はじまりの転移は女神様と共に
ーーオキナサイ
目覚めを促す声が聞こえる。拡声器を通したように、声は辺りに響き渡り、耳に心地よい余韻を残す。
ーー起きなさい!
先ほどよりも幾分大きな声が聞こえる。鈴を転がしたような、澄んだ声で、女性と思しき声が何度も呼び続ける。
ーー起きなさい、絵島稔久!!
絵島稔久という同姓同名の人が多くいるとは思えない名前を声が言ったので、目を開ける。意識ははっきりとしていたのだが、外の空気が普段と違う上に、自身が発するものと呼びかける声以外の音が全く聞こえないのを不審がって、しばらく様子見していたのだ。
さらに自身の記憶が正しければ私は確かに死んだはずだ。もちろん死後にどこに行くかなんてわからない。極楽浄土に流れ着くことも、地獄に落とされることも、全くの無であることも、生まれ変わることもあり得たわけである。
そんなわけで、死後に案内人がいることだって不思議ではないし、神が直接魂を選別することだってあるかもしれない。
そんなことを考えながら目を開けたのだ。
「やっと、起きたのかね」
私の視界に映ったのは、人間に酷似した、というよりは人間そのものの姿形をした、女だった。背中に翼を生やした天使でもなければ、傍目で人外とわかるような鬼でもなく、まさしく、人間の女だったのである。
歳の頃は12歳前後と見え、金髪を肩のあたりまで伸ばしている。大きな青い瞳と透き通った色白の肌が印象的な非常に美しい女である。
均整のとれた顔立ちで、半分に切って鏡に写しても全く同じ顔が再現できるのではないかと思えるほど左右対称である。ただし髪の分け目が7対3で左に寄っているが。
服は胸元に可愛らしい赤いリボンのついた薄いシュミューズ以外に全身を覆うものはなく、身体つきをはっきりとさせていたが、彼女の顔と相まって、淫らさや幼さよりも神々しい雰囲気を醸し出していた。
辺りに目を送れば、見渡す限りの白が続いていた。白い宇宙空間に取り残されたみたいで、眼前にいる女のおかげで辛うじて、上下左右がわかるといった感じである。
「ここは……」
「突然のことで理解が追いついていないだろうが、ここは天界、君たちの認識では死後の世界というわけさ」
「はあ……」
「おいおい、その空気の抜けたような間抜けな返事は何だね。もっと驚くとか、突然の状況に慌てふためくとかしなさいよ」
確かに驚きはある。しかし、たいていの人間はこのような状況に置かれた場合、慌てふためくというよりかは呆然として言葉も出ないのではないのだろうか。
「いや、私も既に亡くなった身ですから、そういった体力といいますか気力といったものは生前に置いてきてしまいまして」
「これは想定外だ」
女は軽く瞼を上げて、呟く。冗談だったのだが、真に受け取られたのか。冗句や笑いというのはかなり高度に文化が発達していなければ生まれないのだが、ここには何もない。文化もへったくれもない。死後の世界では文明が発達させることもままならないではないか。
そんな益体も無いことを考えていると、女が場を取り繕うように咳払いをする。
「ゴホン。私は死後の世界の案内神。君をこれから導く者だ」
「ん、案内神?案内人じゃなくて」
「おいおい、ここは天界だぞ。人間が住んでいるわけがないじゃないか。この場所には神しかいない。君を除いてね」
「神ですか……。貴方が?」
「神を疑っているのかね。不敬な」
女が眉根を寄せてムッとする。感情が顔に出やすいタイプのようだ。不敬も何も人間にしか見えないのだから仕方がない。私は神だ、などと言い出す人間が現代にいたら白い目で見られるだろう。見た目が人間だからか残念な子にしか見えない。
「いや、貴方が神だという確信を持てないというか。何というか、貴方は人間の女にしか見えない」
「それは当然だろう。そもそも創造神は自らの姿に似せて人間を創ったのだから」
「もちろん、そういった教義があることは存じておりますが……」
世界で最も広がっている創造神話ではまさに唯一神が自身の姿に似せて人間を創ったことになっている。
しかし、この女が唯一神。私より年下にしか見えない可愛らしいお嬢さんだ。小さい子が背伸びして大人の口調を真似て、無理しているように見えなくもない。つい、微笑ましくなって目を細める。
