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麗子の秘策

無事に夕食を終えた緋志はどうしても手伝いたいというルミと片づけをすませ、次なる問題に直面していた。

「えーと、俺が普段使ってる所で悪いんだけど…ここで、寝てもらえるかな。一応、さっき掃除機はかけといたから」

「え、でも……」

 ルミが案内されたのは緋志の自室だった。広さは六畳程だろうか。リビングに負けず劣らずこちらの部屋も殺風景だった。

 目につくものは勉強用であろう机とベッドぐらいだ。

「あー、やっぱり嫌だよな……」

「ちが、そうじゃなくて!緋志君はどこで寝るの?」

「え?ああ、俺はどこでも寝れるから大丈夫だよ」

 別に緋志はルミに気を使ってそう言った訳ではなく、単純に事実を述べただけだったのだが。ルミは緋志が気を使っていると感じたらしい。

「私、お世話になりっぱなしだし、これ以上迷惑かけられないよ!」

「別に迷惑じゃないんだけどな……」

 緋志は苦笑すると、少し考えてこう言った。

「俺は今、ルミを守る立場にあるだろ?」

「え、うん」

「もし、ルミが寝不足にでもなったら護衛に支障があるだろ?だからしっかり寝てもらった方が俺は助かるんだよ」

 少々こじつけ気味だったが、ルミはしぶしぶ折れてくれた。彼女がベッドに入ったのを見届けて、緋志は部屋から出て行く。

「じゃあ、お休み。明日は七時ぐらいに起こすから」

「うん…お休みなさい」

 扉を閉めて緋志は大きく息を吐いた。予想以上に精神に疲労がきた数時間だった。やはり、見た目美少女なルミは健全な青少年には刺激が強すぎる。

 一つ屋根の下ともなればなおさらだ。

「さてと、準備するか……」

 緋志は明日に備えて準備をするためにクローゼットを開けた。中に入っていたのは、私服と制服、そして手裏剣に短刀、鎖帷子といった物々しい装備品だった。

 緋志は明日持っていくものを選びながら自嘲的な気分になっていた。

「こんなもの持ってる奴が普通の人間気取りか……笑えないな」



 あらかた選び終わった所で、彼はポケットが震えている事に気が付いた。

「ん、メールか…麗子さん?」

 それは麗子からの膨大な文字数のメールだった。





五月一日 午後九時二十三分 とある山道

 まとわりつく夜気に身を馴染ませながら麗子は森の中を歩いていた。森と言っても、現在は舗装された道を歩いていた。逆に言えば、つい先ほどまでは、秘境のような欝蒼とした木々の中を苦労して歩いていた、とある目的のために。

 空間転移で移動できればいいのだがあれはそう何度も使える訳では無い。事務所で使ったのは何となくカッコつけたかったからだ。

 とにかく、ルミの依頼を完遂する目処はたった。そのための仕込みも終わらせた。

 あとは自分が時間内に目的地にたどり着ければ……そう思いながら必死に歩き続けている麗子だが疲労が溜まると同時にイライラも増してきていた。

「全く、人間が信用できないとはいえ、こんな所に家を建てては不便だろうに……」

 ぶつくさと文句を言いながら歩いていた麗子はポケットに振動を感じ立ち止まった。

「ん? 夜亟か?……もしもし」

「あ、麗子さん。こんな時間にすみません」

 電話口から聞こえたのは馴染んだ声だった。しかし、いつもの彼らしからぬ焦りが感じられる声だった。

「おい、一体どうした? 何か問題でも起きたのか?」

「いや問題というか……麗子さん、一体奴に何をしたんですか?ちょっと様子を探ろうとして奴らがいると思しき山小屋に近づいたら、突然魔術で攻撃されて……こっちは気配遮断の術を使っていたんですよ? 明らかに警戒が強すぎます」

 夜亟の報告に麗子は頭を抱えたくなった。

 おそらく、華院は部下や身内に優しい人柄なのだろう。『死神』などという通り名からは想像もつかないが、先ほど聞いた話と照らし合わせれば筋は通る。

 さらに現在、紅道家は後継者の逃亡に加えもう一つ厄介な問題を抱えている。

 そのため彼はメイドを守るために持ち前の感知能力を全開にしていたのだろう。

 そして気配遮断の術を見破った。

 その結果、彼は夜亟達を例の退魔師と勘違いしたのだろう。

「……まあ、私の所の従業員が原因とも言えなくはないが、色々と悪い材料が重なったな。

しかし、今は説明している時間がない。取り敢えず足止めはできそうか?」

「ええ、まあ。何とか神木町とは反対方向に奴を引っ張っています。奴の部下も華院に同行しているようですね。元々拠点を移すつもりだったのか……まあ、時間稼ぎはできそうですね」

