37 お嬢様、待っていた
「うーん……よし、書けた!」
大好きなロザリーへ
お手紙ありがとう。セルディン侯爵領はどんなところ? わたしは王都から出たことがないので、ロザリーのお話がとっても楽しみ。おみやげは、この前教えてくれた小麦のお菓子をきぼうします。帰ってきたらお茶しようね!
冬でも元気なリディより
「うん、字の間違いもない」
秋から始めたロザリーとのお手紙のやりとりは、3日に1度の習慣となっていた。この冬は、ロザリーは侯爵領にて過ごすようで、お返事の間が空いてしまうのが寂しい。
「では、お預かりします。リディアお嬢様、そろそろお茶にしますか?」
「ううん! ニーナ、そとを見て!」
「外ですか?……今日は風が強いですね。うう、見ているだけでも寒いですっ」
「わたし、そとに出るわ!」
「何か見たいものでもあるのですか?」
「いいえ、そとに出ることに意味があるのよ」
「えぇ? では、しっかり着込んで暖かくしないといけませんね。コートを取ってきますっ」
「だめっ!」
わたしの急な大声に、ニーナがびくっとした。ちょっとうるさかったわ、ごめんなさい。
「コートはだめ……なら、毛布を巻いていきますか? ええ、そちらの方が暖かいかもしれません」
「もっとだめーっ!」
さらなる大声に、ニーナがぴょんっと跳ねた。ごめんなさい、わざとじゃないのよ。
「では、どんな格好をなさるのですか?」
「それはもちろん、半そでよ!」
「無理です! 想像しただけで寒すぎますっ!」
困った顔をするニーナには申し訳ないけれど、これは譲れない。
「どうして急に半袖なんですかぁっ。昨日までは、ちゃんとコートを着ていらしたのに」
「急にじゃないわ。わたし、こんなふうに風がびゅうびゅう吹く日を待っていたの!」
「どうして、風の強い日に半袖で外に出ないといけないのですかっ」
よくぞ聞いてくれました。
「それはもちろん、わたしが風の子だからよ!」
ババーン! と音が聞こえそうなくらいに堂々と、わたしは宣言した。
ふふん、風の子よ。かっこいいでしょう?
「えぇぇ……? よく分かりませんが、リディアお嬢様が風邪を引いてしまいます! ニーナは反対です!」
いつになく厳しい顔をしたニーナに、ちょっとたじろぐ。えぇ、ここは拍手が沸き起こるところじゃないの?
「あの……だいじょうぶよ、風邪はひかないから」
「いいえ、よく見てください! あんなに木がザワザワと揺れて……凄く冷たそうな風ですよ」
「いい風よね。これを待っていたわ」
「どうしてそうなるんですかぁっ」
「ニーナ。だいじょうぶよ。【子どもは風の子、大人は火の子】ってよく言うでしょう?」
「そんな言葉、聞いたことありません……リディアお嬢様、誰かにからかわれたんですわ」
「あら? 知らないの?」
「ええ、全く」
「そう……おかしいわね」
わたし、誰かにからかわれたのかしら?
そういえば、いつ教わった言葉なのか思い出せないわ。うーむ。
「なら、このことばが正しいとしょうめいしてみせるわ!」
ニーナの反対を押し切って、わたしは半袖に着替えた。長袖を脱いだ時には鳥肌が立ってしまったけれど、しばらくすると寒さも感じなくなった。
うんうん、いい感じ。わたしが風の子なのは、間違いないわね。
「じゃあ、いってくるわね」
「だめです! その格好で外に行くのだけは阻止してみせますっ」
「えー。だめ? おねがい、1回だけっ」
今までニーナに教わったおねだり術を駆使してお願いしてみたけれど、頷いてはくれなかった。さすが元祖おねだり上手のニーナね、まだまだ勝てないわ。
しかし、外に出られないとなると、言葉の正しさを証明するのはぐっと難しくなる。
うーん……そうだ!
「にわしさん! ここ、ここに座って」
「ふう……暖まりますねぇ。いやあ、今日は庭仕事は無理そうです」
「えへへ、あったかい部屋でゆっくりしてね」
わたしの考えはこうだ。ニーナに反対されている今、風の子の方は置いておいて、先に大人は火の子っていうのを証明する。
具体的には、寒そうな大人を見つけたら、すぐさま捕獲して暖炉の部屋に連れて行く。
体の芯まで暖まった大人たちは気がつく筈。
ああ、自分は火の側から離れられない、と。
そして部屋の窓から外を見ると、びゅうびゅう吹く風の中、楽しそうに舞うわたしを見つけるのだ。ここがちょっと難しいけれど、なんとか隙を見て飛び出すしかない。
そこまでお膳立てしたら、流石にみんな認めざるを得ないだろう。わたしが、選ばれし風の子だという事を。
大人たちが踏み込めない寒空の下、余裕たっぷりに舞うわたし……やばい、かっこよすぎる。思わずのびた鼻の下を、慌てて手で隠した。
まずは庭師さん、一丁上がり!
「デイヴィス! なにしているの?」
「おや、こんにちは。私は調合室に向かう所です。メイドたちに風邪予防ののど飴を作ろうかと思いまして」
「調合室ってさむい?」
「ええ。薬草もございますから、あまり室温を上げてはならないのです」
「作るのって時間かかる?」
「そうですね……2時間くらいでしょうか」
ふむ。それはとっても寒そうだわ。
「決まりね……デイヴィス、悪いけれどここは通さないわ。わたしについてきて。メイドたちには、ホットレモネードを作ってあげたらいいと思うの」
「よしなに致しましょう」
続いて執事長、一丁上がり!