「まったく……、人間は姿や形にとらわれすぎているというか、むしろ何も見えていないというべきか」
はあ、とため息をついて、自称神が顔をあげる。
「本来、私がここまでしてあげる必要性も義理もないのだが、君が私を神だと信じるまでとことん付き合ってあげようではないか。どうすればいいかね?」
どうも話が変な方向に進んでしまったようだ。目の前にいる人間が実は神であるということをわからせる質問。うーむ。
「私の知る神なら何か超常的な力を引き起こせるはずです。例えば、病を一瞬で直したりとか、雷を降らせるとか。そういったことはできませんか?」
「それは管轄違いだよ君い。雷を降らせるのは雷神が、病を治すのは医神がそれぞれ担当する。先ほども言ったが私は案内神。君を案内することしかできない」
どうやらこの世界に神は複数いるようで、それぞれに与えられた力しか発揮できないようだ。ということは人間を創造したのもやっぱり彼女とは違う神のようだ。
しかし、神も分業が進んでいるんだなあ、どうも俗っぽいというか人間らしいというか。
「がっかりしてくれるなよ、君。そもそも超常的な力というならまさにの場所、この空間がそうだと言えないかね」
「まあ、確かに」
「あまり納得していないようだねえ。案内神は案内する上で必要な知識を与えられる。もちろん、君のことは何でも知っているよ。それで納得してもらえるかね」
「はあ……。まあ、それなら」
「何でも聞きたまえ。神たる私が懇切丁寧に教えてあげよう」
自称神がふんす、と胸を張る。
「では、私の名前は?」
「そこからかね。君の名前は絵島稔久だ」
「生まれは?」
「149777643496949761の386764383764616643535だ」
「……」
謎の数字の羅列に思わず口を噤む。これはあれかな、小さい子が、地球が何周回った時って尋ねたり、やけに長い数字を言ってキャッキャしていたりするのと同じかな。
「神様ジョークだ。少しは笑いたまえよ」
どうやら冗談だったようだ。神もしっかりと笑いの文化を育んでいたようだ。しかし、先ほど私の冗談が通じなかったように神の冗句もどこに笑いどころがあるのかわからない。
「矮小たる私めには理解しかねます。虫けらにも劣る頭脳しか持ち合わせていない私にもわかるように答えていただけませんか?」
「そう自分を卑下するものではないよ、きみぃ。人間にしては君は賢いし、そうだなぁ……、ヤブ蚊程度には物の道理がわかっているのではないか」
「ヤブ蚊」
血を吸う、最近めっぽう見なくなったあいつ。
「ヤブ蚊」
女が復唱する。
「ヤブ蚊ってあのヤブ蚊ですか」
これもまた冗句なのだろうか。全くわかりづらい。
「私は君の時空間軸に合わせて話をしている。私がさすところの『ヤブ蚊』は君の国、君の時代にヤブ蚊と言われていた高次情報生命体のことで間違いない」
「ん、高次情報生命体?ヤブ蚊がですか」
「はあ……。虫けらに劣るというのは冗談だと思っていたのだがね。ヤブ蚊すなわち、創造神が258477458番めに創造した生命体で人間の認識できる3次元空間では昆虫の姿を取る吸血動物。吸血行動の目的は三次元位相における情報を媒介とした物質の制御にあり、その本質は……」
「ちょっと待ってください、いや、待て!」
たまらず声を張り上げる。急に話がSFチックになって、混沌としてきた。これはあれかな、子供が不思議な力に唐突に目覚めたりこの世の真理を語ったりするのと同じかな。
「ん?」
そう思って女の顔を見るが、ふざけているようにはみえない。
「蚊が貴方が創造した高次情報生命体ですって?バカバカしい。そもそも動物が今ある姿で急にある時代に生まれたなんていうのはとっくに否定された学説で、人間が猿から進化したのと同様、昆虫もより低次の生命体から進化して生まれたのです。そしてその大元は非生命であったはずで……。それともまた人間の見える三次元空間ではー、なんて言うつもりなんですか?」
とそこで女の肩が震えているのに気づく。下を向いて笑いをこらえているような……。この女!!