 夜亟がそう報告すると麗子は黙り込んでしまった。

何かマズイ事を言っただろうかと夜亟は訝しんだ。自分はキチンと仕事をこなしているし、そもそも対魔課には内緒で動いているから人件費は自腹だ。

 麗子の為と思えば苦痛にはならないが、むしろ労いの言葉ぐらいあってもいいのに……

「神木町の、反対?」

 が、夜亟の耳に届いたのは、お叱りの言葉でも、労いの言葉でも無かった。

 いや、そもそも麗子は夜亟に話しかけたのではなく、思わずつぶやいてしまったのだろう。

「確か山を挟んだ神木町の向こうは……」

「あの、麗子さん?」

「……夜亟、何とかして奴を隣町まで引っ張れるか、出来れば二時間以内に。」

「え!? に、二時間以内ですか。あの、さすがにそれは……そもそも自分は対人が専門で……」

「それが出来たら貴様と食事に行ってやってもいいぞ?」

 麗子は躊躇なく切り札を使った。

 夜亟と食事など考えるだけで虫唾が走るが、ルミの為なら仕方がない。

 彼女が身を削って放った一撃は効果抜群だった。

 耳に届いた夜亟の声にはやる気が満ち満ちていた。

「では、仕事が完了しましたら連絡しますので。お店は任せていただけますか?」

「はあ……ああ、好きにしろ」

「それでは」

 麗子は良く夜亟と似ていると言われてしまうが……自分は本当にあんな感じなのだろうか?

 電話を切った麗子は思わず二度目のため息を漏らしてしまった。

 しかし、事態はかなり良い方向に進んでいる。

「取り敢えず、作戦を考えるか……華院の結界対策もかんがえないとな」

 麗子は再び足を進めながら、従業員へと送るメールを打ち始めた。





五月一日 午後十一時 神木町、緋志の自宅

 麗子からのメールを読み終えた緋志は椅子の上でへたり込んだ。

「まさか華院と真向勝負する羽目になるとは……というかこの作戦不確定要素が多すぎないか?夏菜と舞も巻き込むことになるし……陣が怒り狂いそうだな」

 後で親友のフォローをしておかなくては。

 取り敢えずそこまで考えた緋志はふと、何かを感じ目を見開いた。

「これ、は……」

 はっきりとは思い出せないがこの感じは―――――

「華院のメイドと戦った時にも感じた……」

 胸の奥がざわつくような、自分の中の何かが暴れようとしているような

「今は、まずいだろ……」

 緋志は歯を食いしばり、目を閉じた。

 今、隣の部屋にはルミが居る。また、あんなことになってしまえば、今度は……

「緋志?」

 突然名前を呼ばれた緋志はビクッと体を震わせてしまった。目を開き声のした方へ視線を向ける。

「ル、ルミ……」

 つっかえながらもどうにか声を出す。その声は自分の物とは思えない程、掠れていた。

「緋志!? どうしたの? すごく顔色わるいよ?」

 寝室から出てきたルミは緋志の方へパタパタと駆け寄った。

 そして、緋志の顔を覗き込むように身をかがめる。緋志の目に映った瞳には不安の色が濃く映っていた。

「いや、何でもないよ」

「何でもないって……」

「ほら、ちょっと色々あったから疲れただけで。休めばすぐに……」「緋志!!」

 緋志の言い訳は一瞬で吹き飛ばされた。

 今まで聞いたことのない強い口調でルミは緋志に語りかけた。

「私は、ちゃんと自分の事話したよ? それなのに、緋志は私に何も教えてくれないの?」

「……別に、そういう訳じゃ。でも俺たちはまだ会ったばかりだし、そもそも」

「じゃあ、何で会ったばかりの私を助けてくれたの?」

 真っ直ぐに緋志を見ながらルミは言葉を投げかける。緋志はその純粋な姿に気おされて黙り込んでしまう。こういう時ばかりは親友の能天気さが羨ましくなってしまう。

「緋志は、私の事をどうしてそんなに必死になって助けてくれるの?」

「……」

「……私、不安なの。緋志が何を考えてるか、分からないから」



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