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第一章 その3

 白野が通う片瀬高校は、女子高としては、国内でも有数の歴史を持ち、数々の偉人を輩出してきた。創立百二十年を迎えた今年、学校のみならず、商店街や、農家、漁協の人までもが、盛大に創立記念の日を祝おうと必死になっていた。

 「私は、東京の別荘で、のんびりしていたわ」

 「私は、親戚のパーティーに参加したの。ほら、これが記念写真よ」

 「すごく華やかね」

 教室の中央で話題になっていたのは、プライドの高い生徒たちの、三連休の過ごし方だった。些細なことであっても、上手く肉付けして、周囲の目を惹こうと、躍起になっていた。

 「お嬢様方が羨ましいな」

 「家なんて、精々、農作業の手伝いくらいしかないのに」

 庶民的生徒たちは、教室の隅にたむろして、彼女たちの会話を、遠くから聞いていた。

 「川奈さんは、どうなさっていたの」

 ある生徒が尋ねた。

 「別に、どこか行ったわけではないけれど、散歩を少しだけ」

 「そうなんだ」

 生徒は、白野の元を去って、別の生徒と話し始めた。

 (本当に、気楽でいいわね。お嬢様であるか、貧乏であるか、ということは、大した問題ではない。愛のない富と、愛のある貧困を天秤にかければいいだけのことだ)

 放課後、白野は、いつものように図書館へ向かった。毎回騒ぎ立てる連中の姿は、この日に限って見られなかった。

 (元々は、こんなに静かだったんだ)

 定期的に鳴り響くチャイムの音や、グラウンドから聞こえる、生徒の掛け声が、活き活きと伝わって来た。白野は、くすっと笑って、参考書のページをめくった。

 (ここで勉強するのも、あと少し。残りも大部無くなって来た。お疲れ様)

 

 六時を告げるチャイムが、ひと際大きく響いた。いつものように、参考書と鉛筆を鞄に仕舞い、立ち上がろうとした時、隣の部屋から、本が勢いよく落下する音と同時に、女性の悲鳴が聞こえた。白野は、鞄を放り出して、部屋に向かった。埃をかぶって、黒ずんだ本と共に、数日前に会った、あの、華奢な図書委員が倒れこんでいた。白野は、すぐさま駆け寄って、図書委員を抱きかかえた。

 「大丈夫?どこか怪我しているんじゃないの」

 白野は、図書委員を背中に負ぶって、保健室へ連れて行った。幸い、怪我はなかったが、あまりにも突然の出来事に、言葉を失ったようだった。

 「大丈夫かしら」

 白野は、図書委員の額を、そっと撫でた。図書委員は、白野を一生懸命見つめていた。

 「ありがとうございました」

 暫くして、図書委員は、そう告げた。

 「よかった。心配したんだから」

 白野は、もう一度、図書委員の額を撫でた。図書委員は、緊張して、再び固まった。

 「ごめんなさい、私、小さい子の面倒見るの、好きだから」

 白野は言った。図書委員は硬直する一方で、再び話さなくなった。

 「川奈白野と言います。よろしくね」

 白野は、にっこりと笑った。

 (さっき、おんぶした時にも感じたけれど、本当に小さいのね。身長は、そこそこあるけれど、肌の柔らかさといい、温かさといい、軽さといい、可愛すぎる。ああ、妹だったら、ずっと面倒を見てあげられるのにな)

 外を見ると、既に日は沈んでいた。七時を過ぎていた。白野は、携帯電話を取り出して、隆司に連絡を取ろうと、廊下に出た。

 「事情は分かった。もう少し一緒にいてあげなさい」

 隆司は言った。白野は、ありがとうございます、と告げて電話を切った。

 「何か欲しいものはあるかしら」

 白野は尋ねた。図書委員は、首を横に振った。

 白野は、図書委員が、一向に甘えを見せないので、ヤキモキした。もう一度、顔を撫でてあげようと近づくと、猫のように丸まって、布団に隠れた。

 「嫌ならば、直接言ってくれればいいのに」

 白野は、溜息をついた。これ以上は無理だと思った。

 「さようなら。あなたも落ち着いたら、早く帰りなさい」

 白野は、そう告げて、保健室を後にした。

 

 隆司は、いつもの場所で、白野の帰宅を待っていた。また、白野のお姉さんごっこが始まったのか、と思った。

 (あいつも、色々苦労が絶えないからな)

 鞄から、コーヒーを取り出し、一気に飲み干した。いつにも増して甘く感じられた。ミラー越しに白野の姿を確認して、エンジンをかけ始めた。白野は、それを耳にして、非常に申し訳ないことをした、と感じた。車までの距離は大して残っていなかったが、小走りに駆けた。

 「申し訳ありませんでした」

 白野は、深く頭を下げて言った。隆司は、まあまあ、と言って、

 「それが、白野のいいところだから」

 と告げた。

 「それで、彼女さんは、怪我しなかったのかい」

 隆司は言った。

 「そうですね。表面上はどこにも。ただ……」

 「そうか。辛いな」

 隆司は、ミラー越しに白野の表情をうかがった。一番辛いのは、他でもなく白野自身なのだ、と言い聞かせた。


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