「くっ、ぷははははは」
「なっ!」
「失礼、あまりにも必死になって否定するものだから面白くて面白くて。これも神様ジョークだよ、君ぃ」
「人間をからかって面白いですか!」
「ああ、面白い!実に愉快だ!至福、もう最高。これ以上の娯楽ったらない」
「娯楽って……」
そこで私は思い当たる。神が人間に恋したり、からかったり、操ったり、殺したり、とにかく様々な時代や国で語られる神話の神には相当数のロクデナシがいるということに。神のペースに乗っていたら相手の思うツボである。
「ごほん、それでジョークならそれでいいのです。質問に戻ります。149777643496949761の386764383764616643535を人間にもわかるように変換してください」
「ん?私がそんなことを言ったかな」
「言いましたよ!149777643496949761の386764383764616643535です。私の生まれを指す数字です!」
「1497763……なんだっけ?君、よくそんな細かいことまで覚えられるなあ。感心、感心」
「ふざけないでください!察するに神が宇宙を創造……私の時代ではビッグバンと呼ばれていましたが、そこからの時間を指し示す数字が149777643496949761であって」
「ほえー」
「宇宙空間を一定の領域ごとに分割して番号付けし、私の生まれた日本、あるいは地球でも太陽系でもいいですが、その場所を指し示す数字が386764383764616643535のはずです」
「ほへー」
「何ですか、その気の抜けるような返事は。貴方が言い出したことでしょうに」
「知らないよ、そんなことは!」
「逆ギレしないでくださいよ!自分の言ったことに責任を持てなくて何が神ですか!」
「だからジョークって言ったじゃないか」
私は神が人間にわからない数字で話し出したのが冗句の一種だと思っていた。
「ジョークって……まさか、初めから」
「その通り!私が知っているのはせいぜい君の名前ぐらいで、君がどの時代の、どこの生まれだなんて知らない。どんな人生を歩んできたのかも知らない」
神のペースには乗るまいと思っていたのだがまんまと術中にはまっていたらしい。
「そんな……。じゃあ、なぜ私の名前だけは知っていたのですか?」
「案内する上で必要な情報は名前だけというわけさ。人違いがあったら失礼だからね。実際問題、君がいつ気づくかヒヤヒヤしながら会話をしていたところさ。その緊張感もまた楽しい」
というか他の情報もいろいろ知りたいんだけど、とぼそっと女が呟く。
「ああ、人間をからかうのが唯一の楽しみっていうのは本当だよ。見ての通り何もない場所でね。仕事滅多にないし退屈で仕方がない」
最後に会話したのはいつだったっけかなあ……、遠い目をしてこれまた女が呟く。
「もういいです。それで私はこれからどうなるのですか?」
「どうなると思う?」
「話をそらすつもりですか。早く本題に入ってください。私がこれからどうなるのかを端的にわかりやすく」
心を冷徹にして、もう何者にも惑わされない。事務的な会話に終始することを決意する。
「そうだねえ、君の行く末を話すためにはまず、私がなぜここにいるのか説明する必要がある」
と思った矢先、女はまたしても真偽のわからぬ話で煙に巻こうとする。よく神話の登場人物は神を尊敬し、いうことを聴き、なすがままを受け入れてきたなと感心する。むしろ私は神話の登場人物を敬うことにしよう。天晴れ、ヘラクレス!よくやっているよ、シーシュポス!
