温泉の騎士アトラ
旅の汗を流すために、ギルドの宿泊施設1階にある大浴場へとやってきた。浴場は男女で分かれている。ニザヴェリルは火山地帯であり温泉が豊富なので、大浴場も温泉になっているらしい。24時間かけ流しの温泉がいつでも利用可能だ。まだ休むには早い時間帯なので貸し切りかと思ったが、先客がいるようで脱衣所の籠の一つには洋服がきれいに折りたたまれている。
「結構半端な時間だけど誰か入っているみたいだね。」
「冒険者は特に働く時間帯が決まっているわけではないからな。今日は休んでいるのか、もしくは早めにクエストが終わったのか、あるいは夜のクエストに向けて準備をしているのか。いろいろな理由があるだろう。」
「冒険者同士なら気兼ねすることもないでござるな。一緒に入るでござるよ。」
「結構いまさらだけど、私って動物だけど公共のお風呂に入ってもいいのかな?」
「ちゃんと体を洗ってから入れば大丈夫だろう。冒険者ギルド加盟国は様々な種族が共生しているので、他種族だからと差別するようなものはいないぞ。人間の国はギルドにも加盟していないし少し特殊だと聞いているが。」
アカネは素早く服を脱いで脱衣籠にしまい先に浴場へと向かった。私は元々裸で準備が必要ないので一緒に浴場へと向かう。フィオとミカも服を脱ぎ始めたのですぐに追いついてくるだろう。
浴場は石造りで西洋宮殿風になっており、大きな浴槽が一つとサウナが併設されている。浴槽には長い金髪をまとめている端正な顔立ちの女性が浸かっているが、目を閉じてゆったりとしているようでこちらを気にする様子はない。浴場の様子を見渡しているとフィオとミカも追いついてきた。洗い場があるので先に体を洗おう。
「よそ様もいるからあまり派手な魔法は使わない方がいいでござるな。普通に体を洗うでござるよ。」
「マキはまた私が洗ってあげようか?」
「ありがとう、でもこの体にも慣れてきたし自分で洗ってみるよ。」
「せっかくの温泉だし各々自由に楽しむとするか。」
4人はそれぞれ体を洗い始める。アカネは忍者特有の早業であっという間に体を洗ってサウナへ向かっていった。フィオとミカは丁寧に長い髪を洗っているので少し時間がかかりそうだ。私はちょうどいい感じのブラシが有ったので自分で体を洗ってみることにする。アカネのような亜人種向けだろうけれど、毛皮用の洗剤が有ったのでそれを使って体を洗う。パンダの体に慣れてきたこともあって、鏡を見ながらなら全身くまなく洗うことができるな。私は全身を黙々と洗い、泡だらけになった。
「あとは流せば終わりかな。」
シャワーを使って全身の泡を洗い流し、無事1人で体を洗うことができた。慣れてしまえばパンダの手は思った以上に器用だな。これならいろいろな道具も使えそうだ。2人はまだ時間がかかりそうだし先に湯船に浸かっていよう。
温泉は硫黄のいい香りがするので硫黄泉のようだ。湯船には湯の花ができていてわずかに魔力を帯びている。普通の温泉ではないのかな?お湯の温度はぬるめで長風呂に向いていそうだ。泉質の事なんて詳しくは知らないしとりあえず入ろう。
「あー生き返るー不死身だけど。」
私が湯船に浸かると先に入っていた金髪の女性はようやくこちらに気づいたようで、立ち上がって近づいてきた。ミカもフィオもそうだったが、この世界の女性はまったく裸体を隠そうとせず堂々と丸出しで歩いてくる。ミカとフィオは見た目こどもだから気にしなかったけれど、そもそも体を隠すという文化が存在しないのかもしれないな。女性は見た目20代前半くらいで種族は人間のように見えるが、人間は他国には現れないという話だから違うのだろう。身長は160㎝程で細身だが、相当鍛えているのか筋肉ムキムキで無駄な脂肪が一切ない引き締まった体をしている。顔立ちもきれいだしギリシャ神殿にある英雄像が動き出したかのようだ。しかし胸はまったいらだ。
「こんにちは。何か御用ですか?」
「ん?あなたは古代語を話せるの?」
「古代語?」
「うーん?そういう能力なのかな?まあいいか、私はアトラ。よろしくね。」
「私はマキですよろしくお願いします。」
私はミカからコピーした能力で相手にとって最も親しみやすい言語で話しかけることができる。古代語で話しかけたのはその効果だろう。意識して能力を使っているわけではないし、どんな言葉なのか私にも分からないけれど、古代語に親しみがあるなんて何者だろう?
