45 お嬢様、ショックだった
「うむむ……はっ」
眩しい! あれ、いつの間に寝たんだっけ?
お腹に巻きついた布団から抜け出しながら考える。そう、昨日は確か……孤児院で遊んで、帰りの馬車に乗って。それから? リンダさんの頭について考えて……あら、その後の記憶がないわ。夕食もとらずに寝てしまったのね。
「うーん、つらい……」
とってもお腹が空きました。
「リディアお嬢様、おはようございます!」
「おはよう、ニーナ。おて」
「はいっ! うふふ。今日はどのドレスに致しましょうか」
「よしなに……」
「あら、じゃあ私の好きにしちゃいますよ! ふわふわでキラキラでフリフリでピカピカできゅるんきゅるんのドレスに致しましょうっ」
「ふ……? え、ええ」
ふわふわでキラキラでフリフリでピカピカできゅるんきゅるんの……?
そんなドレスあるの? うーむ、さすがプラトナム公爵家。
わたしはお腹が空いて力が出ないので、ニーナのお好きにどうぞ。
「うふふ、リディアお嬢様、ドレスに合わせて髪も結わえましょうか。ふわふわでクルクルでツルツルでピカピカできゅるんきゅるんの髪型に致しましょうっ」
「よ、よしなに……」
早く食堂に行きたいから、髪は下ろしたままでいいよって言おうと思ったけれど。
ふわふわでクルクルでツルツルでピカピカできゅるんきゅるん……? の髪型が気になってしまった。ニーナ、ほんとにその髪型にできるのね?
ツルツルでピカピカの髪型って、ちょっとだけ不安だわ。
「うふふ……はあっ」
「ニーナ」
「はぁい、なんですか?」
手を頬に当て、うっとりと溜息をつくニーナ。今日は朝からご機嫌だなぁとは感じていたけれど、ここまでだと流石に気になるわ。
「なにか、いいことでもあった?」
「え! すみません、そんなに分かりやすかったですか?」
ええ、ニーナ。揺れるしっぽが見えるくらい分かりやすいわ。深く頷くと、ニーナは胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
「昨日、リンダさん役の皆さんがふわふわ毛皮を着ていらしたんです。私、後ろ姿だけで執事長を見つけてしまって! 声をかけたら、執事長が『この格好でよく気がつきましたね』って優しく微笑まれて。ええ、すぐ分かりますとも。執事長は足音が全くしないですし、美しい歩き方も滲み出る品の良さも、ふわふわ毛皮を纏ったくらいではちっとも損なわれなくてーー」
やばい、変なスイッチを押してしまった。
「ーーで、勇気を出して言いました! 私は執事長の歩き方を参考にしているんですって。そしたら、そしたら! ふむ、って顎に手を当てた執事長が……はあっ。とっても自然に『……ふむ』ですよ! もう、かっこ良すぎてーー」
……ふむ。こんな感じ?
わたしもよくふむって言うよ。どう? デイヴィスともいい勝負でしょ?
わたしの全力のふむには目もくれず、ニーナはわたしの髪を結わえながらうっとりと話し続ける。ねえ、ちゃんと見てやっている?
「ーーで、私の歩き方を眺めた執事長が、だいぶ頑張ったようですねって頷いて……そこで、玄関に着いてしまったんです。ああ、残念、と思っていたら! 最後に振り返った執事長が! 『では、行ってまいります』って……きゃあああ!」
おおう。わたしの髪が、ふわふわでクルクルでツルツルでピカピカできゅるんきゅるんに……こ、こうなるのか。意外と変ではないけれど、派手だわ。
「はあっ。ニーナは幸せでした……」
余韻に浸っているから、そっとしておいてあげよう。わたしはニーナを置いて食堂へ向かった。
「おはよう! お父さま、お母さま、お兄さま」
「おはよう、リディ。昨日は楽しかったみたいだね。セリーナから聞いたよ」
くすくす笑うお父さまを見上げて、首を傾げる。もちろん楽しかったけれど。どうして面白そうな顔をしているのかしら?
「ふふ、だめだ! リディ、私のお姫さま。頭を置いてきてしまったんだって?」
お腹を抱えて笑うお父さまに、一気に恥ずかしくなった。ええい、好きなだけ笑えばいいわ! ちゃんと、来年の筋書きも出来ているのだから。ひつじのリンダさんは悪いヤギさんから逃げていて、旅の途中に何度か顔を変えるって設定よ。どうだ!