「事の起こりは神歴6666年、私の父、ヌァーフフが神列審議会の編成庁副長官に選出されたことに始まる。ここまではいいかな?」
「……」
空が白いなー。
「編成庁は主に神の人事を司る役所で……」
「……」
地も白いなー。
「それが……」
「……」
どこも白いなー。
「あのー」
「……」
女も白いなー。
「聞いてますー?」
沈黙し続ける私に耐えかねたのか、女がその美しい顔をぐっと近づけ、私の目を覗き込む。まつ毛長い、目は大きい、それにいい匂いがする。
「すみませんでした、私が悪かったです。なので私と会話をしてください。私の顔を見てください。呆れないでださい、眠らないでください、見捨てないでください」
急に口調が変わる女神。会話の節々に透けて見えたが、おそらくこちらが素なのであろう。慇懃無礼な態度も尊大な口調も何処となく無理をしている様子が見られたからだ。
「はあ……。さっさと本題に入らない貴方が悪いんですよ。次はないですからね」
「はい。申し訳ありませんでした」
目を潤ませて、うなだれる女。なんだか可哀想になってきた。
「それで私はこれからどうなるのですか?」
「貴方にはこれから別の世界に生まれ変わってもらいます。そして、貴方を別の世界に送り届けるのが私の仕事です」
「ん?それだけ?」
「はい、以上です」
今明かされる衝撃の事実。あれだけ焦らしておいて、二言で済んでしまった。
「別の世界っていうのは?」
「私は知りません。あくまで、あなたを送り届けるのが仕事ですから」
淡々と話す女。よく見ると、目を気まずそうに逸らしているような。
「えーっと、生まれ変わるっていうのは文字通り、0歳からやり直すっていうことかな?」
「私は知りません。あくまで、あなたを送り届けるのが仕事ですから」
「記憶はなくなるのかな?」
「私は知りません。あくまで……」
「ふざけんなよ、ごるぁ」
「すみません、すみません。本当に送るだけでいいって言われて他のことは何も教えてくれなかったし」
あれから一切連絡がないし、と呟く女。さっきから呟いてることが妙に悲しい。この女、実はとんでもなく哀れな神なのではないだろうか。
「わかりましたよ、何もわからないということが。もう、とにかく送るだけしか能がないならさっさと送ってもらえませんか」
「うっ」
「絵島稔久としての記憶が残るかもわからない。ここには何もない。無駄に時を過ごすぐらないなら、アクションを起こした方がまだ建設的です」
「私がいます!もう少しお話ししてからでも」
必死になって自分の存在をアピールする女。悠久の時を何もない空間で過ごす女。僻地に左遷されて、仕事はほとんどなくいつ来るとも知れぬ人間を待つだけの女。涙がちょちょぎれますよ。
「はあ……。では、貴方の名前は?」
私が会話の意思を示したのが嬉しかったのか、ニパッとだらしなく頬を緩ませる。はじめにあった威厳は見る影もなく、今はしっぽを振る子犬のように見えて来る。ポチのやつ、元気にやれているかなあ。
「ツィティアアです」
ツィティアアって言うんだ。初めて聞いたわ。神と人間で名前の付け方が全然違うのはわかるが、なんとも噛みそうな名前である。
「では、ツィティアア」
「はい!」
「私を異世界に送ってください」
「え」
信じられないといった表情で驚きの声をあげる。
「貴方は私の名前ぐらいしか知らない。そして私は人間で貴方は神。文化の違いどころか生命の壁があるのですよ。これ以上会話を続けたってお互い妙なすれ違いが見られるだけですよ。それに貴方は」
「そんなことないもん!貴方との会話を肴にして、これからも生きていけるもん」
もんって。肴って。
「なおさらお辛いだけでしょう。親睦を深めても貴方が虚しくなるだけです。さあ、送ってください!」
「うう〜、うう〜〜」
少々、いやかなり冷酷なようではあるが、ここは心を鬼にするところである。子犬のような彼女を見ているといたたまれない気持ちになって情が移りってしまいそうだ。
「……わかりました……。これ以上は私のわがままですもんね。神が仕事を放棄するわけにもいかないですし」
決心したかのように、あるいは自らを納得させるようにも見える。女にとっても私にとっても切り替えが大切だ。私にはどうなるかもわからない異世界での生活が、そして女にはいつ終わるともしれぬ仕事があるのだから。
「では、絵島稔久!貴方の第二の生に幸あらんことを」
震える声で女神が声を張ると同時に全身が光の粒に包まれ、浮遊感に襲われる。ふと、目を向けると女神が瞳を真っ赤に腫らして、肩を震わせているのが見えた。涙が一粒こぼれ落ちる。
「待ってください!」
ハッとする。私は自分の言葉に驚いた。なぜこんなことを言ってしまったのだろうか。女に同情して憐れんだろうか。さすがに突き放しすぎたかと罪悪感が生まれたのだろうか。
いや、ただ漠然と、これからいつ来るとも知れない人間を何十年、何百年、何千年と何もない空間で、たった独りで待ち続けるのはさぞ辛いことであろうと思ったのだ。私には、いや人間にはとても耐えらない。神は偉大である。
「どうしたのですか?」
吐いた言葉は呑み込めない。ええい、ままよ!
