01 お嬢様、麗しのお父さまに負ける
「そらが、あおいなぁ……」
草の上に寝転がっているせいで、首の後ろがチクチクする。でも、動く気にはなれなかった。
(ここ、どこだろう……?)
また、だ。
「ここは、わたしのおうち! もっとくわしくいうと、おにわ! もっともっというと、にわしのこやのちかく!」
そう、分かっているのだ。なのに、時々疑問が浮かび上がるのはなぜだろう? そして、疑問にきちんと答えられるのに、そうじゃない、と思うのはどうして? こんなに不安になる理由は?
「わからない……」
あ、だめだ、泣いちゃいそう。泣いたらだめ、屋敷のみんなが心配するし、特にメイドのニーナなんて泣いちゃうかもしれない、だってこの間わたしが転んで怪我したときも、泣きそうに顔を歪めていたもの。がまん、がまんしなきゃ、
「ふうっ、うっ……!」
泣いちゃだめだってば! 慌ててギュッと目を閉じる。涙をこらえるのに必死になっていたから、人が近づいてきたのにも気がつかなかった。
「どうしたの? リディ。私の可愛いお姫さま」
え? 何かいま、ここには居ない筈の人の声がしたような。慌てて目を開ける。
「おとうさま……?」
「ふふ、そんなにびっくりした? おいで、リディ。泣いていたの?」
陽の光を反射してキラキラと輝く金髪に見とれていたら、いつのまにか抱き上げられていた。深い紫色の目が優しく細められて、わたしを愛しいと思っているのが伝わってくる。
あんなに不安だったのに、いきなりお父さまが出てきた驚きと、腕の中で優しい眼差しに包まれる幸せに、なんだかもうどうでもいいって気分になってしまった。分からないことはあるけど、うん、まあいいや。わたしは単純なのだ。
「おとうさま、あいしているわ!」
「ありがとう、私の愛しいリディア。もうご機嫌は直ったのかな。どうしてこんな所で1人で泣いていたんだい? メイド達が大慌てで探していたよ」
「それは……な、なんでもないの! もう、だいじょうぶよ!」
「そう? ……うん、じゃあ、今度泣きたくなったら、すぐに私のもとにおいで。私の知らない所でリディが辛い思いをしているなんて、耐えられないからね。遠慮しないで、いつでも言いなさい。リディより大切なものなんてないんだから」
お父さまの優しい言葉に、わたしの胸は熱くなった。だって、お父さまはとても忙しい。公爵さまなのだ。普段は王宮で財務関係の仕事をしていて、宰相であるお祖父さまと一緒に文官達を取りまとめている、らしい。そんな忙しいお父さまが、いつでもわたしを優先してくれるなんて……愛されているなぁって感じて。
「ふふ、ありがとう! ってあれ?」
「うん?」
「おとうさま、おしごと……あれ?」
「どうかしたのかい?」
「あの、もうおひるなのに、どうしてここにいるの?」
そう、わたしのお父さまは忙しい人なのだ。普段は朝食の時間しか会えないほどに。だから、この時間に屋敷にいることなんてない筈……なんだけど。どうして屋敷にいるのだろう? 家族で過ごせる日は前もって教えてくれるから、今日は違う。もしかして、今日は屋敷に来客があるのかも。だとしたら、こんな所でのんびりしていていいの?
うーむ、と考え込むわたしの横で、お父さまはくすくすと笑っていた。思わずムッとしてしまう。
「おとうさま?」
「ああ、ごめんごめん。リディがころころ表情を変えるのがあまりに可愛くて。ふふ、お父さまは忘れものをしてね。ちょうど王宮から戻ってきたところだよ」
そう言って悪戯げに笑いながら片目を瞑ったりするものだから、わたしはムッとしてたのも忘れてぼうっと見つめる。お父さまは絵本に出てくる騎士さまよりかっこいい。黙っていると冷たく見えるくらい整った顔は、わたしには優しく緩められて、様々な表情を見せられる度につい見とれてしまう。
「わすれもの……?」
お父さまが忘れものなんて、わたしが覚えている限り初めてだ。完ぺきだと思っていたけれど、やっぱり人間なんだなぁ。なんてぼんやりしていたわたしに、お父さまの整った顔が近づいてきて、ちゅっと頬にキスをした。すかさずわたしも返す。
「そう、忘れもの。今朝はリディが寝坊して、一緒に朝食がとれなかっただろう? リディのおはようのキスがないのは初めてだと思ってね。戻ってきたよ」
そう笑って満足げにわたしを見下ろすお父さまを見て、愕然とした。
「え、おとうさま、リディのためにかえってきたの……?」
「どちらかと言うと、私のためかな。リディはもっと小さな頃からメイドよりも早起きで、寝坊なんて初めてだろう? 医者は必要ないと聞いたけど、心配だったからね。屋敷に戻ったときにリディが部屋から居なくなったと聞いて、やっぱり帰って良かったと思ったよ。今日はもう王宮へは行かないことにした」
え、本当に、朝会えなかっただけで帰ってきちゃったの? お父さまってもしかして親馬鹿だったのかな。今まで気がつかなかったけれど。
よっぽどわたしが不安そうに見えたのだろうか。お父さまが笑顔でサラッと付け加えた。
「大丈夫だよ、リディ。私の部下たちは有能だからね。こんな時のために、私が今まで鍛えてきたんだから。リディのためなら、喜んで働いてくれるよ。今日はお父さまと一緒にお茶でもしながら過ごそうね」
「……うん、わかった!」
あ、親馬鹿だ。




