぎた学生服と教科書筆記用具etc.の入ったリュックサック。そして駄菓子屋で買った、もちろん駄菓子。
それと文明の利器こと、スマートフォンか。当然電波は通じないし、WiFiも飛んでいない。
ここは交差点だ。どこまで行っても無限に続く【交差点】
果てはない。変化も、一見の内には何も無い。
見える景色自体に一切の文明の明かりはない。見えていたはずの月もなく、人の気配もない。
一切の生活音や自然音を切り捨てた世界は、酷く色彩に乏しく思える。亡骸とは、こういうものを指す言葉なのだろう。
景色は一定の距離でループする――が、これは厳密には違うか。
試しに落としてみたシガレットチョコは、次の【交差点】には見当たらなかった。同じ場所をぐるぐる回っているわけでは無いらしい。
だが、先ほど前に走っていった誠人がループして後ろから現れたりもした。何か条件があるのか? 二人で移動しているのが鍵なのかもしれない。
身長より僅かに高い二メートル程のブロック塀が左右に続いているが、これを乗り越えて行くのは割に合わない。
乗り越えた先は民家に類する建物。
さらにその先には全く同じブロック塀。
さらに先には似たような道が横たわっているだけ。
『塀をひたすら乗り越えて進む』という一手は最後の方まで取っておきたい。
ただ、いくつか気づいたこともある。
塀の上から見下ろす街並みは、かなり狭く見えたのだ。自分たちがいる地点はぼんやり明るいのに、そこから一定の範囲を越えると真っ暗闇で判別が出来ない。スポットライトに照らされているとでも表現すべきか。
果てなき闇の中に光の穴が空いているのだ。
まるでその先が何も無い虚無であると言わんばかりだ。
左右に並ぶ家々は不可侵領域らしい。扉や窓は施錠されてると言うより、接着剤で固定されてるように動かない。
窓を叩き割らんとした誠人の廃材フルスイングは見ものだったが、同時にその不可侵性は確かなものとなった。
そう言えば霧が出る直前に見た『ジャングルじみた家』もこのループの中にあった。
――かといって這い回る蔦が全て、不気味な文言付きのペーパークラフトになってるなんてこともなく、変化はなかったように思われる。
変化の有無に、法則性なんて見いだせない。
囚われている、迷い込んでいる、それとも誘われている。
いずれにせよ、さらに長い時間をここで過ごすことにならば、限りある食料――つまり持ち合わせの駄菓子が生命線となるか。
下手すれば何日もこのまま、なんて可能性もある。
さっきまでもしゃもしゃスナック菓子を頬張っていた誠人は半分自殺しているに等しい。
そして先ほど視界を横切った謎の『影』。
見間違いか、それとも――
勘ぐれば勘ぐるほど答えを見失うような気がする。
そもそもいくら考えたところで――
「……結局、解決なんてしないんだよなぁ」
一時間弱の探索で、脱出の手がかりに結びつくものは何も無い。
今のところ、発狂して精神が死ぬほどには現実を受け止められてもいない。
そう、これは『現実』だ。
今さら夢だなんて思わない。それは重々承知の上で、されど粛々と受け止められているかと言えば、きっと違う。
きっと『現実』から逃げていたいのだ。
それが自分の本心だと思えた。それをこんな『非現実』に思い知らされるなんて皮肉が効いているけれど。
「――『逃走には二種類ある。目的のない逃走と、目的ある逃走だ』……か」
そして前者が浮遊で、後者が飛行……だったっけ。
昔読んだ小説の台詞をしたり顔で引用して、しかし心は晴れない。
つい数ヶ月前まではこうやってドヤ顔を決めて奮い立っていたものだが、そんな情緒はとうに砕けて消えたらしい。
しばらくは飛べていたと思っていた。
けれど違った。少年は『あの日』からずっと浮いている。臓腑の抜けた風船になって、ぷかぷか水面を揺蕩っていただけなのだ。
そんな自明を、僕は今更になって――――
「ユウ」
幼馴染みが呼んでいた。
びっくりするくらい気の抜けた声音で。
石が蛍火のように輝いていた。
「これマジで光って――――」
「――マサッッ!!!!!!」
ただ突撃していた。
横っ飛びに誠人を押し倒した裕也は、下からのキレ気味の文句に一切耳を貸さず、ゴミ箱を蹴り飛ばして距離を取る。
中身がアスファルト一面に飛び散り、石が再び光を失った。
十秒経過。
何も、起きない。
「はぁ……はぁ……」
もう数秒そのまま。
やはり何も――
「――だからっ!! 何だよ!! 何だってんだ!! いってぇよ!!」
「っ、あぁ……ゴメン」
一瞬で汗だくで息を切らす裕也。ようやく声が届いたことを確認した誠人は、訝しげに裕也の下から這い出すと、周囲をキョロキョロと見回した。
「いやビビりすぎだろ。何をそんなに……あれか? 石が光ったってこたぁ、周りにユーレイとかいんのか? 何もいねぇぜ」
何も居ないし、変わったところもない。ゴミ箱やダンボールの山にナニカが潜んでいる、なんてことも無いらしい。
ただ、石は光った。
そこには必ず理由がある。何かしらの【超常】が。
それがこの広すぎる密室で、変化のない世界での最初の変化。
半分ほど抜けてしまった腰を引きずりながら、裕也は青ポリバケツ型の、アスファルトに散らばってしまった中身を確かめていく。このゴミ箱の近くで石は光って――
そしてそれは、すぐに見つかった。
「これって……」
「あ、そりゃあ――」
「マサ。これどうした?」
裕也の声音はあまりにも真剣で、対する誠人は気まずそうに頭をかく。
「いんや、ファイルの中身捨てとこうと思ってよぉ。
ついつい要らねぇプリント溜め込んじまうし、ちょうど紙くずばっかのゴミ箱があるしで。それだけなんだけどよぉ
あれ? オレ、なんかマズかったか?」
お前の大真面目な剣幕には到底釣り合わない理由だぞと。
そう言いたげな、珍しく大人しい物言いだ。
しかし裕也は紙くずの山から抜き取った正方形の紙切れを見ながら、何かに納得したらしい。
「いや……悪いのは部長のイタズラ心だよ」
それは色紙。
白い面には『部長命令☆』の達筆。裏返すと青い面。これまた達筆で『お土産』と書かれていて。
その三文字。ようやく気づいた。
この色紙の本質。その【超常】を。
石ころが、淡く儚げな菫色に輝いている。
「ちょっとワンチャン。試してみようか」
それの使い方は知っていた。