「やっぱりあなたがマキなのね。珍しい動物の冒険者が登録されたって、ギルドではちょっと噂になっているからそうだと思った。」
まだほとんど何もしてないのに有名になっているのか。パンダなら仕方ないな。
「アトラさんも冒険者なんですか?」
「ええそうよ。ところであなた達のパーティにはエルフが居るのよね?」
「はい居ますよ。それがどうかしたんですか?」
「私はエルフの冒険者とはちょっと因縁が有るんだけれど、もうみんな引退してしまったのよね。それで久しくいなかったエルフの冒険者が現れたって聞いたから期待しているのよ。」
「因縁って何が有ったんですか?」
「話すと長くなるんだけれど、まあ大雑把に言えば良きライバルってところね。」
「なるほど。フィオが新しいライバルになるんじゃないかと期待しているんですね。」
「そういうこと。」
エルフの冒険者が久しくいなかったという事は、今現在もフィオしかいないのか。引退したエルフの冒険者というと冒険者食堂を経営していたフレイ、フィオの両親のレオとサラ。そして名前を聞いていなかったが、私たちの冒険者パーティにアルゴノーツと名付けてくれたご老人がいるな。ご老人は最初の冒険者と呼ばれるほど古い話だし、フィオの両親も少なくともフィオが産まれた時、つまり100年前には引退していただろうから関係ないのかな?フレイは詳しい話を聞いていなかったからいつごろ引退したのかは分からないけれど、私が知らない誰かの事かもしれないな。
アトラと話をしているとフィオとミカが体を洗い終えて湯船に入ってきた。一緒に浴場に来たのだから噂をすれば影というわけではないが、ちょうどよいタイミングだ。
「先に入っていたのかマキ。そちらの御仁はどなたかな?」
「この人は冒険者のアトラさんだよ。フィオに会いたかったみたいだね。」
「冒険者のアトラと言えば父に聞かされた事があるな。大昔の話だと思っていたが、まだ現役だったのか。」
「君がフィオか・・・どことなくサラに似ているな。」
「サラは吾輩の母だからな。」
「となると父親はレオか。私の事はどんな風に聞いていたの?」
「決してパーティを組まないソロ冒険者、双剣のアトラ。容姿端麗にしてその実力はまさに英雄。しかしその胸は平坦であった。そしてまたの名を温泉の騎士。」
「娘に何吹き込んでるんだあいつ。」
「アトラさんはパーティを組まないんですか?」
「私が冒険者ギルドに入ったのは、レオがギルド長になったときに加入させられたからだし、真面目に冒険者をやってる人たちとは組めないよ。私の旅の目的は各地の温泉を巡る事と強い奴と戦う事だから、街に被害が及ぶような緊急クエスト以外は受けるつもりもないし。」
「ギルドに加入させられたって何が有ったんですか?」
「現在もだけど当時の私はどの国にも属していなかったからね。行き先で小競り合いになることも多かったからレオが気を使ったんだろうね。冒険者はギルド加盟国に対しては中立の証になるから、余計な争いごとが減らせたのは確かね。」
どの国にも属していないのは私も同じだな。冒険者登録をしていなかったら、ニザヴェリルに入国するだけでもいろいろと面倒だったのだろう。登録しておいてよかったな。
「ところで吾輩に会いたかったらしいが、何か用が有るのか?」
「いや今は特に用はないんだけど、君たちが強くなったら手合わせ願いたいと思ってね。レオとサラのコンビとは何度か試合したくらいだけど、私と互角に戦える冒険者はあの二人以降現れていないから物足りないんだよね。冒険者じゃないエルフ達も強いけど、その気がない相手に喧嘩を売るのは私の流儀じゃないし、強さを求める冒険者が相手ならお互い気持ちよく戦えるでしょう?だから久しぶりのエルフの冒険者であるフィオには期待しているよ。」
「強い人との試合ならアカネが喜びそうだね。」
「そういえばアカネはまだサウナに居るのか?姿を見かけないが。」
「話は聞かせてもらったでござるよ。」
声とともに湯船の中から突如アカネが姿を現した。まったく気づかなかったが魔力を消して隠れて潜っていたのか。最初に会ったときはミカに魔力と匂いが原因で隠れているのがバレていたが、ユグドラシルの修行を経て魔力操作ができるようになった成果だな。
「こらこらお風呂で遊んじゃいけないよ。」
