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45.5 お嬢様の嘘泣き


 ーーそろそろ帰ってくる筈。


  わたしは玄関でお兄さまを待ち構えていた。

  目的はもちろん、報復のため。

  変な髪型でもリディアなら納得、みたいにサラッと流した家族たちを簡単に許すわけにはいかないのだ。まずは、先に帰るお兄さまと戦おう。


  せいぜい、嘘泣きにびびるがいいさ。

  ケッとやさぐれたわたしは今、生まれてからいちばん悪い子になっている自信がある。

  相手は大好きなお父さまやお兄さま? 関係ない。不思議な所も魅力的って言ってくれた? それがどうしたの。


  これを許してしまったら……わたしは自分が変な事をしていても、気がつかなくなってしまう。

  だって、家族がいつもの事かって流すんだもの。そんなの、ひどすぎるわ。


  リディちゃん、いい子だから落ち着いて! 嘘泣きなんていけないわ……と語りかけてくる天使リディを封印して、悪魔リディを召喚する。


「見ていなさい……リディアはやる時はやるのよ!」


  ーー何と言っても、わたしは魔王の妹なのだ。


「ふははははっ! 恐るるに足らず! ふはは……あっ」


  生まれて初めての壮絶に悪っぽいポーズで高笑いをしている所を、いつの間にか帰ってきていたお兄さまが首を傾げつつ見ていた。

  しまった! サッと血の気が引く。こんなに悪っぽいやつが急に泣いて、果たしてお兄さまは心配してくれるのだろうか?

  いや、しかし、やるしかない。 わたしの本気の嘘泣きで、考える暇を与えずにびびらせるのだ!


「う……うえぇぇぇん! うわぁぁぁん!」


  どうだ! 玄関に響き渡る悲しげな声!

  なんだか凄く悪い事をしてしまったのではないかって気にさせられるでしょう? 焦るでしょう?

  さらに声を張り上げるわたしを、お兄さまがひょいっと抱きかかえる。いいえ、抱っこごときでは泣き止まないわ!



  部屋に着いたお兄さまはいつものソファーに座ってわたしを膝の上に乗せる。基本姿勢だ。しかし、わたしはまだ泣き止まない!


「うえぇぇぇん! うわぁぁぁん!」


  う、うむ。そろそろ一声かけてくれてもいいんじゃないの? お兄さま、ずっと黙ったままだわ。

  仕方なく、そっと涙目で見上げた。ニーナのおねだり講座を受けているわたしにとって、涙目なんて簡単だ。


「うぇ……お兄さま?」

「うん?」


  そこには、とろけそうな笑顔でこちらを見つめるお兄さまが。

  あ、あれ? ダメージは受けていないの? なんでかしら。わたしがこんなに泣いているのに、焦らないの?


「ふふ……リディ、僕に魔王さまの真似を見られたのがそんなに恥ずかしかったの? 嘘泣きで誤魔化すくらいに?」


  嘘泣きだって僕にはすぐ分かるのに、リディは可愛いなぁ、なんて楽しそうに笑うお兄さま。


「え!? うそなきじゃないもん、うえぇぇん! うわぁぁぁん!」


  慌てて声を張り上げるけれど、お兄さまは温かく見つめるばかり。それどころか、誰にも言わないから大丈夫だよ、なんて励ましてくれる。


「ちがうもん! 別に、魔王さまを見られたからはずかしいとかじゃなくて……」

「うん、分かったよ。あんなリディは初めて見たな……でも、もう忘れたから大丈夫」


  そうやって必死に説明しようとすればする程、お兄さまに励まされて心が折れた。

  わたし、ふははははっ! とか言っちゃった……あんなポーズで。うわぁ、さっきは勢いでしたけれど……恥ずかしい。お兄さまも、笑うんじゃなくて励ましてくるのが余計に恥ずかしい。

  あまりの羞恥にぶわっと涙がこみ上げる。これは、嘘泣きじゃない。


「う、ううっ」

「可愛いなぁ」

「うぐっ……ぐすっ」

「しまった、意地悪しすぎたね? ごめんね、僕のお姫さま……よしよし」


  悪魔リディの嘘泣き、魔王さまに惨敗……。





  お兄さまにでろでろに甘やかされて、ご飯を食べたらだいぶ回復した。

  正直もう辞めてしまいたいけれど、お母さまとお兄さまにはしたのだから、お父さまにも嘘泣きを見せなければ。仲間はずれにしたら可哀想だわ。

  でも、意外とお父さまなら焦ってくれるかも? だって親馬鹿だし……お兄さまが反則なくらい強すぎたんだわ。いくらお兄さまそっくりとは言え、お父さままで魔王って事はない筈よ。

  よし! なんだかいける気がしてきた。頑張ろう。



  執務室で待ち構えていると、ドアが開いた。

  お父さまと目が合った瞬間に、くしゃっと顔を歪める。


「う……うえぇぇぇん! うわぁぁぁん!」

「リディ!?」


  パッと抱き上げられて、ゆらゆらと揺らしながら背中を優しくさすられる。ううむ、かなり対応が速いわ。でも、泣き止まない!


「うえぇぇぇん! うわぁぁぁん!」

「困ったな……お父さまがリディに何かしてしまったんだね? 考えているのだけれど、原因が思いつかないんだ。教えてくれる?」


  コツン、と額を合わせて、苦しそうな顔でわたしを覗き込むお父さまに申し訳ない気持ちが募る。どうしよう……果たして、お父さまにこんな顔をさせる程ひどい事をわたしはされたのだろうか。


  いや、変な髪型をサラッと流されただけだ。


「うぇ……んん」

「言いたくない? じゃあ、リディの気持ちが晴れるまで、お父さまは何でもするよ。してほしい事はないかい? 私は、リディにいつも幸せでいてほしいんだ。大事な娘だから」


  額を合わせたままで、お父さまがぎゅっと目を閉じる。深く息をついて、わたしを思いっきり抱きしめる。

  やばい、明らかにやりすぎた。お父さまを悲しませた!


「ご……ごめんなさい」

「謝らないで。リディに悲しい思いをさせた私が悪い」


  いえ、悪いのは嘘泣きしたわたしです。


「ええと……なんとなく泣いちゃっただけで、お父さまは悪くないよ」

「……ありがとう。泣きたい時にはおいでって言ったのを覚えていたんだね。これからも、いつでもおいで。こんな所で遅くまで待っている必要はない。王宮に使いを出してくれたら、すぐに帰ってくるから」


  顔中にキスを受けて、わたしは敗北を悟った。

  悪魔リディの嘘泣き、お父さまの真心に惨敗……。


  もう、2度と嘘泣きはしないと心に誓い、悪魔リディを封印した。

  嘘泣き、だめ、絶対。



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