ゴーレム掃除犬コボルト
家具屋の店員でエルの友人のメリーに連れられて、家具作りをしている工場へとやって来た。
工場内では男女半々くらいのドワーフの職人達が、各々自分の作業台について家電っぽい魔道具の製造をしていた。各人が部品製造から組み立てまでの全工程を1人で行っているようだ。
完成品を見ると、動力や駆動系は魔法鉱石を使用した物に置換しているらしいが、見た目は家電と変わらないな。
「見ての通りだけど、この工場では1人ずつ別々に作業しているんだよ。」
「見たところ組み立てだけじゃなくて、部品の製造も個々人でやってるみたいだけど、分業にはしないの?部品をたくさん作ってから、まとめて組み立てた方が効率がいい気がするけど。」
「部品に使う材料の質も均一ではないし、すべての製品は個別に調整して作られているから、一気にたくさん作る事はできないよ。品質を落とせば効率は上がるだろうけど、技術をないがしろにする様な工程変更はできないね。」
「なるほど。コスト減よりも品質確保に重きを置いているんだね。」
「職人はみんな自分の技術を最大限活用したいって想いがあるからね。分業にしちゃうと一品一品責任をもって仕上げる場合に比べて、やる気が落ちて効率も落ちると思うよ。」
職人達には誇りがあるから、それを否定するような事はできないんだな。
「ところで今は何を作っているの?」
「今作っているのはゴーレム掃除犬コボルトだね。」
「ゴーレム?ドワーフはゴーレムの製造ができるの?」
「それに関しては、設計者のエルの方が詳しいから、そっちに任せようかな。」
「うん、任せてー。」
案内役のメリーに代わりエルが解説を始める。
「まずゴーレムと名付けてはいるけど、ハードの部分は科学の世界の掃除ロボットとほとんど変わらない構造だよ。違うのは動力と制御ソフトの部分だね。」
「そう言えば、エルは制御に関してはあまり詳しくないって言っていたよね。」
「うん。この世界では電気的な回路を使った制御方式は無かったけど、ゴーレムを操る様な魔法鉱石のコアを使った制御が存在するから、そちらを利用する事にしたんだよ。ゴーくんみたいな大型である程度自律行動可能なゴーレムのコアは複雑だから、まだ詳しい解析が済んでないけれど、小型のゴーレムに単純な行動を取らせる程度の制御は現状でも可能だよ。ちなみにコアのプログラミングには魔法が深くかかわっているから、魔法が得意なミッドガルドのエルフに協力してもらっているよ。」
「制御系の技術を開発したのは、主にヨツンだねー。魔導式コンピューターであるノルンの制御技術も応用できたから、それほど時間は掛からなかったみたいだねー、」
エルの話を聞いていたミミルが付け加える。エルフとドワーフの協力関係は、たびたび話題には上がっていたけどかなり親密なようだな。
「せっかくだからゴーレムのテストをしてみようか。」
「それなら店舗の方に持って行ってテストしよう。」
完成品のゴーレムを工場から1台持ち出し、店舗の方でテストしてみる事にした。
メリーは掃除ロボットの事を『ゴーレム掃除犬コボルト』と言っていたな。見た目は掃除ロボットに似ているが、前方は丸く後方は四角いので円柱状のよく見る型とは多少異なる形状だ。ついでに後方には犬の尻尾のような箒ブラシが付けられている。この尻尾が掃除犬と呼ばれる理由だろうか?
「それじゃあさっそく動かしてみるよ。スイッチオン。掃除犬コボルト起動。」
エルが掛け声とともにゴーレムの下部にあるスイッチを入れ、床に置くとゴーレムは尻尾を振りながら床をゆっくり巡回し始めた。テーブルや棚などの障害物にぶつかると、少し角度を変えて進行方向を調整している。この辺は普通の掃除ロボットと同じような動きだな。
ゴーレムの駆動音はとても静かだが、床に落ちているゴミや埃をきれいに吸い取っている。大き目のゴミも吸い取っているので、かなり強力な吸引力が有りそうだが、それにしては静音性が高い。1つ1つの部品に至るまで調整を加えて組み立てられているので、部品の歪みや噛み合いの悪さによる振動音が発生しないのかもしれないな。
さらに観察を続けるとゴーレムは尻尾のブラシを使って、部屋の隅の埃を掃きだしているのが分かった。ただの飾りかと思ったが尻尾にも意味があったんだな。ゴーレムの形状的に四角い部屋の隅までは掃除しきれないから、尻尾の掃き出し機能が無ければ、四角い部屋を丸く掃くような形になってしまうんだな。
そのまましばらく観察していると、一通り床を掃除し終えたゴーレムは最初に起動した位置まで戻ってきて停止した。
「自動で止まるのでござるかー?賢いでござるなー。それに隅々まできれいになっているでござるよ。これだけ高性能なら殿が欲しがるのも分かるでござるなー。殿自身は掃除なんてしないと思うでござるけどね。」
「たしかに勝手に掃除してくれるのは便利だな。エルフならば魔法でパパっと掃除できてしまうので、ミッドガルドではおそらく需要が無いが。」
「そうだねー。エルフ達はなんでも魔法で済ませちゃうから、便利な道具だとは思っても使わないだろうねー。」
アカネ、フィオ、ミミルは各々ゴーレムの性能に感心してはいるが、ミッドガルドでは必要ないという見解で一致しているようだ。
「ところでどうしてコボルトって名前なの?コボルトって犬っぽいモンスターの事だよね?」
「え?コボルトはモンスターではないよ。妖精とか精霊の一種で、家事を手伝ってくれたり、逆にイタズラしたりすることもあるけど、おおむね人とは友好的な関係を持っている種族だね。見た目は犬っぽい小人って感じかな。」
「話だけ聞くとアカネみたいな犬の獣人との違いが分からないけど、何が違うの?」
「獣人はその名の通り獣の特徴を持った人だけど、コボルトは人ではないよ。さっきも言った通り妖精とか精霊の一種だね。生物ではないから雌雄での繁殖はしないし、増えたり減ったりはするみたいだけど、その辺の生態はいまいち分かってないよ。」
「へー。」
コボルトは生物ではないのか。実際に会う機会が有ったら、どういった存在なのか直接話を聞いてみたいな。しかしエルもよく知らないようだし、これ以上は詮索しても仕方ないか。
「ゴーレムのテストも終わったし、また工場に戻ろうか。せっかくだから家具も見ていってよ。家具屋だからね。」
話がひと段落したところで、案内役のメリーに促され、今度は家具を見せてもらうために再び工場へと足を運ぶことにした。




