20 お嬢様、熱だった
朝起きたら、なんだか寒気がした。
背中に冷たい汗がつうっと伝って、体が震える。心臓がバクバクと音を立てるのが、いやにはっきりと聞こえた。
わたしはこの感覚を知っている、と思った。
そう、これは……これは、武者震いだわ。うん、間違いない。
わたしったら、いくら昨日から中毒症状との戦いを心に決めていたとはいえ、起きた瞬間にこの調子だなんて……ちょっと臨戦態勢が過ぎるんじゃないの?
前から気がついていたけれど、わたしって、結構好戦的だわ。
「おはようございます、リディアお嬢様ぁっ!」
「おはよう、ニーナ。……おて」
「はいっ! うふふ」
わたしの万感の思いと気迫を込めた右手の上に、頰を紅潮させ、目を輝かせたニーナの手が勢いよく乗った。
ううむ、この気迫はニーナに通用しなかったか。少しは怯むかと思ったのだけれど。
「そういえばリディアお嬢様、少しお声が低いですわね。昨日はたくさんお話できたのですか? 喉に効くハーブティーに、蜂蜜をたっぷり入れてお持ちしますわ」
「ありがとう! あー、あ、あー、ほんとだ。ちょっと低いかも?」
昨日はたくさん挨拶したからかなぁ。ロザリーともお話したし。
「喉の調子が悪いときは、あまり無理してお話しない方がいいですよ。はい、どうぞ」
「うん、気をつける。これ、なんのハーブティー?」
「ええっと確かこれは、カモミール、ローズマリー、タイム、カミツレ、セージ、ラベンダー……」
「え、ええ、そんなに?」
「……その他もろもろを、執事長が完ぺきに効く配合で作ったハーブティーですっ! 味も完ぺきな美味しさですから、安心なさってください」
「そんなにごちゃまぜにして、おいしいんだ……デイヴィスって、お料理じょうずなの?」
ちょっと飲むのが怖いのだけれど。
「お料理をしているのを見たことはありませんが……でも、執事長は、あらかたの薬は作れるそうですわ。私たちメイドの休憩室にも、執事長が作ったハンドクリームとか、風邪薬とか、いろいろ置いてくださるのです。私が昔火傷をした時も、よく効く塗り薬を調合してくださって……ああ、なんて紳士なのでしょう……!」
そうだった。ニーナの初恋はデイヴィスだった。
デイヴィスは、プラトナム公爵家に代々仕える執事の家系の、渋い男前のおじさまである。ニーナは、屋敷に勤めることになったその日に、デイヴィスに一目惚れしたらしい。
もちろん結婚しているから、淡い初恋で終わったそうだけれど……
「そういえば、ニーナはデイヴィスのファンだったわね。むすこの方じゃだめなの?」
デイヴィスの一人息子も、この屋敷の執事をしている。デイヴィスによく似ている男前だし、ニーナより少し年上で、ちょうど釣り合いもとれているし……あら? これはもしかして、恋の予感なんじゃない? も、もしかしたら、まだわたしに話してくれていないだけで、実は恋人同士だったりして!
「だめですっ! ぜんっぜん違います。渋さも品も足りません!」
「ええー。でも、人は年をとるものなのよ! いつかは、ニーナのすきな、しぶいおじさまになるわ」
そうよ、年をとったら、きっとデイヴィスそっくりになる。20年ちょっと早く手に入れたと思えばいいわ! できる女は、先を見据えるものなのよ。
「こほん。リディアお嬢様。今から私の言うことを、よくよく聞いてくださいましね」
ニーナが急にエイダ先生の真似をし始める。どうしよう、全然似てないよって教えてあげた方がいいかな?
「いいですか。ユーリウス様が結婚したとします」
「え! お兄さまが? けっこん? はやすぎるわ!」
「例えばですよ。そして、奥さんがこの屋敷に住みます。お食事のときやお茶会の席で、ユーリウス様は眼中になく、アーヴィン様をうっとりと見つめます。どうですか? お嫌でしょう?」
「ほんとうね……お兄さまがかわいそうだわ」
恋って難しいのね……顔が似ていても、その人じゃなきゃ、意味がないんだわ。
あ、今の名言っぽい。今度ロザリーに会った時、かっこつけながら言ってみよう。