「あっメイドさん! 今からきゅうけい?」
「はいぃ、リディアお嬢様! お、お疲れさまです!」
どうして声をかけただけで、びくびくするのかしら? 寒さに震えているのね、きっと。
「メイドさん、きゅうけいにピッタリなところに案内してあげる! デイヴィスのホットレモネード付きよ」
「執事長がいらっしゃるのですね! それなら安全……いえ、失礼しましたっ! 楽しみですっ」
寒がりのメイドさん、一丁上がり!
「しつじさん、ちょっと待って! あなた、今さむかったりしない?」
「おや。もしかして、寒いと言ったらお嬢様が暖めて下さるのですか?」
「ええ。まかせて!」
「では、失礼して」
「わぁ! わざわざ抱っこしてくれなくてもいいのに」
「暖めてくださるのでは?」
「うん、そう、このまま進んで、角でみぎね!」
乗りもの型執事さん、一丁上がり!
「そこにいるのは……ニーナね。最後のとりでだわ」
「はい? お嬢様、何か企んでおいでじゃないですよね。お外は絶対だめ、ですよっ」
「ええ、だいじょうぶよ。その、ニーナ……今、さむかったりしない?」
「特には寒くないですわ」
「うっ……えーと。とりあえず、あっちに行かない?」
「どうしてあちらへ行くのですか?」
「えっ! えーっと……あ! デイヴィスが! ホットレモネードを作って待っているわ」
「まあ、素晴らしいですわ! さぁ、参りましょう、リディアお嬢様。執事長のレモネードは絶品ですわ!」
よし! ニーナ、一丁上がり!
デイヴィス、ありがとう!
ニーナを誘導した後に、わたしは他のメイドさんも呼びに行く、という口実で部屋を出た。
そのまま保管室へ入り、リボンを手に取る。
「うーん。なるべく太くて、目立つリボン……あ、これ太い。青のキラキラ」
長さは……わたしの身長の4倍くらい。ちょうどよさそうだわ。
さあ、みんな驚くといいわ。わたしの風の子っぷりを!
外に出ると、髪がぐしゃぐしゃになる程の風が、びゅうびゅう鳴っている。うーん、いい感じ。思ったほど寒くないし。いざ、出陣!
「あ、小枝がおちてる」
強風で葉っぱや枝がたくさん落ちていた。軽くてよくしなりそうな小枝を見つけて、リボンの端を結んだ。
「よおーし。それっ」
まずは手を掲げて、くるくると回ってみる。
「わぁー! キレイ!」
リボンがびゅんびゅん飛ばされて、あちこちに揺れるのが楽しい。よし、ジャンプ!
「わぁーい! 楽しい!」
足を振り上げて、思いっきり前に跳ぶ。ドレスが邪魔だけど、意外といける。
「えい! えいっ! ……できないなぁ」
リボンだけをくるくるに回そうと思ったけれど、風が強すぎて上手く行かなかった。残念だわ。
そうだ、みんな、わたしの勇姿を見てくれているかしら? ちらっと2階の部屋の窓に顔を向けたけれど、カーテンが閉まっていた。
「あ! わたし、そと見ててねってだれにも言ってない!」
なんてことだ。わたしの悪いところだわ、いつも詰めが甘い。
仕方がない、大きな声で気がついてもらうしかないだろう。
「おおーい、にわしさーん! デイヴィス……」
デイヴィスの『ヴ』でカーテンが開いた。
慌てて後ろに向いて、リボンを上で振る。ふふ、どう? このリボン越しの背中。かっこいい?
「いやあああ! リディアお嬢様ぁっ! なんでお外にいらっしゃるのですかっ」
寒空の下、ニーナの悲鳴が響いた。
あれ、やばい。このまま行くと、怒られちゃう感じ?
慌ててくるくる回る。ほら、ほら! かっこいいでしょ? 怒らないで。
「リディアお嬢様ぁっ! すぐ連れ戻しに行きますからっ」
だめだ、回っても意味がないっぽい。
恐る恐るニーナの声がする方へ振り返ると、執事さんが窓から飛び降りるところだった。
「えーっ! なんで!?」
落ちたの!? 慌てて執事さんのもとへ駆け寄る。
「しつじさん! 足だいじょうぶ?」
「はい、ニーナがうるさいものですから。近道しました」
「近道……」
2階から? 執事さんってやんちゃだなぁ。
「さあ、リディアお嬢様。今度は私が暖めて差し上げましょう。戻りますよ」
「うん……怒らない?」
「怒りませんよ。…………私は」
執事さんに抱っこされながら、屋敷へと戻る。着々と、ニーナへと近づく。ああ、奇跡が起こって、怒るの忘れてくれたりしないかなぁ。神さま、お願いします。今度スペシャルなおやつをお供えしますので、お説教はなしにしてください。
「リディアお嬢様ぁっ! 私、絶対だめですって言いました! これで風邪を引いたらどうするのですかっ! お嬢様が辛い思いをするなんて、ニーナは嫌ですよ。だいたい、風の中で遊びたいなら、わざわざ冬に遊ぶことないんです! 春だって、夏だって、風が強い日はあるんですからっ。それにーー」
そんな都合の良い奇跡なんて起こらないのね。神さま、わたしのお祈りは聞こえなかったの?
「聞いておりますかっ!」
「はいっ! ごめんなさい!」
その後30分もお説教を聞いたわたしは、デイヴィス特製のホットレモネードを飲み損ねたのであった。
この世に神などいないのだ。