「リディ、そんなに険しい顔をしないで。リンダさんの頭はセリーナがちゃんと回収したそうだから」
「えっ! お母さま、本当に?」
急いでお母さまの方へ振り向くと、笑いながら頷いてくれた。なぁんだ、そうだったの。良かったぁ。
朝食を終えると、お母さまに呼び出された。今日はお休みで1日家にいるそうだ。嬉しくって、ついスキップをしてしまう。ああ、昨日たくさんスキップをしたから、まだ抜けていないんだわ。
「リディ、習いたい事は決まった?」
「へっ?」
習いたい事……? てっきりリンダさんの頭を渡すために呼ばれたのかと思ったわ。
習いたい事ってなんだっけ。
「ほら、暇だって言ってたから、先生を呼んであげるって話をしていたでしょう?」
「あ……あぁ!」
確かに、そんな話をしていたわ。この1週間は孤児院からひつじボールが送られては庭に飾り付けて……と忙しく過ごしていたから、すっかり忘れていた。
習い事ねぇ。うーん……
「お母さま、まだ決まっていないから、もう少しまってほしいわ」
「ええ。ゆっくりでいいわ」
「そうだ、お母さまはなにを習っていたの?」
「そうね……習字、歌、ダンス、刺繍、領地経営学、会計学、あとは周辺国の歴史と文化を教わっていたくらいね」
「へ、へぇー」
難しそう。ああ、さすがお兄さまのお母さま。頭が良さそうだわ。
「ちなみに、いちばん得意なのと苦手なのは?」
「刺繍は得意よ。マヌエラには負けるけれど……苦手なのは、ダンス。私と踊るといつも、アーヴィンが楽しそうだわ」
「そっかぁ」
うーん、こうして考えてみると、わたしとお母さまってあんまり似ていないのかも。わたしは運動神経が良い方だと思うし……だって、昨日遊んだ男の子たちの中にだって、とるねーど1号を成功させた子はいなかったし。
「うーん……ロザリーにも相談してみる」
「そうね。そういえば、今はセルディン侯爵領にいるのでしょう? いつ王都に戻るのかしら」
「年明けには帰ってくるって。小麦のおやつを持って!」
「そう……小麦で有名な所だもの。きっと美味しいわ」
「へぇ……」
じゅるり。確かに、小麦の名産地だと言っていた。素朴だけど香ばしくって美味しいの、ってはにかんだロザリーを思い出して、早く会いたくなってしまった。
部屋に戻って、ロザリーにお手紙を書く。
習い事を決めかねていますという相談だ。せっかくだから、ロザリーと同じのを習おうかな。
手紙を書き終えて、一息つく。
顔を上げたら鏡が見えて、ぎょっとした。なにこれ!?
「頭が……すごい」
ああ、今日はふわふわでクルクルでツルツルでピカピカできゅるんきゅるんの髪型だった。でも、誰も驚いた顔をしなかったから忘れていたわ。
慌ててお母さまのところへ戻る。
「お母さま! わたし、今日なんか変じゃない!?」
「いえ……特に変だとは思わなかったわ。どうして?」
不思議そうなお母さまを見てショックを受ける。いやいやいや、おかしいでしょう? この頭よ。ゴクリと唾を飲み込んで聞く。
「このかみ……なんとも思わない?」
「あ……大丈夫よ。前にアーヴィンと話し合って決めたの。他人に迷惑をかけたり、危ない事をしている訳でないなら、リディのやりたい事をさせようって。リディの少し変……いえ、間違えたわ。リディの少し不思議な所も魅力的だし、愛しているわ。心配しないで」
そう言って清楚に微笑むお母さまの慈愛に満ちた眼差しがわたしに注がれる。
頭に伸びた手は、一瞬ぎごちなく止まった後にわたしの肩の上に優しく乗った。
わたしも目を合わせて、にこっと微笑む。
お母さま、今、変って言いかけたわね。
お母さま、今、頭を撫でようとして躊躇ったわね。
「う……うえぇぇぇん! うわぁぁぁん!」
「え、リディ? ……どうしたのかしら」
5歳児の切り札・嘘泣き。くらえ!
わたしは今日、帰ってきたお父さまとお兄さまの前でも嘘泣きする事を心に決めつつ、お母さまに思いっきり甘えたのであった。




