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転移成功

ーーオキナサイ


 目覚めを促す声が聞こえる。拡声器を通したように、声は辺りに響き渡り、耳に心地よい余韻を残す。


ーー起きなさい!


 先ほどよりも幾分大きな声で呼びかけ鈴を転がしたような、澄んだ声で、女性と思しき声が何度も呼び続ける。


 というか声だけでなく、頬をリズミカルにペチペチと叩かれていて、痛くはないけどうっとおしい。


ーー起きなさい、絵島稔久!!


 ん?というかこの展開前にもなかっただろうか。そう思い目を開けて見ると、眼前に美しい顔をした金髪の女がいた。髪が頬にかかってこそばゆい。


「うぉあ」


 そそくさと後ずさり、上半身をガバッと起こす。


「何、間抜けな声出しているの」


 女は口をへの字に曲げ、不満そうに声を紡ぐ。


「ああ……」


 意識がはっきりするにつれ、先ほどのことを思い出す。そう言えば、女神様と一緒に異世界に転移したんだっけ。


「ああ、さっきぶりです、女神様。どうやらうまくいったみたいですね」


「さっきぶり、ですって!貴方、何時間も目を覚まさなかったんだから!おかげで私がどんなに苦労したことか」


 見ると、女神様の美しさに汚点を作るように、目の下にクマが広がっている。それに、純白だったシュミューズも所々土で汚れているようだ。


 私自身は先ほどと同じく、全身青の作業着を着ていた。もともと薄汚れている上に、さらに土や草がついて大変みすぼらしい。


「どうやらご迷惑をおかけしたみたいで」


「ほんとよ」


「女神様にはいずれ埋め合わせをすることにして、とりあえず今まででわかったことをお話しいただけないでしょうか」


 何はともあれ現状を確認しないことには始まらない。とりあえず、懸念していた記憶がなくなる、つまり文字通り一から人生を0歳児から始めるようなこともなかった。そうなったら女神様はどうなるか、という疑問もあったが、結果的にはそうならなかったのだから考えても仕方がない。


 また地球人には厳しすぎるような環境に転移して、転移早々お陀仏という悲惨な展開にならなくてよかった。例えば、気圧がかなり低かったり、空気の組成が違っていたりしたら女神様はそうそうに死体を見ることになったであろう。そして、自分が殺すために送っていたことを知った女神様は罪悪感に押しつぶされたまま、一人寂しく異世界をさまようことになるのだ。よかった!そうならくて、本当に良かった!


「貴方、失礼なこと考えていないでしょうね」


 女神様がジト目でこちらを睨みつけてくる。何も考えていないよ、ホントウダヨ。


「まあ、いいわ。とりあえず、転移は完全に成功した。私たちは道の真ん中に移動したみたいね。そのことにホッとしていたら、隣で貴方が白眼をむいてぶっ倒れていたわ」


 その時のことを思い出したのかくつくつといやらしい笑みを浮かべる。


「暫くそのまま放置していたのだけれど、前方に人影が見えたから、重い貴方を運んで岩陰に隠れたの」


 いちいち重いだの嫌味を混ぜてくるあたりいい性格をしている。今いる場所がその岩陰で間違い無いようだ。少し顔を上げると近くに確かに道らしきものが見える。


「それで……」


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


 浮遊感から解放されると、辺りの景色が一変する。あたりには空気が満ち、胸いっぱいに吸い込む。これが空気!


 また、上には青空が広がり、地面には道が広がる。その外は草で覆われた荒地になっている。


とうとう異世界に来ちゃったのね。来ちゃったわ!


と、初めて一人旅をする少年のように期待と不安が入り混じった感情が湧いてくる。


 それにしても、俺と一緒に異世界について来てくれて、なんてまるでプロポーズみたいじゃないのっ!


 神と人間の禁断の愛。古今東西の神話で題材にされてきたものだ。大抵は悲恋で終わるものの、中には愛し合う二人が幸せに結ばれるというものもある。


 まあ、別に私はこいつのことなんて好きではないけれど。百歩譲ってこいつの方から告白してきたら、私の気の迷いでどうにかなってしまう可能性が万に一つ、億に一つないわけではないのだけれど。


 人間にしては頭は回るし、顔もそこらの木っ端神よりはいいかもしれない。とはいっても、父様から、お前以上に美しい神は見たことがないと言われた私の美貌には遠く及ばないのだけれど。


