3.PM02:00
おはようございます。
それでは、どうぞ。
自分には昔ながらの――いわば腐れ縁と呼ばれるヤツがいる。
ああ、残念ながらそいつは男だ。
幼い頃は隣近所だった『僕』と彼はそれが当然だとでも言うように一緒に二つの家の中や外を好きなだけ走り回っていて、時には泥に塗れたり、時には怪我をしたりと、両方の親から怒られはせずとも心配をされるくらいの幼少時特有の有り余る元気を精一杯振りまいていたのだった。
そんな腐れ縁の彼には小さい妹がいた。
数歳は下だったか。正直この辺りは具体的に覚えていない。
彼だって同い年だと知ったのは最近の事だった。
何せ隣近所とはいえ通っている学校が違かったのだから――。
「――あ、目が覚めた?」
聞き慣れない声が鼓膜を揺らす。
聞き慣れない筈なのに、どこか懐かしさを含んだ声だった。
「気分はどう? ハッピー?」
「…………、」
また眠っていたのか――眠くないと思ってた割に案外布団に正直だった自分に溜め息が零れそうになる。
と。
目を開けようとして、瞼の上に何かが乗せられている事に気付いた。
「もしもーし、聞いてます?」
「……ああ、悪いな」
それはタオルだった。
おしぼり程度の大きさのタオルが瞼の上――患部を覆うように乗せられていたのだ。ぬるま湯に浸したような心地の良い温かさが目に沁みるようだった。
「そこは『ありがとう』と言って下さいよ歯切れが悪いですねー」
不満そうな声が聞こえた。目は瞑っているし視界は遮られてはいるが、その彼女の台詞から頬を膨らませて本当に不満そうな表情まで容易に想像が出来た。
言わずもがな。
彼女が件の腐れ縁、その妹だった。
最後に会ったのはいつだっただろうか。栗色の髪の鮮やかさはそのままだったが背丈はピンボケしたみたいに曖昧な当時から随分と伸びていたし、病的にも見えた白い肌も健康的な色になっていた。すっかり年相応に、贔屓目抜きに美しく育った彼女の姿は自分の記憶の底に眠っていた彼女と全くの別人に思えたのだった。
それは否定というより――――いや、止めておこう。
とにかく。
おかげで最初、俺は痛むのも忘れて呆然と目を開けてドアホンの前で数瞬フリーズした。
現実に戻り慌てて受話器を取って対応したところ、
「兄さんから聞きました。だから看病なんてどうですかねーと思いまして」
そんな事を宣った際には、同じ大学に通っている兄の方に連絡をしたのを後悔した。ついでに1年前、大学生として初めてキャンパスに足を踏み入れた際に何年振りかの偶然の再会を果たした事をも後悔した。
後ろめたさですっかり重くなった足取りで玄関の扉を開いた途端に我が家へ侵入した彼女は、
「お昼ご飯まだですよね? 私もまだなので一緒に食べましょうよ!」
とか、
「どうです? 美味しいですか?」
とか、もうそれはそれはこっちの後悔を全くと言っていいほどに理解してない純真無垢な素振りで『看病』とやらが行われた。
悔しい事に、彼女の作った料理は自分のものより美味しかった。
次回は午後4時ジャストに投稿予定。