06 お嬢様、素直な心を持つ2
わたしは覚醒した。なんて素晴らしいアイディアだろうか。いまだかつて、人の頭に獣の耳がついているのを見たことがない。これは画期的な試みだ。そう、犬耳の髪飾りを作ろう。
ニーナのふわふわの髪の間から、ぴょこんと犬耳が覗くさまを想像する。うん、完ぺき。犬耳がつくことでニーナが完成すると言っても過言ではない! かもしれない!
「ニーナ! またせたわね!」
「はい……? 何か思いつきましたか?」
「かんぺきよ! あのね、あたまにいぬのみみをつけるの! かわいいでしょう?」
「まあ、頭に犬の耳、でございますか? それは……ああ、なんてこと! なんて可愛いのでしょう! 素晴らしいですわ!」
「えへへ、やっぱりそうおもう?」
「はいっ! あら、でも……」
「え? なに?」
「いえ、もちろん、犬の耳も素晴らしいのですが。私は、猫の耳の方が見てみたいですわ」
「ねこ……?」
ええ、そう? 悪いけど、どう見てもニーナは犬だと思うけどなぁ。でも、本人が猫の方が良いって言うなら仕方ないのかな。ニーナだからあんまり想像がつかないだけで、社交界のお姉さま方も、もしかしたら犬より猫の方が似合うのかもしれない。
わたし、犬派なんだけどなぁ。いやいや、これはわたしの趣味じゃない。お仕事なんだ。そう、プロならば、顧客のニーズには応えないといけない!
「わかったわ、ニーナ! ねこみみをつくりましょう!」
「はいっ!」
やる気に満ち溢れたわたしたちだったけれど。早くも壁にぶつかってしまった。
「まさかニーナがおさいほうできないなんてねぇ」
「うう、お嬢様、申し訳ありません……! やっぱり、無理にでも修行を積んでおくべきでした!」
プラトナム家はさすが公爵家なだけあって、使用人のレベルは総じて高い。犬みたいなニーナだって、実は他の家のメイドよりも何倍も有能なスーパーメイドらしい、のだ。
でもニーナは裁縫が一切できない。前に見せてくれた編み物の腕は素晴らしかったのに。
「ち、小さいときに、母に初めて針を持たせてもらったあまりの嬉しさに、勢い余ってしまって、こう……グサーッと」
「ええ? そんなところに? い、いたそう……!」
「はい……びっくりするわ痛いわで、慌てた拍子にさらに、こう……グサリッと」
「さ、さらに!?」
「は、母も慌ててしまいまして、咄嗟に私を抱きしめたのです。そのままギュッと、こう……グサグサと」
「いやぁぁぁ!」
「それから、針を見るとどうしても手が震えてしまって……お役に立てなくて申し訳ありませんわ」
「い、いいの! きにしないで! ニーナにはにどとはりはみせないわ!」
明るくって可愛いニーナの過去に、そんな深い闇があったなんて……ちっとも気がつかなかった。わたしもまだまだね。
「でも、そうなるとこまったわね……メイドたちのなかで、おさいほうがとくいなひとはいるの?」
「私以外のメイドは、皆お裁縫はできますので、誰に頼んでも良いとは思いますが……でも、やっぱり1番は、メイド長のマヌエラ様ですわね。ご実家が老舗の毛織り物屋さんで、お裁縫も編み織りも、素晴らしい腕前だそうですよ」
「マヌエラさまかぁ……」
「あの、何故メイド長は様付けなのですか?」
「ううん、なんでもないの」
わたしがメイド長に様付けをする理由はただひとつ。彼女がとてつもなく色っぽい艶のある美人だからだ。
メイド長はかなり忙しいのと、屋敷内では母についている事が多いので、わたしはほとんど話したことがない。
屋敷の使用人みんなと友だち! を目指してフレンドリーに過ごしているわたしには珍しいことに、彼女には近づけていない。
「マヌエラさまをみると、きんちょうしちゃうのよねぇ……」
「まあ! メイド長はお顔だちがしっかりされているので、気が強い方だと勘違いされやすいですが、とてもお優しい方ですわ。私がリディアお嬢様のお話をすると、嬉しそうにお聞きになられていましたもの。きっとすぐに仲良くできますっ」
「ううん……」
違うの、怖そうだとか思っているわけじゃないの。マヌエラさまが優しいのは知っているの。30代半ばで旦那さんとラブラブで二児の母親なのに、未だにモテて困っていることも知っているの。あ、これは料理長からの情報ね! 別に、わたしがコソコソ嗅ぎ回っているわけじゃないんだから!
あの亜麻色の陽に透ける髪、瑠璃色のガラス玉のような目、大きな胸に、柔らかそうな体つき……お母さまが華奢で清楚な美人だから、そういう美人なら慣れているのだけれど。マヌエラさまみたいな、色気が溢れ出ちゃっている美人はどうにも直視できないわ。
「なかよくできるかしら……?」
「もちろんですわ、リディアお嬢様! マヌエラ様がどれほどお喜びになるか。私、呼んできますねっ」
「あ、ちょっと、まって! まだこころのじゅんびが!」
「いいえ、待ちません!」
「ニーナ! ステイ! おて!」
「はいっ! お嬢様ぁっ」
「よしよし。マヌエラさまは、いそがしいんじゃなくて? むりをいってはいけないわ」
「いいえ、お嬢様! 猫耳のためと言えば、間違いなく予定を空けてくださいますわ! マヌエラ様も望んでいるはずですものっ」
「そ、そう……?」
マヌエラさまもニーナと同じく猫派ってこと? 確かに、あの色っぽい美人には、犬より猫の方が似合うけれど。でもマヌエラさまの頭に猫耳が付いていたら、可愛い筈の猫耳がなんだか怪しげな色気にまみれてしまうような……本当にマヌエラさまを呼んでいいの?
「リディアお嬢様っ! どうか、お願いいたします!」
いや、ニーナがここまで言っているのだ。信じてマヌエラさまを呼ぼう。
そう、今日の目標は『 人を疑わない! 心のままに素直が1番』なんだから!