 何年も人間どころか神すらも見ていなかった女神は多少拗らせていた。そして面食いだった。もちろん恋心などは持ち合わせていなかったが。


 頬を手で挟んでニヤニヤする奇怪な姿は、美しさのおかげで見るものを幸せにする力があった。これが人並みの顔であったら、別の意味でひかれるのだから美神は得である。


 傍らに絵島稔久がいることに気づきハッとする。冷静さを取り戻し、表情を取り繕う。


 というか、こいつなんで、何も言わないのかしら、と思い隣に目を向ける。


「ちょっと貴方っ」


 瞬間、絵島稔久が全く重力に逆らうことなく背中から倒れかける。慌てて腕を差し入れ、腰と肩のあたりを両腕で支えて、ゆっくりと地面に横たえる。


「って、なんで気絶しているのよーー!」


 思わず叫ぶのだが、辺りに声が響くだけで何の反応もない。まさか死んじゃった!?と思い、青ざめるが、しっかりと呼吸はしているようでひとまず安心する。


 と、その時微かに前方から音がした。車輪が地面をこする音や複数の人が話す音が聞こえる。女神の五感は人より優れているのである。


「私一人でファーストコンタクト何てムリムリ。そういう危険な仕事は全部絵島稔久にやってもらうことにするわ」


 だって異星人との最初の接触が失敗して星が滅びるなんてよくある話だもの。世間知らず、地球知らずの女神は現実とフィクションを混同していた。


 あたりを見渡すとちょうど人が隠れられるような岩があったので、絵島稔久の脚を掴んで引きずる。


「何でっ、人間って、こんなに、重いのよっ」


 私も見習いの時は多少力仕事をしたことがあるけど、ここまで重いものを運んだことはないわ、とひとりごちる。


「ふー」


 何とか運んで、額から流れる汗を拭う。ん、汗?何で女神である私から汗が流れるのよ。


 そこで初めて、自分の体の変化を悟る。感覚的に食事や睡眠を必要とする身体に退化してしまったことがわかる。必要以上に絵島稔久のことを重く感じたのも、身体が人間に近く退化してしまったせいだろう。それでも人間よりははるかに丈夫であろうが、異世界ではどんな悪影響が出るかわかったものではない。


 まあ、食事や睡眠をする時の人間って本当に気持ち良さそうだし、これから人間に説明するときに実体験として知っておくのは重要だ。何事もポジティブに考えよう。危なそうなものは全部絵島稔久に試してもらうことにして。


 そんなことを考えると、先ほどの集団が近くに来たようだ。岩陰からそーっと顔を出して様子を伺う。


 車を引いているのは8本脚の獣であった。見た目は馬に似ているものの、脚の数といい剥き出しになった牙といい、地球のどの生物にも当てはまらないものだ。もちろん天界にもあんな動物はいなかった。


 御者の見た目は神そのもの(人間そのもの)で、やっぱりどの世界の神も私と同じような容姿に行き着くのね、と思う。アレが創造されたものなのか神であるのかは判断がつきかねるが。


 服装は簡素な麻の服で、裸だとみっともないから仕方がなくつけているといったていだ。


 荷台の中からは、話し声が聞こえて、先ほど聞こえた音はこちらであるようだ。


「だうそくつにちまのさなるえぬでどほんぷつじんさとあ」


「って、何いっているのか全然わからないじゃない!」


 見たことがない動物がいたことから悪い予感はしていたのだが、全く言語体系が異なるようだ。いや、私が知らないだけで絵島稔久が理解できる可能性はある。


 なぜなら私は神共通言語とエケササ語(注 彼女の神話体系に属する神の中でも一部の田舎者の中で話される方言)と頑張って勉強した日本語しか話せないのだから。


 日本の案内神になると父様から聞かされて以来、どの時代の日本人が来てもいいように猛勉強したものの使う機会がないまま何年も経ち、それがようやく報われたのが今日のことなのだ。


 だいたい、絵島稔久ときたら、私がせっかく日本語を話してあげたのに、そのことに言及もしないで。まあ、あまりに上手く話せる神に「日本語、お上手ですね」なんていうのも不敬なのだけれど。それにしても話し方がおかしいかな、と思って途中から変えちゃったじゃない。


 でも、これが普通なのよね、絵島稔久。そうなのよね。何とかいいなさいよ。


 言葉もわからない上に、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っているようにも見える絵島稔久に無性に腹が立ってきたので、頬をペチペチ叩く。


「んん」


「やっぱり、貴方、起きているんじゃないの!」


ペチペチ、ペチペチ。


 しかし、うめき声以外の反応がない。絵島稔久が起きないことにははじまらない。他にやることもないので絵島稔久の頬を叩き続けることにした。


 まじまじと観察すると彫りの深い顔とシャープな顎、切れ長の目が程よいバランスをなしていてやはりかっこいい。人間にしてはかっこいい。しかし、白眼で台無しだ。


 とにかく、早く起きてもらわないと。


「起きなさい」


初めてこいつが私の目の前に現れた時のように呼びかける。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


「それで終わりよ。今に至るわ」


「はあ、とにかくご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」


「本当よ」


 プイッとそっぽを向いていう女神様の頬はうっすらと紅潮していた。額に浮かぶ汗といい、紅潮した頬といい目の下のクマといい、天界にはなかった反応であり。女神様の身体に何らかの異変が起きているのではないかと訝しむ。


「あの、女神様」


「何よ」


「お身体の方は何ともありませんか」


「私は曲がりなりにも神だから大丈夫よ。そ・れ・よ・り、いきなりぶっ倒れた自分の身体の方を心配しなさいよ」


 とうとう、曲がりなりにもって言っちゃったよ。神としてはあまり威厳というか雰囲気がないという自覚はあったのかなあ。それとなんだかんだと私の心配をしてくれるのは嬉しい。


「私も何ともありません。倒れたのはおそらく世界が変わったことによる影響でしょう。今はもう大丈夫です」


「そう、それは良かったわ」


 流石に神ともなれば人間よりは頑丈なのだろうか。


「それで今の話で気になったことがあるのですけど。言葉がわからなかった、というならなぜ私の言葉を理解できるのでしょうか?」


 女神様はグリンと首を回し、呆れた、とでもいいたげな表情で口をプルプル震わせている。


「それは私が頑張って日本語をおぼえたからでしょうがあぁぁぁ」


「ええぇぇええ」


 女神様の努力家な一面が垣間見えました。


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