「あっはい。ごめんなさい。」
この世界で常識的な対応を受けるのは逆に新鮮に感じるな。私が出会った人たちはみんな異様におおらかだったからな。私が考える常識寄りな思考を持っているアトラは、この世界ではむしろ変わり者なのかもしれないな。比較対象がそんなにいないけれど。
「4人パーティだとギルドの情報にはあったし、これでアルゴノーツが揃ったのかな?」
「はいそうですね。あとはミミルも仲間ですけど。」
「ギルドにはパーティの情報まで載っているのか。ミッドガルドでは試しにクエストを受けただけだったが、冒険者活動を本格化するならギルドの端末データを詳しく見ておいた方がよいな。」
「冒険者ギルドの端末なら図書館のノルンに繋がっているから、私に聞いてくれてもいいよー。」
私たちはミミルの情報力をあまり活用していないが、いろいろなことができるんだな。
ミカはずっと黙ってアトラを見つめていたが、おもむろに口を開いた。
「アトラと言ったか・・・お前どこかで見た事があると思うんだけど、私の事を知っているか?」
「君はギルドの登録情報によるとミカだっけ?そんな名前は聞いたことがないと思うよ。」
名前は偽名というか最近付け直したみたいだから知らないだろうね。
「特に隠す意味もないから言うが私は森の賢者と呼ばれている吸血鬼だ。それでも覚えはないか?」
「吸血鬼にならユグドラシルのところで修行していた時に会ったような気がするな。ずいぶんと昔の事だから曖昧だけど。」
「言われてみればユグドラシルが育てていた冒険者とそっくりだな。胸が無いから男かと思っていたが、あれがお前だったのか。」
「男扱いは酷いな。まあ当時は髪を短くしていたし仕方ないか。」
「うーん、もっとずっと前に会ったような気がするんだがな。」
ミカは納得していない様だが、お互い覚えているならユグドラシルのところで会ったのは間違いないだろう。
「アトラさんもユグドラシルの試練を受けたんですか?」
「私もってことは、君たちも試練を受けたのか?見たところ若そうなのにすごいな。」
「ミカ以外の3人で協力してですが試練を突破しましたよ。アトラさんも見た目は若そうですけど、話からすると結構な歳なんですか?」
「ふふふ年齢は内緒だぞ。」
こどものような見た目のフィオですら100歳以上だし、年齢を聞いてもあまり意味がないから気にしなくていいか。ユグドラシルの修行を受けて、黄金の果実を食べているなら寿命はかなり延びているだろうし、見た目と年齢が一致しないのもおかしくはないな。
「話から察するにアトラさんは冒険者の中では一番強いんですか?」
「全員と戦ったわけではないけど、強いと噂の奴とは大体試合して勝っているかな。正面切った戦闘能力が高ければ優れた冒険者というわけではないし、試合自体受けてくれない人も居たから一概に一番とは言えないけれどね。」
「こどものころの話とはいえ、エルフである吾輩の両親二人を相手に互角に渡り合えるという事は、人の域を超えた力だな。ユグドラシルの修行を受けていたという事であればそれほど驚きはしないが。それほど強い者がどの国にも属さずに旅して回っていたら問題も起きるだろうな。」
「そんなに強いのなら拙者も一度胸を借りたいところでござるな。」
「私はしばらくニザヴェリルに居るから、時間があれば相手をしてあげるよ。私の胸は貸すほどないけどね。」
身体的特徴をネタにされると笑っていいものか反応に困るな。聞き流しておこう。
少し話し込んでしまったので長湯になったが、アトラとも話が一段落したことだしそろそろお風呂から上がろうか。
「今後の計画も立てないといけないしそろそろ上がろうか。」
「私はまだ上がらないから気にせずお先にどうぞ。」
「時間ができたら挑戦しに行くでござるよアトラ殿。」
「私は温泉巡りしている時以外は1階の105号室に居ると思うから、用があったら声をかけてよ。」
「はい。それではお先に失礼しますね。」
アトラに挨拶をして浴場を後にする。アトラは少し変わっているがユグドラシルにも認められているようだし悪い人ではないのだろう。かなり長く冒険者として活動しているようだし、何か分からないことが有ったら聞いてみるのもいいかもしれない。
魔法で水気を払い服を着てから私たちの部屋である203号室へと戻った。




