39 お嬢様、思いついた
次の日、わたしはいつもより早く目覚めた。
「うーん……? なんだろう」
なんだか空気の匂いが違う。澄んでいるような……窓の外に目を向けて、気がついた。
「わあ! 雪だぁっ」
今年初めての雪! 今すぐ庭に駆け出したいけれど、頑張って堪えた。暖かい格好で出ないとまた怒られる。うう、早くニーナ来ないかな。
「おはようございます、リディアお嬢様っ」
「おはよう、ニーナ! おて! ゆき!」
「はいっ! うふふ、雪が降って嬉しいですか? この調子なら、しっかり積もりそうですわ」
「わぁあー……楽しみだなぁ」
積もった雪の上に飛び込んで、庭中にわたしの跡を残すのだ。雪の山を作って、滑り降りるのも楽しいかもしれない。
わくわくした気持ちのまま、食堂へ飛び込んだ。
「お父さま! お母さま! お兄さま! おはよう」
「おはよう、私のリディ。ご機嫌だね。雪で遊ぶのはいいけれど、コートと手袋と帽子を忘れずにね」
「はぁーい!」
「リディ、明日は僕とも遊ぼうね。休みだから」
「はぁーい!」
「確か、そりもあった筈よ……リディ、明日ユーリウスに乗せてもらうといいわ」
「はぁーい!」
みんなにおはようのキスをしながら返事をする。お父さまが浮かれているわたしの前にしゃがんで、にこっと笑って手を出した。
「リディ、おて」
「はぁーい!」
「私のお姫さまは可愛いね」
満足そうなお父さまを見ながら思う。もしかして、ニーナにおてされるわたしが羨ましかったの? 大好きなお父さまのためなら、わたしはもっと犬らしくなれるよ!
その場でゴロンと横になり、お腹を見せる。ついでに、わふっと鳴いてみせた。
お父さまが目を細めて笑い、あごの下をくすぐる。えへへ、そこはくすぐったい。あ、耳もこそばゆいってば。
「よしよし」
「アーヴィン……遊ばないで。リディ、床に寝転がるのはやめてちょうだい」
ふっとお母さまの方を見たら、鈴を振るような声で、とっても清楚に微笑んでいた。んん……?
「父さま、母さまの言うとおりですよ。そういう可愛がり方はやめてください。……リディ、僕が明日たくさん犬の遊びをしてあげるから。今はやめようね」
甘い声が聞こえて、お兄さまの方へと視線を移す。とろけそうな笑顔をこちらに向けていた。あれ……?
「セリーナも、ユーリウスも、羨ましいのかい? 可愛い娘で遊ぶのは、私の当然の権利だよ」
お兄さまより深く響く声に、お父さまを見上げると、満面の笑みを返していた。えっと……
なんでみんな、変に迫力があるのかしら。
どうしてみんな、不機嫌そうな時にそうやって笑うの? プラトナム公爵家のしきたり?
わたしは不満な事があったら、つい口を尖らせてしまうし、声にも出てしまうのだけれど。……ふむ? わたしも迫力の笑顔を身につけるべきかしら。
わたしなりの迫力の笑顔を練習していると、お母さまに抱き上げられた。
「リディ、お行儀が悪いから注意しただけで、怒っているわけではないわ。そんな悲しそうな顔をしないで」
悲しそうな顔? しているつもりはないのだけれど。
そのままお父さまに渡される。
「リディ、私たちが喧嘩でもしていると思ったの? ちょっとふざけただけだから、そんな苦しそうな顔をする必要はないよ」
今度は苦しそうな顔? いえ、あの、これ迫力の笑顔なんだけれど……そう見えない?
お兄さまの腕の中に引っ張られて、そっと耳打ちされる。
「リディ、本当は悲しくも苦しくもないでしょう? 新しい表情の練習?」
やっぱりお兄さまは凄い、と思い知らされた朝だった。
朝食を終えて、部屋のソファに座りながら外を眺める。
雪ってどうしてこんなに嬉しい気持ちになるのかしら。いくら眺めても飽きない。
早朝から降り続けた雪が薄く積もり、庭は真っ白になっていた。
「きれい……」
一面の白。庭の木の茶と緑。綺麗……でも。
「足りない……?」
なんだろう。こんな寒い冬の日に、雪を見ながらしたい事があった気がする。
さっきから、つんつんした葉をつける木々に、妙に目が惹きつけられるのだ。
わたしの目に映る、白、茶、緑。それだけ? 足りない。もっといろんな色が欲しい。
「木……に色が足りない」
そう、足りないのは飾りだ。あと、子どもへの贈り物。
雪の降る冬に、木を飾り付けて、子どもにはおもちゃを贈って……?
確か、みんなが楽しみにしていて……子どもだけじゃない、大人も……あと、木にはふわふわしたものや、キラキラ光る【いるみねーしょん】が、
「リディアお嬢様? もしかして、具合でも悪いのですか?」
ハッと顔を上げたら、眉を下げたニーナがいた。あれ? わたし、寝ていた?
「ええと……だいじょうぶ。うとうとしていたみたい?」
「あら、声をかけてしまってすみません。急に俯いて黙ってしまいましたから……ミルクティーでもお淹れ致しましょうか?」
「うん! はちみつ入りにしようかな」
はちみつミルクティーを飲みながら、ふと思いついた事があった。
「ねえ、ニーナ。冬のお祭りってひとつだよね?」
「ええ、季節につき1つ、お祭りがあります。冬は、新しい年を祝うお祭りが年明けに」
「ふうん……」
もうひとつくらい、あってもいいのに。
お祭りって、なんだかんだ理由をつけて、大人がお酒を飲むばっかりってグレおじさんが言っていた。あとは、家族でのんびり過ごすとか。
王都中が賑わうそうだけれど、屋敷にいるわたしにはお土産のお菓子や細工物くらいしか関係がない。
もっとこう、驚くような、子どもに嬉しいお祭りがあってもいいんじゃない?
考え出すと、わくわくした。
「ニーナ! わたし、いろいろ頑張ってみる!」
大きな声で宣言すると、ニーナが目を丸くした。ふふ、わたしの活躍を見ていたら、もっと目が丸くなっちゃうんだから!




