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2・新たな局面

 あの約束の日から三日後の朝。

 宮中が、まるで敵国の大軍が攻めて来でもしたかのように上を下をの大騒動になっているのを、道化師アルトは見た。唖然としていても、誰も道化師に説明などしてはくれない。ただ、皆の会話を拾ってゆくうちに、事態はすぐに掴めてきた。


『サジウス将軍閣下が暗殺された』

『最近ご寵愛の踊り娘に、寝所で毒矢を射られて無惨に刺殺されて!』

『犯人の踊り娘は行方知れず』


 俄かには信じ難かった。暗殺という手段は確かに可能な状況まで来てはいたが、それはせずに、サジウスの罪状を弁明不可能なまでに暴き立てるのが目的だった筈。そして彼を処刑台へ……と。

 セレスティーナには、死に至る毒薬は与えていなかった。彼女が激情に……或いは絶望にかられてそれをサジウスに……もしくは自分自身に与えないように、という気持ちもあった。だが、少なくともサジウスを毒殺するような事態は恐らく起こらないだろう、とも思っていた。セレスティーナは約束を破る女ではないし、どれ程誰かを憎んだとしても、結局相手を私怨で殺めるまでの冷酷さは持ち合わせていないと感じていたから。それは、彼女の持って生まれた善良さを、両親が大切に慈しんで育んだからに他ならないだろう、とも。


(毒矢……? 刺殺……?)


 あまりにもセレスティーナから離れた言葉だ。それにしても、真実はどうあれ、サジウスは死に、セレスティーナはその下手人として追われているのは間違いのない事実……。

 いったい彼女はどこにいるのだろう? まさか踊り娘一座や下町の隠れ家に戻ってなどいまいか? 勿論そんな辺りは真っ先に調べが入っているだろう。


 フィエラ宰相亡きあと、己の傀儡を形ばかりの宰相とし、全ての権力を欲しいがままにしていた将軍の、突然の永遠の不在に、人々はただ狼狽え、惑っていた。アシルの姿は見えない。本来なら、病床の父に代わり、次期皇帝として真っ先に人々の動揺を鎮め、導かなければならない立場であるのに、『師父であった将軍に祈りを』と言ってただ棺の傍にいるらしい。思えば、宰相の死のときもそうだった……あの時はサジウスが、のちの手配は自分に任せておけば良いから皇子はその死を悼んであげていればよい、と誘導していたのだが……そのサジウスがいなくなったというのに、アシルは同じように、誰かがどうにかしてくれるとでも思っているのだろう。

 不甲斐ない……これが己の宮廷か。アルトは舌打ちを堪えた。人々はただ不安げにしているばかりで、将軍が一人で実権を握っていた様々な国策を今後どうするのか、誰もまだそういった事を話し合おうとすらしていない。もう少し落ち着けば、権力者の座の後釜を狙って動き出す輩も出てくるだろうが、サジウスは好戦的で強欲で短慮のきらいはあったにはせよ、人心を掌握する術には長けていた。ほかの人材は団栗の背比べのようなもので、その間で権力闘争が起こってくるのだろう。サジウスの子どもは、成人した女子は幾人かいた筈だが、男子はまだ幼いと聞いていた。正妻もおらず、世襲は難しい。


(このままでは破滅だ……この国が完全に駄目になる前に、アシルを排し、わたしが皇位に就く。それ以外に救いの手はない。だが、わたしの味方など誰もいない……セティウス、セレスティーナ……おまえたちは何処へ行ってしまったのか……)


 そんな事を考えていた時。柱の向こうから、ひとつの人影が近づいて来た。アルトははっとする。それは、アシルの婚約者シェルリアだった。

 勿論アルトは、シェルリアの事を胡散臭い敵と思っている。セレスティーナを罠に嵌めて蹴落とし、サジウスの後押しを得て皇太子の婚約者となった女。恐らくはサジウスの手駒だろうと。だが今、この美しく利口な女は完全にアシルの心を掴んでいる。もうサジウスという後ろ盾は必要ない。アシルの傍にいて、他の者たちとの会話を聞いていると、この女は単に立ち回りが上手いだけでなく、常に状況を読んだ上で言動を行い、解らないふりをしながら政にも詳しいようだと思える。もしかしたら、今の状況は、彼女にとっては、アシルの皇妃となって国をきり回すのに絶好の機会なのかも知れない。


 そんな女が、道化ごときに何用だろう? とアルトは内心身構える。彼女は、親しい人の死を悼む喪章をつけて、沈痛な面持ちで歩み寄ってきたが、傍に来るといきなり、


「あなたに渡したいものがあるのです、道化師アルト」


 と話しかけてきた。


「それはまた光栄でございますが、いったい如何なるものでございましょうか?」


 とアルトは答え、シェルリアの表情から思惑を掴もうとするが、その白皙の美貌からは一切なにも読み取れない。


「ここでは渡せません。今宵、わたくしの館の裏口へ来て頂きたいの。ああ、これはアシルさまにもお話ししてある事だから、身構えなくて結構よ」

「左様でございますか。お召しとあればいつ何時でも伺いますが」


 シェルリアの唇を、微かに笑みが通り抜けたと思ったのは、気のせいだったろうか。


「わたくし、怪我人を拾ったの。その男は酷い重傷で、元の人相もわからないくらい。何者かに追われているようであったので、取りあえず匿ってあげたのだけど、そんな怪しい者をいつまでも置いてはおけない。そんな時、その男が言ったの。自分はあなたの友人だ、って。だから、あなたが面倒を見てあげて欲しいのよ」

「…………」


 セティウスに違いない。アルトは直感した。だが、セティウスがこの女に、自分との関係を話す筈がない。この女が調べたとしても判る訳がない。サジウスですら掴めなかった事だ。もし生前のサジウスが知っていたなら、自分を放置していたのはおかしい。それに明らかに彼の態度は、ただの道化師風情、以外の価値のあるものを見るようではなかった。


「いやなの?」


 アルトが即答しなかったので、シェルリアは囁く。はっとしてアルトはすぐに、


「勿論お引き受け致します。確かに、最近消息の分からなくなっていた友人がおりまして……酒場で喧嘩でもしたのでしょう、シェルリアさまにはとんだご迷惑をおかけしました」


 と答えた。シェルリアは満足げに頷き、立ち去ろうとする。


 だが、すれ違いざまにこう囁きかけてきた。


「その男は、意識を失ったまま、譫言で『アルトさま……』と言ったのよ。貴族の子息から尊称で呼ばれるあなたは、いったいどういうひとなのかしらね?」


 咄嗟に、アルトは何も言えなかった。

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