07 お嬢様、素直な心を持つ3
「失礼いたします、リディア様。私をお呼びと伺いました。お裁縫で面白いものを作るそうですね? リディア様との初めての共同作業、ですわね」
急いで来てくれたのだろうか。メイド長らしい優雅な仕草だけれど、少し頰が赤い。片眉を上げて悪戯っぽい表情を見せたマヌエラさまに、わたしはノックアウトされた。
「……はふん」
「え!? リディアお嬢様ぁっ」
「あらあら、リディア様? 私が介抱してさしあげましょうか?」
無意識に椅子から降りて、マヌエラさまのもとにふらふらと吸い寄せられていたらしい。
もう、わたし、どうなってもいい……!
マヌエラさまに貢ぐ決意を固めた瞬間に、ハッと意識を取り戻した。どうやら、半泣きのニーナにチョップされたようだ。
「ニーナ、ありがとう。マヌエラさま、きゅうによんでごめんなさい。ねこみみをつくるために、おさいほうのうでをかしてほしいの」
「もちろん、私に出来ることは何でも致しますわ、リディア様。それより、どうぞ私のことはマヌエラとお呼びくださいませ」
「あ、えっと、でも……」
「マヌエラ、と。どうぞお呼びになって? リディア様と私の仲ではございませんか」
「わたしと、マヌエラさまのなか……?」
「ね? リディア様」
「ま、マヌエラ」
「ふふ、リディア様のマヌエラでございますよ」
「わたしの、マヌエラ……」
あ、だめ、ぼーっとする。悪魔の魅了ってこんな感じなのかも。
「マヌエラ……いたいっ!」
「す、すみませんお嬢様。チョップに力が入りすぎました」
「ニーナ……だいじょうぶよ、ありがとう。あたまがすっきりしたわ」
こうなったらサッサと猫耳を作って、マヌエラには帰ってもらおう。わたしの理性が旅立ってしまいそうだもの。
「なるほど、わかりました。ひとつ作るのに5分もかかりませんわ。作り方はぬいぐるみの耳と変わりませんから、私は型紙無しで作れますもの」
「さすがマヌエラ様ですわ! お嬢様、さっそく作っていただきましょう」
「そうね! マヌエラはなにいろのぬのをもっているの?」
「ふふ、リディア様、ここはプラトナム公爵家ですわよ? 布も糸も、全色すぐにご用意できますわ」
おお、凄い。何色にしよう……猫は絵本でしか見たことがないけれど、確か白と黒と茶の猫がいた気がする。でも、装飾品にしては地味なのかしら。ピンク色の猫とかいないわよね?
「うーん……? ニーナとマヌエラはなにいろがいい?」
「蜂蜜色でっ!」
「蜂蜜色ですわね」
凄い、即答だ。この2人って気が合うみたい。
「じゃあ、そうしましょう。マヌエラ、つくるところをみてもいい?」
「もちろんですわ、リディア様。こちらで作りますか? 布や糸が置いてある保管室の横に、裁縫室もございますけれど」
「さいほうしつ、いってみたい!」
さあ、完成まであと少し!
部屋を出て、階段を降りる。へえ、保管室って、玄関の裏側なんだ。仕入れとか沢山するからかな?
辿り着いた裁縫室で、マヌエラはあっという間に猫耳を縫い上げてしまった。凄い、本当に型紙も無しで完ぺき。
「さあ、後は中に詰め物をして、髪留めをくっ付けたら完成ですわ!」
「すごい! はやい!」
「ふふ、もう少しお待ちくださいね」
「あれ?これって……」
「それは羊毛ですわ。どうか致しましたの?」
「ううん、なんでもない。なかにつめるのって、わただとおもっていたから。ようもうってたかいんじゃない?」
「ああ、確かに、普通は綿を詰めますわね。私のこれは、癖ですわ」
「くせって?」
「実家が毛織り物屋なのですが、染色も自分たちで行いますの。職人たちは厳しいですから、納得のいかない仕上がりのものは、店頭には並びません。そうして余ったものは、私たちが紡いで、家で使います。でも、新人が染めたりすると、紡いでも紡いでも余ってしまいますの。それで、詰め物があるときは余った羊毛を入れるのですわ。考えてみたら、ずいぶん横着なやり方ですわね。綿に変えましょうか?」
「あ、ううん、わたしはこだわりないから!あまっているなら、もったいないからつかって」
「ふふ、ありがとうございます」
育った家によって、いろんな習慣が身につくんだ。面白いなぁ。
(でも、なんとなく、もったいない気がする、かも……?)
「きゃああああ! 素晴らしいですわ! リディアお嬢様ぁっ!」
「本当にね。はぁ……我ながら、素晴らしい出来だわ」
「きゃああああ! ニャアって言ってくださいませ! リディアお嬢様ぁっ!」
「絵師を呼ぶべきなのかしら……?」
「……にゃあ」
「きゃああああ! 手も一緒に! 猫ちゃんを真似てくださいませ! リディアお嬢様ぁっ!」
「勝手に呼ぶことはできないわ。アーヴィン様にご判断頂かないと……」
「……にゃあ?」
「きゃああああ! 完ぺき! 完ぺきな猫ちゃんですわ、リディアお嬢様ぁっ!」
「絵師を呼ぶべきだわ……!」
なんか思ってたのと違う。




