2.PM00:00
ようやくヒロイン登場。
ぶっちゃけここからが本編ですね。
それでは、どうぞ。
――懐かしい夢を見た。
夢に懐かしさなんてあるのか、と普段の自分なら鼻で笑っていただろう。今まで淡泊に、それこそ川の水に転がされる石のように流されるままに生きてきた自分に特別夢に思い出すほどの過去があるのかと。
――それはいつの日かの、いつかの雨の降っている時のものだった。
夢にしてはやけに鮮明で、だからこそ胸に詰まるような何かがあった。潜水を限界まで続けた時のような息苦しさがその世界にはあった。
――見覚えのある場所だった。
それは我が家だった。現在とは家具の配置が全然違うが、飾り気のない白い壁紙と窓の位置が確かに自分の部屋だった。薄めた墨で塗ったような曇天がその窓の外に拡がっていた。
――その子は風邪を引いていた。
自分の事が客観的に見れるわけがないから、まず別人だろう。サラサラとした綺麗な栗色の長い髪も、ピンクの生地に白の水玉模様が施されたパジャマも当然自分のものではなかった。
雨のせいじゃない。
その『彼女』の汗を浮かべて辛そうに魘されている表情を見て、『僕』も息苦しくなったんだっけ。
そうだ。
自分は――『僕』は。
昔『彼女』を看病してあげてたんだっけ――――
「――っ、」
ボンヤリと目を開いた途端、激痛が襲った。
それで一気に意識が冴えた。
「…………………………痛い」
冴えた意識と共にやけに明確だった夢も霧散してしまって、いつの間にだかなんの夢だか忘れ去ってしまった。
だが生憎と先程まで見ていた夢のように、自覚した瞬間に消えるようなものではないらしかった。
「寝れば治ると思ってたんだが……」
どうやら見込みは甘かったようだ。
一応枕元に置いておいた目薬を手探りで掴み、鋭い針が刺さったような痛みに耐えながら目を開けて一滴垂らしておく。直後、水面から顔を出して酸素を吸い込んだかのように何かが全身に行き渡ったような気がした。
「雨降ってきてるのか……」
目を閉じようやく痛みも沈静化してきたところで、遅まきながら鼓膜が外の変化を拾った。
そう言えば今日は曇りのち雨、所によっては雷を伴うとかそんな事を朝の天気予報で聞いていたような気がする。目がこんな調子だったわけだし今日は一切外に干してないから洗濯物の心配はないだろう。
心配、いや問題があるとすれば……。
「どうすっかな……」
後先考えずに中途半端に寝てしまったために眠気が全く来なくなってしまった自分自身のこれからだ。この状態の目で無理矢理にでも眼科に向かおうかとも思ったが、雨じゃ更に危険過ぎる。その上その無謀さが祟って風邪でも引いたら笑えない。
何せ明日は――。
ピンポーン。
「…………、」
誰だ。
以前に俺が頼んだ俺宛の商品か?
――いや何も頼んじゃいない。最近は通販サイトのページにすら飛んでいない。
現在不在の両親宛の荷物か?
――別に両親が何かを注文した記憶もない。
マシな2パターンを想起させたがおそらく違うと即座に頭の中で否定する。十中八九セールスだろう。最近は新聞だの電気だのがうるさいから、大方どちらかの宣伝もとい押し売りに来たんだろうと。
「……面倒くさ」
こういう輩はさっさと断ってしまうに限る。居留守を使うのが一番楽だがそれで『今はいない』とだけ思われて別の日に再度挑戦されても困る。
「…………はぁ」
溜め息をつきながらほんの少し目を開けてドアホンのある場所へと向かう。
「痛っ……」
痛いのは相変わらず痛い。
しかし今朝のような、何かが刺さっているかのようなものではなく夏の日差しを浴び過ぎた際の日焼けを彷彿とさせるヒリヒリとした痛みに変わっていた。
少しずつ。
本当に少しずつだが快復している。
……ような、気が、多分、する。
とはいえ微細ながら快復の傾向にある事を実感して、ひょっとすると眼下に診せなくても済みそうだというほんのちょっぴりとした希望を見出しながら自室がある2階から下りて1階のリビングに到着する。そして目的のドアホンに近付いて、小さい液晶のモニターを覗く。
断りの言葉を頭で浮かべながら受話器に手を伸ばし、
「さて今度はどこのセールスなのやら――」
そう言いかけて、止まった。
目が訴える刺激をこの時ばかりは忘れ去っていた。
「――――は?」
液晶に移し出されていた玄関前の人物は、想像通り自分が知らない人間だった。
ただ郵便局でも宅配業者でもセールスでもなく。
本当に自分が知らない――女子高生だった。
次回だけ4×2時間後の正午に投稿予定。
寝させてください。
以降は4時間おきに投稿予定。