第二章 その1
いつになく短い夏休みが終わった。学園は、いつものように生徒たちの活気で溢れ始めた。
「白野お姉さま」
車から降りた白野を校門で待ち構えていたのは、瀬川夏花だった。白野は、おはよう、と言って、瀬川の脇を通り過ぎた。
「お待ちになってください」
瀬川は、きっと一緒に歩いてくれるに違いないと思っていたため、慌てて白野の跡を追った。
「人の跡を追いかけるなんて、行儀が悪いわよ」
白野は、そう言って、瀬川の方を振り返った。白野がにこりと笑っているのを見て、瀬川は安心した。
「お姉さま、ご冗談はおやめください」
「ごめんなさい。あなたに寝顔を見せたくなかった、と言えば言い訳になるかしら」
「また、そうやって……」
白野は、瀬川の小さな手を引いて、肩を寄せた。瀬川の息遣いが、細かく奏でられていた。
(少しは、変わったのかしら)
白野は、教室まで瀬川を送り届けようとしたが、瀬川は、下駄箱までで結構です、と言った。
「何かわけでもあるのかしら」
「いや、別に特段あるわけでは……」
(白野お姉さまは、全く自覚していらっしゃらない。私の噂はともかく、変に面白がられたら、迷惑になるのは、お姉さまご本人なのだから)
瀬川は、適当な言い訳を述べて、そそくさと教室へ向かった。白野は、教室に着いてから、何か気に障ることをしたのではないか、と考えた。
放課後になると、いつものように参考書やノートブックを携えて図書館に向かった。単に勉強する場所ではなくなった。
「いらっしゃいませ」
瀬川は、最高の客人をもてなす女将のように、丁重なお辞儀をした。白野は、かえって、瀬川の幼さが露骨に現れていると感じた。
「店員じゃないんだから。あなただって学生でしょう」
白野は、瀬川を揶揄った。
「別にいいじゃないですか。今日は何をお探しですか」
白野は、少しばかり首を傾げて、尋ねた。
「パストラーレの名曲を味わって、自分は未だ詩的ではないと思ったの」
「なるほど」
瀬川は、とりあえず頷いて、そうですね、と言った。
「オルガン奏者になると、中世ヨーロッパの素朴を表現できるかもしれないわね」
白野は、机を鍵盤に見立てて、指をそれとなく動かした。
「完全に、別の世界に行かれている……」
瀬川は、白野の様子を眺めていた。カソリックの厳格な規律を身に包んで、人を導く女子院長を思い浮かべた。
「聖堂のパイプオルガンってまだ使えるのかしら」
白野は、唐突に呟いた。瀬川は、そもそも、ホールにパイプオルガンがあることを認識していなかったため、反応出来なかった。
「決めた。聖堂に行こう。ちょうど、音の川が流れてきたところよ」
白野は、わけもなく笑って、そそくさと駆けだした。
「昔から、あんな感じだったものね……」
瀬川は、溜息をついて、白野が置いていった鞄を、カウンターの脇に置いた。
残った仕事を片付けて、白野の元に行こう、と考えた。




