08 お嬢様、公爵家を窮地に追い込む
「あの、きいてもいい? ねこみみは、ニーナがつけるんじゃなかったの? マヌエラもだけど」
「いえ、私ははじめから、リディアお嬢様に身につけて頂くつもりでしたが」
「私もニーナに、リディア様の猫耳を作るとお聞きして参りました。素晴らしい仕事ができましたわ」
「あ、そう」
どうやら、随分はじめの方から食い違いがあったらしい。だから蜂蜜色って言っていたのね。
「ええと、もうはずしてもいい?」
「そんなっ! リディアお嬢様、是非、他の使用人にもそのお姿を見せては頂けませんか? この時間なら、夕食の支度も始めたばかりですから、厨房の者たちにも余裕がありますっ!」
「ええ、ニーナ、その通りだわ。リディア様、私たちだけで猫ちゃんを堪能したことが他の使用人に知れたら、恨まれてしまいますわ。それとも、お嫌でしょうか?」
「いやではないけど……わたしがつけるとはおもっていなかったから。これ、しゃこうかいではやるかな? わたし、へんじゃない?」
社交界のお姉さま方、買ってくれるかな?
「そういえば、これ、社交界で流行らせようと考えていたものなんですね……は、流行るでしょうか? リディアお嬢様はそれはもう完ぺきに可愛いですけれども」
「ニーナったら、今そんなこと考える必要はないわ! さあ、リディア様。参りましょう」
「そ、そうですよね! さあ、リディアお嬢様っ! せっかくですから、お姿だけでなく、完ぺきに猫ちゃんになりきっちゃいましょう! 売れるかどうかは二の次ですっ」
なんだか本当に売れるのか不安になってきたけれど、ここまで来たらやるしかない!
流行りものなんて、後々、なんでこれが流行ったの? ってものが流行ることもある。周りがみんな持っていたら、なんとなく良さげに見えて欲しくなってしまうのが人間ってものなのだ。
だから、わたしは世論に強く訴えかける! 猫耳は、おかしくない! ふつう! 社交界の新常識!
アピールし続ければ、はじめは引いていた人たちも、そのうち見慣れてくる。そして、心が弱っているときなんかに、あれ? 意外といけるんじゃね? とか思うはずなのだ!
わたしが猫耳ブームの、先陣を切る!
最初に足を踏み入れたのは、厨房だった。
「バカヤローッ! お前、適当な仕事すんじゃねえよ! 野菜の切り方見たらわかるって前にも言っただろうが、オイ。やり直し!」
修羅場だった。
この空気の中に入り込む度胸はない。慌てて扉の陰に隠れて、厨房をそっと覗き見る。
怒っているのは、普段は優しい料理長のグレゴーリオだ。わたしはグレおじさんと呼んでいる。熊のように大きくて、ちょっと言葉遣いが悪い。でも、料理はとっても繊細な味付けで、見た目も綺麗。さすがは公爵家の料理長なだけはあるなぁ、といつも感動してしまう。
マヌエラと同い年で、なかなかに仲が良いらしい。昨日までのわたしが知っていたマヌエラさま情報は、全てグレおじさんから聞いたものである。
グレおじさん、大きいから、怒鳴ると凄く響くんだなぁ。凄い迫力だった。わたし、本当にこの緊迫した空気のなかに、飛び込むの……? いや、さっき先陣を切ると心に誓ったのだ。できる女は、誓いを破らないっ!
この一歩が、猫耳ブームの一歩となる!
「たのもーーーー!」
「!? リディアお嬢ちゃん、どうかした……ッ!? オイ、本当にどうした!」
厨房の人みんな集まってきちゃった。扉は破ったけど、この後どうしよう。あんな大声出しておいて、何も考えてない。
と、とりあえず、わたしは世論と戦いにきたのだ。猫耳ブームの先陣を切ると決めたからには、猫耳をおかしくないと思ってもらわないと。
あ、あと戦いってことは、何かに勝てばいいのかな? うん、きっとそう!
でも、グレおじさんに何で勝てばいいの?
……よし、夕食前のおやつにしよう! 普段はこの時間におやつを貰いに行っても、グレおじさんに止められちゃうけれど。今日こそは、おやつを奪い取ってみせる!
「グレおじさんっ!」
「お、おう。お嬢ちゃん、どうしたんだ? 何がしたいんだ?」
「お、おやつを」
「おやつ? いやもう、」
「おやつを、くださいにゃー! お願いだにゃん!」
見よ、この渾身の猫ちゃんポーズ!
これで、なんか猫耳をしている人、という違和感はない筈! なぜなら、わたしは今、猫ちゃんだから!
「くそっ! 猫ちゃん、棚のおやつ全部持っていきな! オイ、お前ら! 夕食のメニューを変更する! 猫ちゃんが食べられるように、ネギ抜きのフルコースを作りやがれ!」
よっしゃ、勝った!




