05 お嬢様、素直な心を持つ
「リディアお嬢様、おはようございますっ」
「おはよう、ニーナ。きょうもとてもかわいいわ。おて」
「はいっ! うふふ、リディアお嬢様の方がずっと可愛いと思います」
新しい朝を迎えて、リディは晴れやかな気持ちだった。昨日のお父さまとのお茶会は楽しかったけど、色々と考え込んで疲れてしまったのだ。もう少しで熱が出るところだった。
殿下はお兄さまを狙っているんじゃなくて、ただの親切な人だったらしいし……それなのに疑ってしまうだなんて、きっとわたしの心が曇っていたのね。
今日のリディの目標は『 人を疑わない! 心のままに素直が1番』に決定した。
朝食に向かうと、ちょうどお父さまとお母さまも席に着くところだった。走って飛び込んで、おはようのキスをする。
「おとうさま、おかあさま、おはようございます! おかあさま、あたらしいドレスをありがとう。とてもかわいかったわ」
元気いっぱいのリディの挨拶に、微笑んで返すお母さまは、相変わらず清楚で美しい。
「気に入ってくれて良かった……リディに似合いそうな綺麗な水色だったでしょう? 少し迷ったけど、やっぱり遠出して良かったわ」
ちょっといつもより遠くの店に買いに行ってみたわ、みたいな雰囲気で話すお母さまが、実際には山に布の原料を求めて行ったなんて信じられない。……やっぱりお父さまにからかわれたのかな。ううん、だめだめ! 今日は人を疑わないって決めたんだから。そう、素直な心を持つの。
大好きなフルーツをたっぷりと使った朝食を終えて、お父さまとお母さまにバイバイする。
お母さまはお仕事はないそうだけど、家にはいない事が多い。王宮で王妃さまのお話相手をしたり、外交官をしているお祖父さまと情報を交換したり(何の情報かは知らない)、次の社交界で流行らせる新しい商品を考えて馴染みの商会と話し合ったり……とやる事はたくさんある、らしい。難しくてよく分からないけど、大変そうだなぁと思う。
わたしはまだ家庭教師もいないし、しなきゃいけないこともない。毎日楽しく遊び暮らしているけれど、それでいいんだろうか。
外に出てバリバリ働くことは出来ないけれど、室内でも何か働けるのでは? なにか、お父さまとお母さまのためにできることはないかな?
……そうだ! お母さまの代わりに、社交界で流行らせる商品を考えるっていうのはどうだろう? お母さまの手がけた商品はいつも人気が出ると聞いたけど、そろそろ違う目線で作られた商品が必要になるかもしれない。わたしの発想力が求められる時代が来るのだ!
「リディアお嬢様、今日はどうされますか?」
「ニーナ、へやにもどりましょう。しょうひんをかいはつするの!」
さあ、偉大なる開発者への道は開かれた!
「うーん、えっと……ううん?」
わたしは行き詰っていた。まずい、何も思いつかない。だって、わたしは家族以外とお茶会を開いたことがない。社交界がどんなものかよく分からないのだ。だから、なにが求められているのかも分からない。
どうしよう。そもそも、お母さまはどんな物を作っていたんだろう?
「ねえ、ニーナ。おかあさまのつくったものってなにがあるの?」
「セリーナ様の商品でございますか。そうですねぇ、色々ありますけれど……自分好みの香りを作れる香水、肌を引き締める塩パック、ガラスの花の花束とか。やっぱり、化粧品と装飾品がほとんどですね」
「けしょうひん……そうしょくひん」
なるほど。社交界の女性が買うものなんて、確かに化粧品か装飾品しかないよね。あとは服とかインテリアとか?
うーん、化粧品は無理かな。なんか薬っぽいし、わたしじゃ使い心地もよく分からないし。となると、装飾品?
「ニーナ、これからわたしがいうもの、うってたらほしいなっておもったらおしえて」
「はい、お嬢様っ」
「しんじゅのヘアピン」
「欲しいですっ」
「ダイアモンドのネックレス」
「欲しいですっ」
「ぎんのかいちゅうどけい」
「欲しいですっ」
「……シルクのおうぎ」
「欲しいですっ」
「……クリスタルのうでわ?」
「欲しいですっ」
「……エメラルドのゆびわ!」
「欲しいですっ」
「……おてっ!」
「はいっ! お嬢様ぁっ」
だめだ。ちっとも決まらない。いや、ぜんぶ欲しいということは、全て良案ということなのだ。ここから絞り込めばいいのだろう。
「ニーナ、さっきのなかでいちばん、あったらうれしいのはどれ?」
「さっきの中から選ぶのですか? ……お嬢様のおて、ですっ!」
あっそれ選択肢に入れちゃうんだ。
だめだ。ちっとも決まらない。つまり、さっきの選択肢は、全ておて以下という事だ。今となってはあの中から選ぶ気もなくなってしまった。よく考えたら、普通に店で売っているものばかりだし。
もっとなんか……新しいやつじゃないと。
思いつけ! わたし! もっと熱くなれよ! いける! いけるって! 考えつくよ、自分を信じて!
「お嬢様、そろそろおやつに致しましょうか」
「はーい!」
おやつのスコーンを口いっぱいに頬張りながら、わたしは思考を巡らせる。
作るのは装飾品だ。それも、普通に売っているものではなくて、今までにない新しいもの。若い女性たちが買うのだから、なるべく可愛い感じで。うーん、思いつかない。
お茶を淹れてくれるニーナをジッと見つめる。ニーナは社交界の女性たちと同じくらいの年の頃だから、彼女に似合うものを作ればいいのだ。ふわふわの髪に似合う髪飾りとか? 華奢な手足を目立たせる腕輪とか? なんだかパッとしないなぁ。ニーナをさらにジッと見つめる。
「……リディアお嬢様?」
「うん?」
なになに! なにか思い付いたの!?
「うふふ、そんなに熱く見つめられても、スコーンはそれで最後ですわ」
「そんなくいしんぼうじゃないもん!」
ニーナを見ていたのは、おやつが欲しいんじゃないの! 待てを言われた犬じゃないんだから! ……ん、犬?
今、何かが脳裏をよぎった気がする。物凄いアイディアが、喉元まで出かかっているような気がするのだ。
『作るのは装飾品』『今までにない新しいもの』『可愛い感じ』『ニーナに似合うもの』
そう、それはつまり……
「わかったぁ! いぬみみだっ」
わたしの時代が来た!