44 お嬢様、出会った
「えっ! わたし、こじいんに行ってもいいの? ほんとに?」
「うん、リディも頑張っていたし、孤児院がどんなふうに飾り付けられているか見たいでしょう? 5軒全てには連れて行けないけれど、中央の孤児院は近いから。リンダさんの格好で行ってみたらどうかな」
「でも、あの毛皮はわたしには大きすぎるわ」
「大丈夫だよ、リディ用の小さいものもあるから」
朝食の後、含み笑いするお父さまが口にしたのは、わたしもリンダさん役として孤児院に訪問するという提案だった。
わたしサイズの毛皮をさりげなく出すお父さまに驚く。これ、いつの間に……?
「今日? わたしにできるかな?」
「そう、今日。驚かせようと思って言わなかったけれど、いきなりすぎたかな? でも、リディならきっと可愛いひつじさんになれるよ」
ええー、ほんとに? お父さま、親バカだからちょっと心配……でも、こんな機会は滅多にない。家で感想を待つだけだと思っていたのに、一緒に参加できるなんて。リンダさんとしておもちゃを配る自分を想像したら、わくわくが止まらなくなった。
よし! 不肖ながら、わたしリディアもリンダさん役をやらせていただきます!
気持ちのいい風が吹く昼下がり。
石畳みの上を滑り、揺れる馬車の中で。
わたしはお母さまにひたすら撫でられていた。
「お母さま……楽しい?」
「ええ」
ふわふわ毛皮を身に纏い、付き添ってくれるお母さまの前に立った瞬間からこうだ。
ひつじが琴線に触れたのだろうか。無言で頭から足先まで撫でられ続けている。
確かに、肌触りは良いけれど。手も足もふわふわに覆われているけれど。頭にひつじの顔を乗っけているけれど。でも、リディアだよ。分かっているよね? お母さま、わたしよりひつじの方が好きなの? ちょっと不安になるくらい撫でられ続けている。
お母さまにこんなに撫でられたのは初めてだわ。うう、嬉しいような、悲しいような。
「まだ着かないのかなぁ」
「そうね……角を曲がったら孤児院よ」
窓から外を眺める。曲がった途端に、クリーム色の可愛らしい建物が見えた。
「わあ! かわいい家!」
馬車が止まる。という事は、この可愛い建物が孤児院なんだわ。思っていたのよりずっと暖かい感じで素敵!
出迎えてくれた孤児院の先生と挨拶を終えて、どうやってリンダさんらしさを出そうか考える。
とりあえず、妖精っぽく見えるようにスキップする事にした。お母さまと孤児院の先生がお話している周りをスキップしながらぐるぐる回る。うーん、妖精っぽい。
ついでに手をパタパタさせているところで、お母さまから声がかかった。
「リディ、こっちよ。先生が案内してくださるわ」
「リディ? わたしはリンダさんです〜」
気をつけて呼んでほしいわ。リンダさんには中の人はいないのよ。みんなががっかりしちゃうじゃない。
「先生、みんなはどこにいますか?」
「今は、食堂に集まってお菓子を食べていますよ。みんなで庭の木を飾り付けしたので、リンダさんには庭で待ってもらってもいいですか? 子どもたちを連れて行きますから」
「はーい!」
建物の外側から回って庭に出る。先生が言っていたように、庭の木にはひつじボールが吊り下げて飾ってあった。
「わぁ、かわいい!」
「本当ね。様々な彩りの実がなっているみたい。リディ、私はここの椅子に座って見ているわ。頑張ってね」
「お母さま! わたし、リンダさんだってば」
くすくす笑う先生が、子どもたちを呼びに行ってしまった。慌てて木の陰に隠れる。
「うーん……? 木の後ろから出るのってじみかなぁ」
妖精だもんね。派手に登場するべきだわ。
するすると木を登る。ううむ、ここは手堅くグレートリディ・スペシャルとるねーど1号で行くべきか。それとも冒険してはりけーん2号?
でも、慣れない衣装だし、雪も残っているし、失敗は許されないし。うん、ここはとるねーど1号で行こう。
木の上で、庭に出るドアが開くのをじっと待つ。まだかな、まだかな。
5分くらい待つと、子どもたちがワッと走り出てきた。今だ!
「とうっ!」
よし、着地も完ぺき! 呆気にとられた子どもたちの前で、手をパタパタさせてスキップした。
「こんにちは、リンダさんだよ。ひつじボールのお返しにきたよ〜」
まだ固まっている子どもたちの間を縦横無尽に駆け巡る。わたしのスキップはなかなか速いスピードが出せるのだ。
「ふふふ、おもちゃですよ。ひつじが選んだおもちゃですよ〜」
木の後ろに隠していた袋を掴んで、中のおもちゃを子ども1人1人に適当に渡す。
わあっと歓声があがった。
小さい子たちは大喜びで振り回し、わたしより大きい子は頭を撫でてくれた。リンダさん、ふわふわだもんね。
「ひつじボールのおかげで、リンダさんも冬を越せたよ。ふふふ、ありがとう〜」
子どもたちが輪になっておもちゃを見せ合う側で、ひたすらスキップをする。妖精ですから。うん? もう1回木から飛ぶところを見たい? よろしい。まだ成功率の低いはりけーん2号に挑戦だ!
