4.PM06:00
実はこの回からその先を書き上げて保存しようとしたタイミングで、狙い澄ましたかのようにPCフリーズして云々かんぬん。
そんなわけで遅れました。申し訳ございません。
中身は無駄に倍なのでそれで(も少ない)。
それでは、どうぞ。
有難迷惑な気持ちが半分。
……感謝の気持ちも半分。
そんな彼女の手厚い『看病』を諦めたように受け入れてから、気付けばかなりの時間が経過していた。段々と春に近付いて長くなった昼間もこの時間になってしまえば地平線に沈みかけているだろうし、いつかを想起させる曇天も相俟ってかなり暗い筈だ。目を開けられないから分からないけれど。
言うのが遅かったかな、と思いつつも声を掛けておく事にした。
「今日はスマンな。ありがとう」
「あ、やっと正直になりましたね! いえいえ別に良いんですよ~お構いなく~」
見なくても分かる。
多分犬だったら尻尾を物凄くブンブン振っているくらいに嬉しそうだと。
「ああ、だからもう大丈夫だぞ」
「…………………………、」
直後。
部屋の空気が数度、一気に下がった気がした。
……あれ?
何か説明が足りなかったか?
「ん? いやだから助かったって。ありがとう」
「……それはさっき聞きました」
「そうか」
ふむ。
「だから自分はもう大丈夫だし、いいよ帰って」
「…………、」
「もしもし?」
「それもさっき聞きましたっ!」
「ぐうっ!?」
ドスッ、と布団に仰向けで全身を休めていた自分の腹に突如として何らかの衝撃が与えられた。
その衝撃に瞼の上に置いていたタオルがずり落ちる。
「全く、本当に失礼な言い方しますね……」
思わず見てみれば、彼女がわざわざダイヴしてきていた。
飼っていた経験は全くないが、もし犬や猫が腹に飛び掛かってきたらこんな感じなのだろうかと思う重さが、弛んでないとはいえ割れるほど鍛えてはいない腹筋に勢いよく圧し掛かっていた。
「デリカシーがないですね。昔から」
「で、デリカシーに関してはお前に言われたくない……」
腹の丁度イイ部分を圧迫されてるからか息苦しい。そんな自分の苦しみをものともせずに自称看病目的の彼女はのしのしと自分の体の上を這う。
本当に犬かお前は。
お前は制服着たままなんだが……。
「それ……皺になるだけだぞ……」
呻くように言って、それから気が付いた。
「って、そういやお前なんで制服なんだよ? 学校は?」
「はー……、今更そこの質問ですか」
わざとらしく息をはく彼女の言う通りだった。
今日の自分は色々とおかしい。
頭の回転が異常に遅かったり、突然訪問してきたある意味セールスよりもたちの悪いコイツの突飛過ぎる行動に甘んじていたり、挙句の果てにはデリカシーを説かれたり。……大体今圧し掛かってるコイツのせいだ。
今朝の段階じゃ想像すらしなかっただろう。
治りかけの目が映す光景は現実と正気を疑うものだった。
「あとお前じゃないです、久々の再会なんですからもうちょっと丁寧な物言いにした方が良いと思いません?」
「どうせなら名前を呼ぶとか――」
急に顔を近づけて耳に息を吹きかけるかのようにそう呟いた。栗色の長い髪が頬と首筋を擽る。
「どうですか?」
「いや……どうもしないけど」
……が、それで重さが変わるわけではない。体重的な重さではなく、普通に考えて人間一人が圧し掛かってきてるとつらいものがあった。
「だからお前が言うな……。あと退いてくれ…………」
「重いですか? 駄目ですよー女の子に重いなんて言っちゃ。それにパッと見た限りあまり筋肉ついてませんね? もうちょっと鍛えてください」
「お前のが失礼過ぎる……」
前言撤回。
感謝の気持ちは半分を下回った。
「別にサボったわけじゃないですよ。もう自由登校の期間ですし」
「って事はお前、高3か」
「そうですね、先週卒業式の予行を終えたところです」
「ところです、じゃねーだろ。明日ガッツリ卒業式じゃねーか」
「だって兄さんが『アイツ珍しく家で寝込んでるって言ってるから、お前暇だろうし俺の代わりにアイツの家行ってきてくんね? 後で小遣い渡すか――』」
「をい」
「…………『――アイツが休むなんて今も昔も珍しかったからさぁ心配なんだよな』という旨の連絡を寄越したので」
「誤魔化すな。アイツはそんな発想を素振りさえ見せた事はねぇぞ」
はぁ…………、と重い溜め息が出た。今日は溜め息ばかりだ。
「あ、目の赤さもマシになってきましたね」
「やっぱりそうか? 目を開けててもむず痒い程度に治まってきて――じゃなくてだな」
「はい?」
「お前帰っとけって」
言った途端に不満そうに顔を膨らませた、癪だが可愛らしいフグが目の前に出来上がっていた。
「癇に障る言い方に聞こえたのならスマン、謝る」
「あ、本当は気にしてたんだ」
うるさい、とからかい混じりの悪戯めいた声を一周する。
「けど、明日卒業式の女の子に迷惑掛けるほどのもんじゃないから安心してくれ。後は一人静かに眠って快復させておくから気にしないで家に帰って明日に備えておいてくれ」
「?」
至極真っ当な言葉を並べ立てた筈なのだが、「何を言ってるんですこの人は」と若干の哀れみを含んだ表情で首を傾げられた。
「だって今日はもう遅いですし泊まりますよ?」
「ああ遅い時間だな。だが今ならその制服もすぐにクリーニングに出せば早いとこなら明日着ていけるくらいには綺麗になるだ――――は?」
「泊まりますって」
「…………は?」
まず自分の頭を疑った。
最初に他人の言葉を疑うのは失礼だから。とはいえ頬を抓れば痛いし目の痛みもまだ抜け切っていない。それに何度反芻してもさっきまでの自分の発言に病的な異常は見受けられない。
なので改めて。
「はぁ?」
「だってこの家来たの久し振りだからさー。それにアイロン掛けとかそこら辺もちゃんと出来るから皺の心配もなし!」
「いやちょっとちょとちょっと」
「それなら別に問題はないよね?」
ね? と満面のしたり顔で問いかけてくる彼女の有無を言わせない謎の気迫に、思わず何も言えなくなってしまっていた。
続きは午後8時ジャスト投稿予定。
※のつもりでしたが前書き通りの事態が発生したため、続きは午後10時ジャスト投稿予定に変更します。
なんとか今日中には。