「私と一緒に行きませんか、異世界に!」
「え」
「いや、だから……つまり、私一人では不安で。どんな世界かもわからないのに身一つで送られるというのは、さすがに厳しいんじゃないかと」
なんとも言い訳がましい。初めて異性をデート誘う男子中学生でもあるまいし。今の私は客観的に見て、とても恥ずかしいことをしている!
「それは理解できますが……」
女は先ほどとは打ってかわって、何いっているんだコイツ、気が狂ったか見たいな目を向けて来る。
「それに送った世界がどうなっているのか貴方も気になるのではないのですか?」
「確かにそうですが。私も職場を放棄するわけには……。それに」
その言葉で女が神としての義務感でここにいるのではないかと推測する。押せ押せだ。
「いえ、何も仕事を無断でサボるというわけではないのです。あくまで視察を兼ねて……、そうこれから来るかも知れない人により正確な情報を与えるためです」
「でも」
少し流れが変わったのを感じる。相手に話すスキを与えずさらにまくし立てる。
「連絡がないって言ってたじゃないですか。それはある程度貴方の自由裁量に任されているということですよ。どんなふうに人間を導く、案内するのかを。そのために必要な情報を集めることも。むしろ何年も何もせずただ待ち続けることが仕事を放棄しているとも捉えられかねないのではないのですか」
「うぐっ、それは……。いや、そうだとしても、私が送ることができるのは貴方だけで。そもそもここに戻れるかもわからないし」
「私がここに来た時、何もなかったのですから、私の衣服や身につけているものも送られるのではないのですか。それなら送る範囲に貴方自身を含めることもできるかもしれない」
拙い理だがそもそも超常現象は私の理解の外である。何事もとりあえずやって見ることが肝心である。
「そんなこと考えたこともなかった」
「やってみる価値はあります。それと戻る方法ですがそればかりは私にはわかりかねます。送る方法すらわからないのですから。別の神が戻してくれるかもしれないし、貴方自身の力で戻れるかもしれない」
「そんな無責任な」
「そうです、無責任です。なのでもちろん貴方が決めることです。ここで悠久の時を独りで無為に過ごすのか、私とともに新たな道を歩むのか。貴方が決断できるまで私は待ち続けますよ」
実際のところ、私もどうなるかわからない異世界が不安だったのかもしれない。だから、待ち続けるなどという、変質的なストーカーみたいな、キザな言葉が出てきたのだ。そうに違いない。私は彼女を利用しているだけで他意はない。そのはずだ。
「わかりました。わかったわよ。貴方と一緒に行きます。確かに情報収集は大事だし、それに待っているだけが仕事じゃないというのはあり得る話だわ。きっとそうよ」
そう時間はかからず、女神が私の提案を承諾する。数分前の自分を見ているような言い訳がましい言葉を添えて。
「そうですか、それは心強い!ありがとうございます!」
女神様がついてきてくれるのが嬉しくて、つい、素の口調で喜んでしまう。そんな私を見て女神様は余裕を取り戻したのかしたり顔をする。
「ふーん。そんなに私と一緒に行けるのが嬉しいんだあ。へー」
「何ですか急にニヤニヤして」
「別にー」
最初にあった恭しさも、種族の壁もなくなり、口調も自然なものになっている気がする。急速に弛緩する場を締めるように女神がゴホン、と大きな咳払いをする。
「では、絵島稔久。貴方と私の歩む道に幸あらんことを!」
「はい、女神様!」
今度は私と女神の周りが光の粒で包まれ、浮遊感とともに視界が暗転した。
次話で異世界と主人公の説明に入ります。