「とうっ! ……できた!」
やったあ、大成功!
なになに? ワザを教えてほしい?
まず、木登りから出来るようにならないと話になりませんなぁ。ほら、あれが登りやすい木で……
3時間ほど遊んでいたのだろうか。気がつくと、日も暮れかけていた。
いつの間にかリンダさんの頭も子どもたちに奪われてしまったけれど、まあいいか。
リンダさんは頭部着脱可能妖精なのだ、たぶん。あとで回収しよう。
辺りを見渡すと、お母さまと先生が座ってお茶をしていて、小さい子どもたちはもらったおもちゃで遊び、体力に自信のある男の子は木登りととるねーど1号の修行をしている。
ああ、来てよかったなぁ。楽しいなぁ。
せっかく楽しく遊んだし、ちゃんと自己紹介して次の約束もしたいけれど。妖精は、スッと現れてパッと消えましょう。
みんなの目が離れている事を確認して、こっそり庭から玄関に向かう。お母さまとは目が合っていたから、わたしの意図に気がついてくれるだろう。
あれ? リンダさんがいないよ? あ、妖精だからいつの間にかいなくなっちゃうんだぁ……来年も遊びに来たらいいのに。
そんな子どもたちの声(妄想)を楽しみながら走り去る。
馬車の手前で、建物に振り返って一礼する。
「たのしかったよ! またねー!」
みんなに届け、リンダさんの想い。
思いっきり声をあげた後の静寂。さっきまで、みんなの笑い声が聞こえていたから寂しくなっちゃうな。目頭が熱くなっているのを無視して、勢いをつけて振り向き足を踏み出した。そしてーー
「むぐっ」
「すまない、怪我はないか」
何かにぶつかった。鼻が痛いです。
「ええっと……」
「鼻が痛むのか?」
なんだこの大きい人は。見上げると、がっしりした体つきに、無表情なすっきりとした顔。顔と同じくらい無感情だけれど、低くて聞き取りやすい声。お父さまと同い年くらいかしら……いや、そんな事より。
「黒いかみと……黒い目だ」
なんでわたし、こんなにびっくりしているんだろう。
そうだ、黒髪の人を見たことがなかったからだ。なんだか夜が似合いそうな人だなあ、とまじまじと見つめるわたしの前で、その人は首を傾げた。
「私の目は黒ではないが。濃い茶だから、そう見えるのかもしれないな。怪我はないな?」
「あ、はい」
いけない、わたしからぶつかったのに、まだ謝ってもいない。慌てて頷くと、その人は僅かに目を緩ませて頷き返した。
普段はにこにこ笑う人に囲まれているわたしにとって、それは微笑みとも言えないほど僅かな表情の緩みだったけれど。
何故かわたしはそれを見て、とても安心したのだった。
「良かった。では失礼」
孤児院の先生なんだろうか。そんなふうには、見えないけれど。去って行くその人を見送って、馬車に乗り込んだ。
お母さまを待ちながら、今日を振り返る。
セルディン侯爵邸以外に外出したのはこれが初めてだ。ロザリーとお話するのも大好きだけれど、みんなに木登りを教えるのも凄く楽しかった。ロザリーは木登りしないもんなぁ……楽しいのに。
木に飾り付けられたひつじボールも可愛かったし、リンダさん役も上手く出来た。
黒髪の人を初めて見たし……孤児院の子どもたちにも、髪が黒い子はいなかった。ふむ、なかなか珍しい髪色なのかしら。それに、あの人……
「リディ、遅くなってごめんなさい。子どもたち、お別れが言えなかったって残念がっていたわ。妖精だから次の冬にまた出てくるって言っておいたけれど……良かったの?」
「お母さま! だいじょうぶよ、計画どおりだわ」
「そう。なら、また来年もちゃんと来るのよ。では帰りましょうか」
「はーい!」
馬車がゆっくりと動き出す。
ほどよい疲れに眠くなってきたわたしは、お母さまの木登りのワザは危ないから控えなさいという聞き慣れた注意を耳に入れながら、ウトウトしていた。うう、瞼が重い。
寝ちゃだめだ……お母さまがなんか話している……起きろ、起きろ。
ガクッと揺れた頭を両手でしっかりと支えて気がついた。
あ、孤児院にリンダさんの頭忘れてきた。
つまり、リンダさんは体だけ帰ったという事だ。
そして、来年の冬に体が帰ってくる? そんなバカな。
ど、どうしよう。なんとかして、リンダさんが頭を残していった謎にもっともらしい理由をつけなければ。
一気に眠気も吹き飛んだわたしは、ひつじの妖精が遊んだ場所に頭を置いていく理由(今のところ有力な説は脱皮)について一生懸命考えるのであった。
やはり脱皮……? いや、ひつじの妖精は顔が濡れると力が出なくなっちゃって、新しい顔に交換するとか……? いやいや、実は旅をしながら気に入った人の顔を奪っていたりして……ぶるぶる。
わたしの中のリンダさん恐怖度がさらに上がってしまった。うう、リンダさん、ごめんなさい。やっぱりどう頑張っても、ただの可愛いひつじさんとは思えないわ。




