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29 お嬢様、ひとつ賢くなった

 

「ふぁあ……さすがに、ねむいなぁ」


  わたしは、いつもより1時間も早く起きていた。誰の手も借りずに起きたい時間に起きられるのは、わたしの密かな特技である。


  寝間着のままで、音を立てないようにこっそりと部屋を出る。気を抜くと早朝から働く使用人にバレてしまうので、どきどきする。


「まずは、お庭だ……」


  庭に降り、昨日教えてもらったデンファレを4本摘んだ。庭師さんには、明日もらうねって言っておいたから大丈夫な筈。


  そのまま、背を壁につけて保管室まで移動する。途中でメイドさんが通ったので、慌ててカーテンの裏に隠れてやり過ごした。うん、わたし、将来は諜報員とかなれちゃうんじゃない? 見た目はただの公爵令嬢、中身は非情な諜報員……かっこいいんじゃない? やばい、そんな事を考えている暇はないんだった。


  保管室で紙とリボンを取ったわたしは、部屋に戻ってお花を1本ずつラッピングしたのだった。



「おはようございますっ! リディアお嬢様」

「おはよう、ニーナ。おてっ」

「はいっ! うふふ、お嬢様、なんだか嬉しそうですわね?」

「ニーナ、あのねっ……! な、なんでもないわ」

「そうですか……?」


  危ない、危ない。わたしは非情な諜報員になったのだった。情報を簡単に出してはいけないわ。


「きょうのドレスは、くらい色にしてくれる? やみにまぎれるような……」

「珍しいですね、リディアお嬢様が暗い色を着たがるなんて。そんな色あったかしら」

「あと、きょうのドレスは、ふわふわしていないのがいいな。ドアのうらにひそめるような……」

「それも珍しいですわ、お嬢様はふわふわのドレスがよくお似合いなんですが」

「あと、かみの色を変えられたりしないわよね? なるべく目立たない色に……」

「……リディアお嬢様。今日は諜報員ごっこですか? 何をお調べするつもりでしょう?」

「ええっ! なんでわかったの?」


  諜報員を見抜くなんて、ニーナ、何者? あやしい……


「どうしてそんな訝しげなお顔をなさるのですかぁっ」

「ニーナ……あなた、ちょうほういんだったり、しない?」


  蛇の道は蛇って言うし、わたしが諜報員とすぐに気がついたその手腕……あやしいわ。


「リディアお嬢様ぁ……助言するとしたら、いつもと違うドレスに違う髪では、何かをしますと言うようなものです。普段通りがいちばん、目立ちません」

「そう……では、いつもとおなじにおねがい」


  なんて的確な助言だろう。こんな身近にその道の人がいたなんて、びっくりだわ。師匠って呼ぶべきなのかしら。でも、ニーナはニーナよね。

  ちょっとニーナとの距離感に悩みつつ、わたしは食堂へ向かった。




「お兄さま! おはよう」

「おはよう、僕のリディ。おや、そのお花はどうしたの?」

「これは……あら? お父さまとお母さま、まだ来ていないの?」

「ああ、今日はちょっと寝坊したみたいだね」

「ふうん。これはね、デンファレっていうお花! お父さまとお母さまにあげるの」

「そうなの? きっと喜ぶよ。リディはいい子だね」

「えへへ、ありがとう!」


  そう、わたしはお父さまとお母さまにもデンファレをあげることにした。

  本当はロザリーとわたしのお花だけれど、昨日マヌエラから甘酸っぱい恋のお話を聞いて、他の『お似合いの2人』も祝福してあげたくなったのだ。


「ああ、ユーリウスもリディも待たせて済まないね。おはよう」

「おはよう、お父さま! はい、これもって」

「綺麗な花だ。ありがとう。リディがリボンを巻いてくれたの?」

「そうなの! はい、お母さまも!」


  お父さまとお母さまに1本ずつ渡すと、お母さまが花を見てはにかんだ。


「リディ、これはデンファレね……ありがとう」

「お母さま! わたし、ほんとにそう思うのよ」


  お母さまが嬉しそうに微笑んだ。お父さまがちょっと不思議そうにするのが見える。


「あのね、お父さま、このお花にはね、すてきな花ことばがあるの!」

「花言葉か……この花は知らないな。どんな素敵な言葉を贈ってくれたの?」

「これはね……おにあいの2人、だよ! お父さま、お母さま、だーいすき!」


  感極まってお父さまとお母さまの足元にタックルしてしまった。おでこ痛い。この感動の場面でなんたる不覚。

  嬉しそうに微笑んで見つめ合うお父さまとお母さまからそっと離れて、バレないようにおでこをさすさすしていたら、ふいに後ろから目隠しされた。なに? なにごと!?


「ふふ、だーれだ?」


  うーん、誰だろう? いやいや、お兄さましかいないでしょう。


「お兄さま!」

「そう、リディのお兄さま。あのお花……デンファレ。お似合いの2人って意味があるの?」

「そう! お父さまとお母さまにぴったりでしょう?」

「うん、確かに『お似合いの2人』だね。……僕にも、リディとお似合いの自信があったんだけれど?」


  耳元で低く囁かれて、背筋がぞぞっとした。あれ、お兄さま、ご機嫌ななめ?

  慌てて振り返ろうとしたけれど、まだ目隠しされていて動けない。さらにぎゅーっとされる。


「リディ……僕には、デンファレはくれないんだね? ふふ、いいよ、くれなくても」


  低く甘く囁かれて、ますます背筋がのびる。お兄さま、これって、お花がもらえなくてふてくされているのよね?


「その代わりになんのお花が貰えるのか、楽しみにしているね。あ、僕も花言葉がすぐ分かるように、ちゃんと勉強しておくから」


  最後まで優しく囁いて、耳にちゅっとキスをして離れていく。

  お兄さま、それって、花言葉をちゃんと調べて相応しいものを渡してねってことかしら?

  振り向いてお兄さまをジッと見ると、にこっと笑いかけてくれた。なんだろう、この迫力は。いつもと変わらない笑顔に見えるのに。


「リディ、僕だけのお花、とっても楽しみにしているから。ね?」


  とろけるような笑顔のお兄さまに向けて必死に頷きながら、わたしは心に刻みつけた。お兄さまが拗ねると、なかなかに恐ろしい。機嫌を損ねちゃだめ、ぜったい。



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